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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ:第35話『目覚めし厄祭』感想

アニメ 鉄血のオルフェンズ

土塗れ血塗れの火星ネズミ成り上がり一代記、封印されし天使の軍勢が目覚める大転換な35話目。
これまで意図的にスポットを浴びせられてこなかった災厄戦の設定が一気に出てきて、地下から機械製の大怪獣が飛び出してくる展開に。
前半の泥臭いヤクザ力が嘘だったかのように、デカい設定と大破壊が押し寄せてくるラストでしたが、これまで小出しにされてきた設定が繋がるように新要素が出されたため、テイスト違うのに納得できちゃうのが凄い。
これまで『家族』の狭い世界で進んできた鉄華団の物語が、世界の成り立ちに直結するヒロイックな『敵』を前にしてどう変わるか。
色々気になってくる、変化の回でした。

これまであくまで背景として描かれてきた『厄祭戦』ですが、思い返せばガンダムはそこで活躍した超パワーであり、大人に嫉妬されるぐらい躍進した鉄華団の活躍も、300年前のおとぎ話があってのことです。
まぁ、火星ネズミやヒューマンデブリが人間扱いされないのも、腐敗しきった搾取構造が公然化しているのも、『厄祭戦』で人間が手にした勝利の上に積み上げられた結果なわけで、良くも悪くも話の根っこにある設定。
だったんですが、これまでこのアニメが描いてきたのは手で掴めて息が掛かる近い『現在』の話であり、世界がクソみたいになる原因となった『過去』には、ほとんど光を当ててきませんでした。
今回発掘兵器が起動し、凄いヤバいことになって新鮮に驚けたのも、意図的に物語の光を調整して、関係ない暗がりだと思わせた所からズドンと飛び出してきたからなのでしょう。
二期になって、マクギリスがしきりに『ギャラルホルン設立の英雄』アグニカ・カイエルに憧れる態度を見せていたのも、陰謀かという印象が強かった彼のイメージをロマンチストに塗り替えると同時に、話の力点が『過去』に飛ぶ展開の準備でもあったんでしょうね。

これまであまりにも人間らしい、欲と野望の血みどろ戦争ばかりを描いてきたので、神話の時代から蘇った無人機械は、作品のテイストから浮き上がって見えます。
しかし考え直してみると、阿頼耶識という特徴的な設定からして『人間と機械の境界』を飛び越えるものであり、『無慈悲に殺し、破壊する機械』になってしまったアインや、バルバドスに捧げた瞳でハシュマルの覚醒に反応していた三日月もまた、戦争のための自動機械に近い存在です。
人間が己のエゴを貫くために使ってきた武力が、実は機械の神を殺すための兵器だった。
今回出てきた設定は、非常に強く『人間』の物語だったこのアニメにそぐわないように見えて、実は『人間』と『機械』、『家族』と『殺してもいいヤツ』の境界線を揺るがし続けてきたこの作品の根本に、しっかり繋がっている気がします。

『よくわかんない発掘兵器』の仕様として認識されていた通信障害や対ビームコート、異常に頑丈なフレームなどのロボット描写が、『通信で使い魔を操る、人類絶滅用の自動兵器』を相手にするためだとわかったことで、突然の新展開がストンと飲み込めたのは、非常に良かったです。
ロボモノは『ロボット』という大きな嘘をつくために設定が一人走りをすることが多々あり、人間が泥臭い殺し合いをするには過剰な技術も『そういうもんかな』と思っていましたが、今回『本当の敵』が描写されたことで、かなりの部分がストンと納得できました
アクションシーンの見応えを作る設定の数々が、こうしてメインストーリーの隙間にピッチリと挟まる様子を見れるのは、なかなか得難い快楽だと思います。
『神様殺すために手に入れた悪魔の技術は、神様いなくなった後でも残って、人間同士で殺し合いを続けるために使われている』と見立てると、やっぱこのアニメはペシミスティックというか、人間の負のカルマを甘くは見てないなと再確認させられますね。

