イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

機動戦士ガンダム 水星の魔女:第19話『一番じゃないやり方』感想

:ずっと願っていた夢の場所に、降り立ってみれば魔女の呪いが、轟々と戦火を燃やす。
 暴かれる王子の謀略、発火していく怨嗟の輪舞……終盤に向けて大きく状況が動く、水星の魔女第19話である。
 最後の決闘も終わり、スレッタが残酷な痛みに産声を上げて、このまま総裁戦かなぁ……と思っていた所に、ぶん殴られてみれば納得の一撃がぶっ刺さり、構造的憎悪に火が付いたこの状況、一体どうなることやら……という塩梅。
 決闘においては敵の武器を制する頼もしい味方だったエアリアルが、ミオリネ姫が希望のカケラを掴みかけていた場所に、最悪のキャンドルを強制的に灯す呪いの引き金になっていく展開が、大変にいい感じだ。
 プロスペラの凶行が何に突き動かされているのか、PROLOGUE時代既にこんがらがっていた情勢が時代を置いて発酵したことで、かなり複雑怪奇な感じもあるので、個人的に整理しつつ感想を書いていく。
 なんだかんだ自由な身空でいられた学園から、もっと広くて残酷な場所にカメラが写った途端にこれだから、確かに急な感じはあるけども同時に必然の結果だな、とも感じる。
 夢を閉じ込める檻は、同時に聖域でもあったのだ。

 

 

画像は”機動戦士ガンダム 水星の魔女”第19話より引用

 最初に演出モチーフの話をしておくと、今回は手渡されるものの描写が大変に多い。
 マルタンのペディキュア&キャンディカウンセリングから始まって、甘いお菓子を拒絶される女子回、遂に繋がれるノレアと五号の手のひら、シャディクの謀略を暴く鍵となった帽子と真心、血の重さで託される均衡への意思と、まぁ盛り沢山である。
 残り五話、けして潤沢とはいえない話数の中で各々が抱え込んだ情報や情動を共有し流動させるうねりが加速する中で、何かが手渡されそれを触媒になにかが変わっていく描写が多いのは、物語的必然といえるだろう。
 いや、重要な秘密を抱え込んで仲間大事ゆえになかなか切り出せなかったマルタンの関を壊すのに、煽り大好きドS女が生足見せつけ飴玉しゃぶらせ精神交互浴がバッチリ効いたの、一体何なんだよって感じではあるけど……。
 釈尊の乳粥供養めいた地球寮でのスレッタの快復、グエルが地上を這いずり回り人の生き死に向き合った結果繋がる運命などは、今まで培った縁を最大限活かして話を回転させる、良い展開だった。

 さんざん殺伐漫才してきたタコ部屋仲間も、内心を書き綴ったスケッチブックに刻まれた少年兵の深奥を五号が見つめ、涙ながらの本音を引き出す。
 地べたに這いずって抱き合う、巨大な構造の犠牲になった”下側”特有の共鳴は、コンテナが作る高みに身を守っているミカから遠い。
 見出され、引きずりあげられ、特権階級が宇宙に浮かべたアジールの中で架け橋の夢を見てきた少女に、何もかもを呪ってなお消えない最下層民の願いは、逃げて逃げて逃げてなお掴みたい”一つ”は、本当に分からないのか。
 密室の外側で勢いよく燃えはじめた構造が、奇妙な縁で繋がった三人にどう影響して、どういう変化を生み出すのか(あるいは生み出し得ないのか)、面白いところに軸が出来てきたな、と思う。

 意外な軸はもう一個あって、ベネリットグループと宇宙議会連合の正面衝突、水星の魔女の呪いが地球も宇宙もメチャクチャにするのをどうにか防ごうとする、有能でマトモで……だからこそ死んだ女の思いを、ベルメリアが受け取る形になった。
 一回は甘いお菓子(学生であるマルタンは隙だらけの口にねじ込まれ、それが決意の起爆剤になったもの)を拒絶しかけたが、かつて五号に詰られた倫理的正当化が通じない赤いプレゼント、魔女の末裔はどう使うのか。
 表向きPROLOGUEでボーボー燃やされたヴァナディースの遺産が、親会社だったオックスアース経由で宇宙議会連合に流れ、戦争シェアリングを調整する便利な道具として供与・運用されていた状況が明らかにもなった。
 地球を食い物にする構造をひっくり返したいシャディクが、便利に使える手駒としていた”フォルドの夜明け”がその実、搾取を維持するべく強堅な手段に出てるライバルグループと結果として手を結ぶ形……ヴァナディース襲撃を裏で操っていた存在への復讐を願う魔女と、お互いの腹を知らぬまま対立する構図になってきているのは、なかなかに複雑怪奇でもある。
 そこら辺の権力算数は横に置くとして、自分が悲劇の犠牲者であり生産者でもある事実を受け止めきれなかったベルメリアは、そういう皮肉な構造の中でもなんとか穏健な解決を臨んできた女の血を受け取って、どう動くのか。
 今回紛争の火種となったエアリアルの芝居を、技術的に暴きうる立場に彼女がいるのがなかなか面白い。

