青春闘争の天王山、2.14V-デイ!
浮かれ騒ぐ甘い空気に揺らされつつ、冬を通じて近づいてきた京ちゃんと山田の心は遂に危険領域へッ!
キラキラ1.5倍増し、とろける甘さを直接お届けな、僕ヤバアニメ第16話である。
むっちゃ色んなことが描かれてて、見ごたえ十分な仕上がりであった……。
誰かが誰かに恋しているのだと明瞭なメッセージを出し、あるいは不定形な思いに振り回されたりする特別な日を追いかける回である。
前回のサブタイトルを引き継ぐ形で、二つの”を”の先にある答えをまだ言えず、しかしたしかにお互いの胸の中弾む鼓動は聞こえていて、後は燃え上がる瞬間を待つばかり……なんだが、身悶えするような距離感はなかなか決定機を得ないッ!
そのまどろっこしさこそが甘く愛しくもあり、山田の熱烈アプローチに翻弄されつつ、キメる所はキッチリキメる京ちゃんのハンサム力も堪能できて、胸いっぱいの勝負回であった。
傍から見てりゃ『いや……どう考えても……』ってぇ状況を、渦の真ん中にいる当人はどういうつもりだとか好きか好きじゃないかとか、ウロウロジタバタ悶えている様子が、教室全体を巻き込んで浮かれる一大イベントの空気の中で、結構俯瞰的に描かれる回でもあったか。
”自称・空気が読める男”ナンパイに突きつけられた、山田杏奈と市川京太郎の”事実”が残酷であったり、すっかり男友達の輪に居場所を得た京ちゃんと足立くんの距離感であったり、メイン二人以外の描写が良いからこそ、甘く燃える本題も強い。
群像劇の爽やかな風を何処かに宿しつつ、主題と現状をしっかり描く、骨の太い回でした。
というわけで、今回はメイン二人の描写について書く前に、市川京太郎と山田杏奈がどういう社会の中にいるのかを見ていきたい。
触れば汚れる、ヤバいクラスの腫れ物扱いだった京ちゃんは山田杏奈への恋心に引っ張り上げられる形で、クラスに足場を得た。
中学生男子特有の下半身直結、デリカシー皆無のブッパ発言にヒキつつも、足立くんとの距離感は山田とは違う形で親しげで、なんだかんだ楽しい日々を送っている。
繋がりを得るということは、それを伝って色んなモノが届き、響くということだ。
萌子がテキトーにバラまいた義理チョコに、足立くんは(おバカにも)マジで感じ入り、勝手な妄想をブーストさせて、好きになれそうな女の子がどんな子なのか、ちゃんと知ろうとする。
教室中に響き渡る足立のバカボイスを受けて、萌子は『男子ってバカだにゃ~』という顔をし、山田は別のところに色々響いて乙女心を抱きしめる。
色んな奴らがアタマ突き合わせて、日々を過ごす教室は思春期らしくバカらしく、しかし悪くない日常として、独特でありながら普遍的な空気をまとっている。
バレンタインという祭に浮かれる中で、そういうどこにもないはずなのに懐かしいユートピアに、京ちゃんと山田が確かにいるのだという、手触りが削り出されていく。
数人程度の小さな輪にまとまり、その中で話題を共有しつつも、語っている内容は内に閉ざされるわけでなく、漏れ出てもう一つの輪を揺らす。
京ちゃんが足場を気づいている男子集団と、山田が身を置いている女子集団がダイレクトに交流するわけではないんだけども、お互いの声と行いがお互いを震わせ、教室の中で共存している様子も良く描かれていた。
僕はこのお話、市川京太郎(あるいは山田杏奈)という思春期の個人が、複雑な内面に潜り込む様子と同じくらい、自分の周りにある家族とか友人とかクラスとか、恋人にはならない誰かと触れ合う様子を大事に書いてる所が好きで。
自分ですらあやふやな自我の輪郭を、中二病に感染したりときめきロマンスに飛び込んだり、ヤバい方向に道を踏み外しかけたりしながら手に入れていくこの時期、かけがえない補助線を引いてくれる誰かの存在は貴重だ。
一番大きな”誰か”が市川京太郎にとっての山田杏奈、山田杏奈にとっての市川京太郎であるのは間違いないが、しかし恋心がそこになくとも、色んな人が彼らに触れ合い、響き、自分たちだけでは見えないものを差し出してくれる。
そんな不思議な共鳴が、クラスの何気ない風景に思いの外豊かに満ちていることを、バレンタインに浮かれる姿は上手く描く。
