一人独特の領域に飛び込みつつあるオモシロ愉快演劇集団、気弱な歌姫渾身の飛翔を描くワンダショイベントである。
”天の果てのフェニックス”と合わせて記念公演前後編といった塩梅だが、ドサ回りを成功させ初期状態での課題もある程度以上克服し、ワンダショが仕事を通じて年不相応な自己実現を果たしている感じが強い。
レオニがデビュー果たすか果たさないか、モモジャンはようやく表舞台での勝負体制が整い、ビビバスは自分たちの名を刻むイベントのために奔走、ニーゴはそもそも社会との接点で己を作らない……と、他ユニットはそれぞれ坂を駆け上がってる最中という感じなんだけども。
ワンダショは早い段階でフェニラン再生を成し遂げ、地方公演で色んな体験をする意義を身にしみて感じ、それが更にフェニランの名声を高め……と、既に自分を表現する行動が社会的評価に強く結びついている。
キャリア形成の新人時代を一気に終えて、さらなる成長と自己実現のために新しい居場所を探す所が見えている中、前回は司くんが己の至らなさを叩きつけられそれでもなお立ち上がり、その奮闘に背中を押されて寧々ちゃんのやる気ゲージがMAXになった……という状況だ。
ライバル兼コミック・リリーフという立ち位置だった青龍院さんを、フェニラン最上位の実力者として再定義・再描写して物語の先行きを見せて、優秀なメンターとしての仕事も担当させる形に物語が組み直されてもいる。
前回司くんがぶち当たった壁は、それを乗り越える決意を見せることでワンダショの新たな地平を描く大事なキャンバスだったわけだが、今回も青龍院さんが壁役と導き手を兼任する形で、寧々ちゃんがたどり着きたい未来が大きく拓けていった。
今回は寧々ちゃんが夢に近づいていく最大の武器……”歌”に切り込んでいくエピソードになるので、彼女に指導してもらっていたワンダショはもはや助けにならない。
信じて、待つ。
そういう向き合い方しか出来ない領分まで、寧々ちゃんの夢も現状の実力も上がってしまっていて、身近な仲間が切磋琢磨しながら実力を付けていく、『高校生らしいアマチュアリズムはワンダショには、もうちょっと遠いのかな……』という感じもあった。
これはバンドガチ勢の志歩先生に引っ張ってもらってるレオニ、唯一のアイドル未経験者みのりを三人が導くモモジャンとの明確な違いで、『お気楽オモシロ集団のフリして足取りが早いワンダショらしさが、こういうところにも出るなぁ』と思った。
ここを突破する起爆剤には一番強いの使わなきゃならんだろう! つうことで、青龍院さんの繋ぎで風祭さんが再登場する。
世界的に活躍する歌姫である彼女に、直接指導してもらう形でしか突破口が見えてこないのは、やっぱワンダショと寧々ちゃんが別の領域に己を押し上げつつある手応えがあって、なにかが変わっていく気配が少し寂しく、怖くも感じる。
ワンダショの内側に成長の契機を見つけられないのなら、それは巣立ちの時が近づいているということであり、フェニランという故地を守ることをアイデンティティの第一とするえむと違って、より優れた演劇人であることを望む司や寧々には、ワンダショはもう少し窮屈な巣なのかもしれない。
スパルタ指導とやる気が噛み合い、寧々ちゃんは『歌と芝居をシームレスに繋ぐ』という新たな境地を、自分に引き寄せる。
その成長を見て、風祭さんは自分に憧れる小さな雛鳥ではなく、同じ空で飛ぶ戦友として寧々ちゃんを見つめる。
憧れの大人に対等に認められる視線をこそ、多分寧々ちゃんはずっと心のどこかで願っていて、同時に過去の痛みにうずくまる自分ではそんなモノは得れないと、諦めてもいた願いが叶った。
それはワンダショがなければ叶わなかった夢であり、ワンダショの中にいてはこれ以上広がらないかもしれない夢だ。
ガツガツ他人に助言を求め物怖じせず高みを目指す姿には、もう気弱な歌姫の面影はすっかり薄くて、寧々ちゃんも物語を通じて大きく変わった実感が嬉しく、少しだけ寂しく僕の上を通り過ぎていった。
喉から血を流すような努力の果てに成し遂げた一つの成功は、その先にある広く高い空を良く見せて、若人の魂を焼く。
外へ、もっと高みへ。
仲間たちがたぎらせるそんな野望を、分析眼に優れた類はもちろん見抜いていて、しかしクールにクレバーに、行く末を祝ったりはしない。
ここ、ワンダショという場所、かけがえない私たちに拘って、どうにか”ワンダショ”のまま高く飛べる算段はないかと、頭をひねりだした。
これが、僕には凄く面白く、嬉しかった。
類は持ち前の賢さで他人や世界との壁を作って、孤独な天才として一人で夢を追いかけてきた。
巻き込まれるようにワンダショに参加し、一人ではなくみんなでいることの強さ、そこから生まれる豊かな実りで、クールな自分に温かみと優しさを足していった。
そんな彼にとって、自分を変えてくれたワンダショは(もしかするとえむより)大事な場所で、豊かな未来が広く高い”外側”にこそあると優れた理性が教えても、『ここじゃなきゃ、僕たちじゃなきゃダメなんだ』と特別にしがみつく、強い感情の源なのだろう。
そんだけの強い思いを、賢く他人と距離を作っている姿が”らしさ”だった天才演出家が、自分のユニットに抱えている。
それはワンダショだから生まれた変化で、賢い彼はこの内側への意識をどう現状と繋げるか、いまかなり必死に考えている。
フェニランと鳳家への愛情がとても強く、それゆえ”外”をなかなか見通しにくいえむが見えていない景色が、客観の怪物である類には見通せていると思う。
その上で自分が求める未来のために、たとえ仲間の意思を一旦捻じ曲げる形になっても、どうにか優しいエゴイズムを押し通そうとメラメラ燃えているのが、僕は好きだ。
やっぱロボット人間が触れ合いの中学び取った、人間の熱い血潮をボーボー燃やしてくる瞬間は最高なんだよなぁ……人格的相転移のなかでも、一番物語的ポテンシャルがあると感じる。
今回寧々ちゃんがたどり着いた飛翔は、ワンダショを巣立たなければ届かない高みを彼女に教えた。
それは彼女が発奮する着火剤になった、司くんが己の未熟さを思い知らされる中見つめた、眩しい星の空と同じだ。
それは優しく狭い我が家を飛び出さなければ、たどり着けない場所だと二人は感じている。
実際寧々ちゃんの変化に対し、ワンダショは(心理面、関係性においては非常に分厚い助けを差し出しつつ)もはや差し出せるものが少ない。
それでもなお、『ここにいる私たち』を何より愛しく思うのであれば、世界全てが書き換わるような大舞台を、魔術師はどうにか作り上げなければいけない。
読者目線だとどういうどんでん返しを仕込むか、全く見えない状況になお、神代類が挑む覚悟を見せているこの状況、続く物語はワンダショ一つの総決算としても、誰とも触れ合えなかった天才児の”今”としても、かなり熱いものになりそうだ。
次回も楽しみである。