イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

SPY×FAMILY:第24話『母役と妻役/ともだちとかいもの』感想

 かくして超次元テニスは幕を閉じ、<夜帳>は去った。
 しかしその余波はフォージャー家を確かに揺らすッ! という、SPY×FAMILY第24話。
 直近三回がフィオナくんメインで回ったため、出番が少なくなってた母と娘にクローズアップして、『やっぱフォージャー家が一番だなッ!』という感覚を見ている側に取り戻す展開となった。
 普通に暮らしているだけでトラブルまみれ、面白いことしか起こらないドッタンバッタン家族劇という、作品の本道に戻ってきた感じが、ホッコリ安心できる回だ。
 強い基本形をどう強いままぶん回すか、2クールの放送を通じて作りて側も見る側も、姿勢が整ってきてる貫禄すらあるな……そらー、第2クールも完全新作劇場版もやるわ。
 デカいバット構えてバッターボックス入って、キッチリ場外まで何回も飛ばし切るのは、幾度も言うけど本当に凄い。

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第24話より引用

 というわけで第1エピソードは、前回泣きダッシュで敗北を認めたフィオナくんが思いの外、”はは”揺らしてたよね……というお話。
 血みどろの殺戮者だけども人間的な感性は全然死んでない……所に、その特異性があるヨル・ブライアが、嘘っぱちの契約家族にどういう愛着と危機案を抱いているか、少しエロティックにハラハラしつつ楽しい回である。
 『オメーあんだけぶっ殺しておいて、よく”人間”気取れるな……』って感じが正直あるが、僕はヨルさんの歪さこそが大好きなので、血みどろの掌棚に上げてる自覚もなく、一人間として不思議に充実してきてる”今”への気持ちが酒に後押しされてドバドバ溢れる今回、見ててとても興味深い。
 ヨルさんが可愛く面白い、当たり前の人間として家族愛とか恋の予感とかに震える姿を見せてくれるほどに、『でももしかしたら手にかけたターゲットが、おんなじ震えを血潮に宿して死んでったってことは、欠片も考えないから今の暮らしが維持されてんだろうなぁ……』とか思わされて、すっげぇ良い感じ。
 この心地よい違和感に、ど真ん中から挑む話が二期ではおそらくアニメになるので、ファミリー向けとはとても言えないあの凄惨さをアニメがどうパッケージして届けるのか、今から無茶苦茶楽しみだったりする。

 ロイドさんはそういう本性を知らぬままお洒落な夫婦デートでご機嫌を取り、イケル! と判断して冷徹な<黄昏>に戻ろうとするが、”いばら姫”の蹴り上げはその思い上がりを蹴り飛ばす。
 子守唄が思い出させる”家族”への思いを守るために、ロイドさんは使えるもの全部踏みにじって平和と正義を守るスパイになったわけだが、その怜悧な現実主義は時に、守るべき核心を傷つけてしまう。
 フィオナくんが指摘したように、フォージャー家が<黄昏>に与えた幸福は彼を鈍らにしたが、スパイとして失格であることが、人間として大事なものを守ることだってあるだろう。
 眼の前の女を任務達成の道具とみなす、冷たいスパイの視線を”いばら姫”にぶっ叩かれたことで、ロイドさんは危うく人道に戻ってくる。
 それが、結構たくさんの人を不幸にして、もっと沢山の人の幸福を守ってきた大嘘つきにとっても幸福なのかは、まだ分からない。

 この段階だと生ぬるいマザーコンプレックスに思えるものが、どれだけ血みどろのトラウマなのかも、二期はもしかしたらアニメにするかもしれない。
 一市民、一人間としての幸福をコメディと活劇の合間にたっぷり描いて、一般生のある魅力を山盛り積んでいる作品の根っこに、極めて残酷で血なまぐさい現実が産められていること。
 この手触りを原作で確認できて、僕は凄くこの作品が好きになったのだけども、決定的な物語が到達する前から、<黄昏>と”いばら姫”の一見微笑ましい逢瀬の奥に、瓦礫と死体が埋まっている気配みたいなものは、確かにあった。

