イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

後宮の烏:第5話『懐刀』感想

 血と花に彩られし宮廷夢幻譚、皇帝を侵す病に立ち向かう序章……後宮の烏、第5話である。

 『本丸を落とすには、まず外堀から!』ってんで、側仕えの宦官の過去を掘り下げ、禁じられた依頼が烏姫に届くまでを丁寧に積み上げていく。
 衛青の迷い路が宮廷の外に出て、後宮とはまた違った……しかしどこか似た甘い腐臭が漂う花街が描かれたことで、世界観的な奥行きも広がった。
 春をひさぎ、騙し騙されて命を断つ。
 そんな命運から逃げ出し男を捨てても、”宦官”という性それ自体が嬲り者にされる。
 過去という亡霊に呪われているのは堅物官僚も同じで、自分の目と足で魂の現在地を確認すればこそ、運命に抗うことも出来よう。

 

画像は”後宮の烏”第5話から引用

 というわけで、↑のライティングと距離感で始まった物語が、↓で示されるような関係に収まるまでのお話である。
 人間関係の経験値が乏しく、他人を遠ざけようと努めている烏姫は何かと人と衝突し、誠実に向き直すことでより良い間柄を掴み直していく。
 陛下との関係はその安眠を奪う幽鬼を払った後より親しくなるのだろうが、すでに暖かな春の兆しが芽吹いていることを、今回のエピソードもしっかり伝えてくれる。
 餌付けと悪態、不器用ながら微笑ましい二人の関係がより深まるためには、誰かが定めた身分を超えて心で繋がる必要があり、衛青との向き合い方はその予行練習……とも言えるか。

 妃の身分も宦官の立場も、律で示され礼を尽くすことで補強される、極めてシステマティックなものだ。
 人が交わることを拒む冷たい檻があってこそ、天下は治まる。
 その極点が皇帝の玉座であり、幽鬼に脅かされる主を思いやりつつ、忠臣は最初烏妃に依頼を持ち出せない。
 口をついて出るのは制度を持ち出して相手を傷つける、正しくて冷たい言葉だ。

 傷ついた果てにたどり着いた己の居場所……高峻のとなりを離れ花街に戻ることは、前王朝の禍根を調べるという、衛青本来の任務を果たさせない。
 しかし自分の期限と向き合い、名を捨て性を捨ててなお己を未だ縛り付ける呪いに向き合うことで、自分が大切にしたいものは何なのか、向き合う足場を作ることが出来る。
 いままで閉ざされた後宮で烏妃が解いていた謎と呪いを、衛青はその外に出て自力で解いた……という形か。

 

 

画像は”後宮の烏”第5話から引用

 サブタイトルにもある”懐刀”は、誰かを傷つける武器としてではなく、迷いを払い己のあり方を確かめる霊鏡として機能する。
 皇帝の冷たき刃であり、同時に間近に主を守る存在。
 消えてくれない呪いに嘔吐までする衛青は、守り刀に己を映すことで、皇帝の守り刀である自分を思い出す。
 烏妃がその甘い息吹で呪いをするように、かつて主君から下賜された刃こそが、衛青を捉える過去と呪いを切り裂き、よりよい場所へと連れて行く。
 それが寿雪との明るく親しい距離なのが、様々な因縁が絡まる難しい状況の中、確かな救いである。

 

 秘された名前を墓から掘り出し、過去と向き合うことでよりよい場所へと進む。
 衛青が進み得た足取りは、烏姫と寿雪、2つの名を持つ少女にも響くモチーフだろう。
 呪術において名は力を持ち、真の名を知られぬことが呪いから身を守る術である。
 しかし隠しても自分だけは真の名を知っていて、魂の傷は腐敗し、心を痛めつける。
 そんな閉じた状況に向き合うためには、真の名を誰かに預けたり、あるいは名を新たにし過去を封じてなお、傷つかぬ自分の居場所を確かめる必要がある。
 衛青は皇帝の元を離れ、刃に己の過去を照らし、戻って茶を差し出すことで、”衛青”こそが己の銘なのだと思い出せた。

 そんな旅路を経て依頼された、皇帝を悩ます幽鬼払い。
 『よほどのことなのだろうな』と、律と礼を乗り越えて差し出されたものを慮る寿雪の、人品は豊かだ。
 これでようやく、主人公がヒロインと向き合う足場が作られOPが流れ出す……というのが、ちょっとヘンテコな演出の意図だったのだろう。
 長い序章であるけども、こういうところをどっしり足場が試して進めてくれるのは、作品全体に流れる穏やかな雰囲気と噛み合って心地よい。

 メインの謎は玉体を侵す後悔という呪いとしても、柳の下に立つ白髪鬼、宮廷から追放された符術士の策謀と、解くべきミステリは多い。
 そこら辺の輪郭をなぞり、寿雪と高峻を捉えている二王朝の対立をスケッチするのも、このエピソードの仕事と言えるか。
 物言わぬ幽鬼の出自を示す紅玉のヒントは、封じられた倉の中にあり。
 そこを守るのもまた、官職のみで名前を持たない存在である。

 

 

画像は”後宮の烏”第5話から引用

 物語の始まりを告げる曲が鳴り響く前、寿雪は世界を記した絵図と出会い、瞳を大きく開く。
 それが皇帝の秘宝であり、めったに見れぬ物珍しさに驚いたからなのか、それとも別の理由があるのか。
 謎を残したまま、事態は今回整えた信頼と誠実の足場を頼りに、本格的に動き出す。

 あまりに簡単に命が奪われる、冷たい世間。
 その犠牲となった母と友は、果たして私を恨んでいるのか。
 皇帝が苦しみ、懐刀が律を超えて解決を依頼した事件は、幽界を覗き込む烏妃の霊能によって初めて、解決可能だ。
 亡霊は何も言えずただ側に立つばかりで、生き残ってしまった人間はその意味を勝手に解して、後悔に苛まれ祈りを呪いに変える。
 死者の無念を生者に伝え、暴かれた真実を抱えて生者を前に進ませることこそが、烏妃一番の仕事である。
 そこに身分生死を超えて、人をただ人としてみる仁愛が春風のように優しく漂い続けているのが、このお話の好きなところである。
 愛は過去を越え呪いを癒やし、世界の真実を顕にしていくのか。
 次回も楽しみである。