 

 

画像は”機動戦士ガンダム 水星の魔女”第19話より引用

 どんだけ世界が激動しても、全ての人に裏切られて泣きじゃくっても、生きているなら腹は減る。
 ぽんぽこたぬきが里山に降りてきて、ひっそり盗み食いしているところをチュチュ大先生に捕らえられ、なにもかもなくなったと思いこんでも消えない生きる意志と、それを支えてくれる仲間を見つけ直す展開は、再生の希望にあふれていた。
 データストームと一体化したエリーは飯も食わないし年も取らないが、現実に身を置くスレッタは否応なく腹が減り、それを満たされえば優しい気持ちにもなる。
 鋼鉄の子宮から切り離され、自分の口で乳を飲み込む立場になったからこそ、見えるものもある……という話か。
 ミオリネと共に信頼を育んだ場所で育てられていたのが、栄養満点の赤い”食べ物”だったのが、このスレッタ再生の場面には良く生きていると思う。

 クエタでの惨状が何に起因するのか、ミオリネが自分なりしっかり考えた上で元凶を問い詰めていったように、このお話は思い込みや意固地に足踏みをして、不快な停滞に話が巻き込まれることが少ない。
 ……その分燃え盛る思いとすれ違いの摩擦熱が、ボーボー大炎上起こすのも特徴なんだけどさ。
 セセリアのSMカウンセリングで生きる気力を取り戻した(マジどーなのマルタン……)寮長の告白を聞くことで、最善ではないがそれを選ぶしか無い手段にスレッタは思いを馳せ、自分を遠ざけ傷つけたエアリアルもミオリネも、愛ゆえにそれを選んだのだと理解していく。
 プロスペラの呪いで判断停止していた時間が長かった分、もうちょい迷う時間が長いかとも思っていたが、想像以上の賢さで少女は自分の前に広がる世界のあり方を、そこに立ちすくむ自分の現状を把握していく。

 既にコトが起こってしまった以上、理解するだけでは状況は改善せず、理解した上でどう行動するかによって物語の行く末も決まってくるだろう。
 しかし既に誰かから手渡されていた真心の意味を、別離の包み紙を引っ剥がして心で抱きしめ、それを糧にして進んでいく未来には、微かでも希望がある……はずだ。
 ミオリネの運勢が水星の魔女の呪いで急降下する中、スレッタが生きるための知恵と力……彼女が本来備え、学園で出会った人たちを変えていった原動力に目覚め直したのは、善き兆しだと思う。
 あるいは、思いたい。

 

 

 

画像は”機動戦士ガンダム 水星の魔女”第19話より引用

 そんなスレッタへの愛慕を引きちぎって地上に降りるミオリネは、かつて憧れた地球を強化ガラスの先に見つめる。
 この”囚われたお姫様”の構図は今回の彼女を幾重にも縛り、魔女(プロスペラ)と王子様(プリンス)が決定的な対立を加速させるエピソードの中で、彼女の善意と無力を強調していく。
 花を間に挟み、アーシアンとの対話に誠実な態度で挑んだ彼女は、一度は断絶に橋をかけ、手を結ぶ所まで自分たちを持っていく。
 なんの操作もなければ、そのまま若い善意が大勢を動かし、権益と分断に切り刻まれた天と地が結ばれていたかもしれない。
 しかし、事実そうはならない。

 エアリアルのコックピットに収まり、鋼鉄の子宮の中でエリーとの母子共犯、ヴァナディースの呪詛に浸っているプロスペラは、強制的に引き金を引かせる魔法を使って、まとまりそうだった状況を発火させる。
 総裁戦を前にした和平交渉で、マスコミの目が向いてる中でぶっぱなされた砲弾は、隠蔽しようもなくアーシアンの無法、スペーシアンの残虐を暴き立てていく。
 既定路線であろう戦争演劇の幕開けを終えていの一番、魔女たちの祈りで編まれたはずのガンド技術を最悪の形で引き継ぎ、搾取と紛争の道具に量産していた場所を叩き潰しに行く所に、プロスペラに燃える黒い炎を見る思いだ。
 人間を戦争機械にするガンド技術を盗んで、ヴァナディースの虐殺へ踏み切ったデリングの決断を、彼がトップだった巨大な企業体の利益追求主義が裏切り、グループ外で腫瘍を膨らませてた形でもあって、武器を握って平和を祈る儚さが、ちょっと滲む回でもあった。
 そういう流れの果てに、愛するものとの再開を望んでガンドベースのクワイエット・ゼロにすがることになったのも含めて、あのオッサンも大概皮肉な生き方しておるね……。