そんな筆が、アニメにおいても南条ハルヤに伸びているのだと確認できるシーンがあったのは、もしかすると僕にとって、今回一番良いことだったかも知れない。
タイトル出しの後、バレンタインデイの熱い触れ合いで、青春ロードまっしぐら、さらに加速していく主役二人から、置いていかれるナンパイが描かれる。
約束された負け役、主役の引き立て役でしかない彼には、(この作品における市川京太郎以外の人物、全てがそうであるように)余人には聞こえない考えがあり、悲しみがあり、色々あった上で軟派である。
サッカーコートを見つめ、”空気を読める男”が感じ取ってしまった完敗の気配に立ちすくむ彼の周辺に、宿る黄昏の色。
それは直接描かないことで中学3年生の少年が、彼なり抱えたプライドを守って感じ取らせる、脇役負け役なりの人生の色だ。
京ちゃんにとってナンパイは苦手なタイプの人間で、好きな人にすり寄る悪いやつで、彼に反発することで必要な勇気を絞り出す、得難い敵役でもある。
悟った顔で、男と女の間にある深い河を語るナンパイは、繊細で意味深なメッセージをとにかく読み解いて欲しい山田杏奈とは、極めて相性が悪い。
悶え足踏みし、慎重に不思議な暗号を読み解いて身近に寄ってきてくれる、誠実なメカクレ系男子こそが山田杏奈のドンピシャであり、恋を一種のゲームだと思いこむことで乗りこなそうとしてきた、ナンパイはそもそも、勝てない勝負をしてきたのだ。
それでも彼なり、軽薄に思える言葉に確かに宿ったものがあり、触れることも出来ないまま夕焼けに浮かんだ片手に、掴もうとしたものがある。
山田への恋心に専有された京ちゃんの視界に、彼がサッカーコートに伸ばす視線、置き去りにした掌が入ることはないのだが、彼の感受性は自分を突き動かす素敵な恋が、何を踏みつけているかを微かながら確かに、感じ取ってもいる。
おバカな足立くんの奇妙な誠実さに、真顔で『学びになる』と告げてしまう京ちゃんの生真面目さは。ダチにもちゃんと伝わっている。
そういう関係性を育むきっかけは、やっぱり山田杏奈に出会ったこと、触れ合って彼女が好きな自分と向き合い、クソだと思い込もうとした世の中が思いの外、楽しく輝いていると思えたからだ。
そういう歩みの初期段階、ナンパイとのファーストコンタクトでは自転車爆弾ぶん投げるだけだったハチャメチャヤバいコミュニケーションも、つっかえながらも自分の意志を示し、当てこすりと罠に満ちた可愛らしい牽制合戦を、繰り広げるところまで来た。
残像を残しながら、南条ハルヤが手を降ってほしかった少女は去っていく。
京ちゃんほど思い悩まず、軽薄に人生の歩みを進められる(ふりをしてもいる)彼は、イケる空気を読めると自称する。
つまり、イケない空気も理解っててしまう、結構繊細な感受性を有してもいるのだ。
京ちゃん自身は勝ちなのか負けなのか、イケるのかイケないのか判別付かない、山田杏奈との青春闘争。
その真中に飛び込む特権を有さない、負け約敵役だからこそ一足先に見えてしまう真実が、軽薄なはずのナンパイの足を縫い留める。
そこで進めない自分を、進まないことを選ぶ自分を、南条ハルヤがどう受け止めているのか、このお話は直接には語らない。
しかしたしかに彼を包む黄金が、語るよりも豊かに感じ取らせるものがある。
この間接話法の他者性は、山田杏奈において徹底されているものでもあって、わからないからこそ分かりたいと思う、それでも分からないまま近づけない人間の不思議を、愛しく追いかけ続けるアニメの筆だ。
それが南条ハルヤにも伸びていてくれることが……そうやって気に食わない先輩が隣に確かにいる世界で、京ちゃんが生きているのだと解ることが、僕には不思議に嬉しかった。
彼らは、確かにそういう場所に在るのだ。
放送の時系列をスキップして、南条ハルヤの話などしてしまったが、エピソードの中心はやはり山田と京ちゃんにある。
山田は僕を、僕は山田を。
”を”の先にあるものを明言しない、出来ないからこそ豊かに弾む複雑なメッセージのやり取りを、直接的な触れ合いを含めて幾重にも折り重ねていく筆致は、身悶えするほどに甘い。
チロルチョコ将棋という、おフザケ遊戯の形を借りて本命チョコをドドンと渡す山田杏奈のアプローチが、果たして本気か遊びか判別できないまま、京ちゃんはいたずらな彼女に翻弄され続ける。