 今このお話がウケている大きな要因であろう、『嘘でも、嘘だからこそ削り出される、真実の人間味』みたいのに一見反する生々しい殺戮こそが、嘘っぱちにこそ希望を見出し、ちっぽけな幸せに生きる意味を見つける根源を掘り下げる。
 その暴露はこのエピソードに満ちているような、コミカルで騒々しく楽しい手触りを否定するわけではなく、むしろ真逆に見えるからこそ捻れて確かに繋がっている感覚を、上手く僕に伝えてくれた。
 だからこのエピソードで描かれている微笑ましい”夫婦”の肖像が、どんな地獄に取り囲まれ飾られているかを、アニメの表現力で確認したい気持ちは強い。
 二期、凄く楽しみだなぁ……。

 

 

画像は”SPY×FAMILY”第24話より引用

 ほいでもって第2エピソードは、ロイドさんが爆弾で家族ごと故郷ごとその真の名前と思い出ごとぶっ飛ばされて、だからこそ守りたいと願っているモノの実相を、大変チャーミングに描くお話。
 いやー……ふたりとも可愛いねッ!
 アーニャちゃん二歳分飛び級で超エリート校に放り込まれているので、落ちこぼれとしてクラスで孤立するのある意味当然なんだけども、大人びすぎて周囲から浮いてたベッキーという親友がいてくれることで、毎日楽しいのは大変いいことだ。
 ベッキーにとってもアーニャがどんだけ救いなのか、たっぷり染み込むよう可愛さで山盛り殴り付けてから教えてくれる話だったしな!
 はー可愛い。

 なにげなーく潜り込んでるけど、ベッキークラスの超絶金持ちが別段特別ではない場所で、アーニャちゃんは過大な任務に勤しんでいる。
 困難が大きいほどそれを成し遂げたときの達成感は高く、あと連載続けていく話のネタも切れないので、よくよく考えると相当ハードコアな状況に、アーニャは投げ込まれている。
 今回甘さたっぷり多幸感てんこ盛りで描かれた、ベッキーとの幸福な幼年期の質感でもって、こういうシビアさきっちり包んで目立たせないのも、目立たんけど精妙なところよね……。
 精妙で幸せな嘘で包まれているのは、何も作中のフォージャー家だけじゃない……って構造か。

 このお話、色々洒落にならん要素を背景に遠ざけて、ハッピーで埋め尽くした幸せな家族の肖像を表に打ち出している。
 二期OPで矢継ぎ早に打ち出される、あまりに幸福な家族のポートレートが切り取れないものは、本編でも繰り返される面白さ、微笑ましさの隙間から時折漏れて、重たい質感を思い出させてくれる。
 その綺羅びやかな鎧が嘘っぱちの皮相というわけではなく、家族全員が心底幸福に感じ、続いてほしいと願っている真実でもある所が、僕は好きだ。
 そう願っていて薄氷の東西平和のうえ、一歩間違えば簡単に砕けてしまう危うさを上手く遠ざけながら、嘘つき家族の幸福な輪舞曲は続く。
 ……フォージャー家の幸福な嘘を祝いでいるようで、その実僕はそれが現実の残酷さの中ぶっ壊れる瞬間をこそ、どっかで待ち望んでいるのかもしれない。
 なにもかもが灰燼に帰したとしても、積み重なる日々が育んだ思いが瓦礫から芽を出して、何かを蘇らせる強さも、しっかりあるお話だと思うしなぁ。
 つくづく、あんま良いファンじゃないな……。

 

 そんな感じで、フィオナくんという大嵐の余波をコミカルに描き、アーニャとベッキーがたどり着いた幸福な”今”を活写するエピソードでした。
 たとえ嘘偽りでも、そこに確かな幸福のまばゆさはある。
 それを守るためにも、デズモンドに接近するミッションを果たさなければいけないフォージャー家。
 一期最後の物語は、ターゲットとの第一次直接接触となりそうです。
 ダミアンくんの健気な辛さも濃厚に描かれるだろう次回、とても楽しみですね!