 母の憎悪はあまりに深く、仮面を外し人間的な情を見せたところで、その”人間らしさ”が生み出す惨状を正当化などし得ない。
 それでもなお機械の娘たちは母の復讐に寄り添い、地獄の釜を開けてその奥の奥まで身を沈める健気さを、血みどろに飾っている。
 母は機械の娘たちを、まだ幼く導くべき存在(スレッタはその末子)として扱っているわけだが、愚かしくも癒しがたい復讐の念を間近に感じて、一番じゃないやり方と知りつつ付き合ってあげているのは、ライフルに合体して復仇の道具になって(あげて)いるエアリアルの姉妹達なのかもしれない。

 

 

 

画像は”機動戦士ガンダム 水星の魔女”第19話より引用

 スレッタは鉄の格子越し、届かぬ手を炎の呪いに伸ばして……何も出来ない。
 『穢したな……』とキッモいキモイ妄言吐き捨てるシャディクにとって、未だスレッタは自由意志を持たないお姫様であり、お互いに大事なものを守るべく同盟を結んだパートナーとして、交渉の場所に同席しないまま決定的な証拠を手繰り寄せたグエルとは、見えてる景色が違いすぎるのだろう。
 ミオリネがずっと親父に見てほしかった、あるがままの自分を見ているのは当然グエルくんの方で、割り切った顔で執着ネトネトの褐色王子と違って色恋テイスト皆無な分、人間的な信頼は絶大に分厚い。
 過去の善行の報いを受け取る形で、独自に事件の真実に(気さくに見えて超現実主義者な、ケナンジさんの助けを借りつつ)たどり着いて、実績も十分だ。

 初手から温室は荒らすマチズモはぶん回す、大間違いのド馬鹿として始まって、血みどろの地獄を経て正しさを必死に追いかけてるグエルくんの成長と、ただただ素直に愛を叫べば望むもの全部手に入ったっぽいのに、なんもかんも間違えて世界を燃やす王子様になってきてるシャディクは、対比で描かれているのだろう。
 王子と魔女が、複雑怪奇な因縁と思惑を背負って対立の中核に立つ構図を成り立たせるべく、サイバーパンク企業宮廷劇という描き方を選んだ感じもあるねぇ……。

 

 プロスペラが投げ込んだ火種は街を燃やし、また親を亡くした子どもが泣きじゃくる。
 前回描かれたように水星の魔女にも人並みの情はあり、個人レベルの愛を抱え込んだまま……あるいは愛すればこその呪いを肥大化させた結果、地球と宇宙の関係は最悪に破裂しようとしている。
 個人的な憎悪を世界レベルに拡大すれば、罪もないどっかのガキが泣きじゃくると拳を下ろせる理性があるなら、水星くんだりで数十年、復讐の牙を研いだりはしてねー訳だからな……。
 血の繋がった誰かと、縁もゆかりもない誰かを対等に思える自由と博愛が、古ぼけた飾りに成り下がったからこそこの超高度資本主義社会に人倫は荒廃し、狭い繋がりが加速させる分断は、数多の死者を飲み込んで更に広がっていく。
 ガラス越し、地球に憧れていた少女に見せる”現実”としては、何とも悲惨だ。
 いつものことでは、あるのだけど。

 ミオリネがそのちびっこい生身をスーツに包んで、生身で真心を手渡し約束を受け取ろうとした試みは、義母によって粉砕された。
 企業宮廷という視点においては、地球のテロリストに潰された親の遺志を継ぎ、血塗られた強硬路線を継承した形にもなっていて、彼女が本当にやりたかったことが一切表に出ないの、残酷な檻だなと思う。
 お前は何も出来ない子供のままだと、燃え盛る炎は告げている。
 しかしアーシアンと対等に話し合おうとした意思が確かに、何かを繋ぎかけていたのは事実で、塔に囚われた姫に擬される程には、ミオリネは無力ではない。
 無力ではないと思い、証明したいから、地球に降りたわけだしね。

 

 そういう彼女がスレッタを守るためには、彼女が何も知り得ず何も出来ない子供なのだと叩きつけるような扱いで、縁を切るしかなかったのはなかなか哀しいことだ。
 一番じゃないやり方の複雑な意味論を飲み込んで、自分に出来ることを探すスレッタの勇姿は子どもではありえないが、その身じろぎは長い年月溜め込んだ暴力と謀略の前に、あまりに小さい。
 表向きアーシアンVSスペーシアンの構図になっているけど、宇宙に本拠を置く巨大企業体二つが、それぞれ穏健派と強硬派に別れて合従連衡、複雑怪奇な利害と理想を叩きつけ合う構図が、遂に火を吹く中。
 絶望に身を捩り、それでも命の糧を求めてしまう者たちの未来は、一体どこに続いていくのか。
 次回も大変楽しみだ。