『ハートなら本気』と、何気なく切り出した判別条件に不器用にチョコまんを押し付け、頬に残った名残はハート型。
『どう考えても……イケるだろッ!』って客観は、鏡を見なきゃ自分の頬を確認できない京ちゃんには、なかなか縁遠いものである。
ここで押されっぱなし、与えられっぱなしで終わらず、山田の熱量に負けない甘さでロマンティックをしっかり差し出す所が、京ちゃんが彼女に選ばれる理由でもあろう。
慎重に、これ以上傷つかないようにヤバさの鎧をまとっていた京ちゃんであるが、魂の奥底にまだ燃えてる熱血ロマンティシストの生き様が顔を出して、踏み出すべきタイミングで力強く、前へ進んでいく。
この決断に深夜のベッド、モゾモゾ身悶えもするけども、複雑な暗号合戦に翻弄されつつも、自分なりのメッセージとプレゼントをしっかり、山田に向き合って手渡す対等な間合いが、山田(と僕ら)を魅了もする。
京ちゃんは誰かから不当に奪ったり、与えられっぱなしだったりではいない自分で痛い人なので、山田がグイグイ押し付けてくる思いと熱にも、同じだけの強さで応えたい人なのだ。
そういう魂のコール&レスポンスに、開かれた人であったことが、山田と京ちゃんを繋ぐ縁だったのかな、などとも思う。
このアニメは、登場人物が発せられたメッセージに気づき、生まれた心のさざなみが顔に浮かび上がってくるまでを丁寧に追いかける。
セリフ抜きで クローズアップされる表情には、眼の前で起こる何かに感じ入る繊細な心と、眼の前で響き合う思いにどう向き合えばいいのか、戸惑い混じりで足踏みする様子が切り取られている。
ここまで幾重にもそんな場面を重ねてきた山田と京ちゃんは、バレンタインという大きなイベントでもお互いを見つめ、立ち止まり、変化を求めて何かを告げる。
読み解くのも難しく、適切に向き合うのはなお困難なメッセージを受け止めて、今までの自分よりもう少しだけ、眩しい場所に進み出す。
そんな事を繰り返した結果、渋谷でのデートでは苦手だと言えなかったブラックコーヒーを、苦手な市川京太郎を自然と、山田杏奈に差し出せるようにもなっている。
雪の中、マスコットを探しているときには抱きしめられなかったその体と心に、手を伸ばして願いに応えられる自分に、京ちゃんは変わってきている。
ここでスルスルとハグするんではなく、(山田が心の奥底で多分望んでいる通り)真摯に悩んで、足踏みした挙げ句エイヤと、山田杏奈だからこそ抱きしめるのが、市川京太郎という少年だ。
そんな彼がどんな顔をして、目の前にグイグイ積み上げられていくときめきと向き合っているのか、丁寧に追いかけてくれるアニメなのは、とてもありがたい。
マフィンに刻まれた”ス”は、”を”の次に繋げていい言葉の頭文字なのか。
半分かじって託されたそれが、偶然刻んだハートマークを、本気の証と受け取っていいのか。
京ちゃんは思春期に身悶えしながら、片目を覆い隠していた長い前髪の奥から、手渡されたものを真っ直ぐ見つめる。
ここで自分の心を、山田が差し出してくれたものを真っ直ぐ見つめたからこそ、京ちゃんは夕日の中憎い恋敵に自分の気持ちを……”を”の先を言おうと思えたのだろう。
そういう、ちっぽけで真っ直ぐな勇気が一歩ずつ切り開いていったものの先に、眩しい景色が広がっている。
そういう光をこのお話は幾度も書いてきたし、今回もめっちゃビカビカしてたし、これからも積み上げていくだろう。
機、未だ熟せず。
バレンタインデイという、告白にうってつけのイベントを経てまだ”を”の先は言葉にならなかったが、しかし確かに山田杏奈と市川京太郎の間で交わされるメッセージには、特別で強い熱が宿っている。
宿るようになった。
そういうことが、良く伝わるエピソードでした。
大変良かったです。
山田杏奈のスーパーグイグイ力が全開でもあったが、それで押し流されない慎重さに惹かれて京ちゃん好きになったんだろうし、まだまだもどかしい身悶えは続くぞッ!
山田への恋心に向き合う中で、山田を好きな自分、そんな自分が身を置いている世界と社会に、メカクレの向こうから目を向けてる京ちゃんの変化も豊かに描かれ、大満足の勝負回でした。
この熱い夕焼けを経て、二人の青春一体どうなる。
次回も楽しみッ!