人間の卑近な争いを遥かに超えたハシュマルの脅威を強調するべく、発掘兵器周りの描写はほぼ完璧に災害パニックモノの文法で描かれていました。
使い魔である自律兵器が暴れるさまを事前に見せることで、『本体は一体、どんくらいヤバいんだろう』と想像させる描き方とか、味方サイドであるマクギリスはしっかり警戒して立ち回っているのに、功名に浮足立ったイオク様がいらんことして災厄を目覚めさせちゃう所とか、巧く別ジャンルの文法を借りていました。
これまでコンパクトなスケールで物語を続けていた分、モビルアーマーのスケールは物理的な面だけではなく、設定面・物語面でも大きく描かなければいけないわけで、そこら辺ちゃんとやってインパクトが有ったのは凄く良かったです。


そういうデカい話が覚醒する背後で、金を稼ぎ足の引っ張り合いをする小さな人間の姿も、しっかり描かれていました。
ドノミコスさんが情報をリークしなければ、マクギリスの火星行きをアリアンロッドが知ることもなく、イオク様がMSでやってきてハシュマルを刺激することもなかったわけで、ちっぽけな人間模様が巨大な破滅につながる様も、残酷なドミノのように小気味よく描かれていました。
イオク様が背後関係をちゃんと調査せず、ヤクザからの内部リークだと確認しないまま情報に上げている様子とか、器の小ささがよく見えて好きな演出でしたね。

『火星の王』を目指すべくマクギリスと手を組んだオルガの決断は、ヤクザの文法でいえば当然序列飛ばしであり、潰されるべき傲慢です。
『人間が、人間らしく』あるために寄り添った組織の中で、嫉心が足の引っ張り合いに繋がる様子は、テイワズにおけるオルガとドノミコス、ギャラルホルンにおけるマクギリスとラスタルで、強く響き合う部分です。
『敵の敵は味方』という繋がり方ではあるんですが、そういう利害を超えたカルマの共鳴みたいのが存在しているのは、なかなか興味深いところです。
まぁとんでもなくドエライことが起こったんで、宇宙ヤクザとスペース警察内部で足の引っ張り愛している余裕が残るか、一気に怪しくなりましたけどね……どーなんだろうな、マジ。

今を必死に生きるしかない鉄華団と、そこから少し離れた場所で大きなものを見ているクーデリアの対比も、なかなかに鮮烈でした。
教育の重要性を痛感し、身銭を切って明日に希望を繋いでいるクーデリアと、命を削って稼いだ対価の使い道もわからず、全てをクーデリアに預けてしまう鉄華団の『家族』には、やっぱ距離がある。
みんながみんな、血の泥に首まで浸かって明日も知らず、あっぷあっぷしてたんじゃ救いもクソもないんで、お嬢が鉄華団の浅はかさを嘆きつつ、手を差し伸べきれないのは大事なことだと思うんですけどね。
ココらへん踏み込みきれないのも、やっぱ『家族』から一歩離れているクーデリアの特殊性だよなぁ。

例え同じ地獄にはいないとしても、クーデリアがアトラや三日月を思う気持ち、三日月がクーデリアを信頼する心には、確かな繋がりがあります。
『金』という信頼をクーデリアに預ける描写もそうなんだけど、一期でも描かれた『教育』への接近が三日月の中で生きていて、『文字を読める』描写が入ったのが、少し暖かい感じがしました。
鉄華団の子どもたちに文字を教えてくれたフミタンのことも覚えていたけども、人間として扱われなかった三日月としては、最低限の尊厳として『名前』は大事なファクターなんかな。
……しかし『フミタン・アドモス小学校』か……自分の理想全てを載せた方舟に片っ端から名前をつけているあたり、ホントお嬢は、フミタンに操を捧げてるな……。


卑近な人間と、無情な機械の神。
もしくは、人間のエゴが絡み合う足の引っ張り合いと、あまりに巨大な破壊。
スケールの違う2つの物語が同時に進行し、奇妙な立体感が心地よく感じられるエピソードでした。
今まであえて触れなかった大きな話に飛び込んだのに、違和感より期待感のほうが強いのはやっぱ、背後に控えているものをひそかに、しかし周到に作品に埋め込んだ結果、地ならしが出来ていたからなんだろうなぁ。

300年前の神話から、目の前に立ち塞がる破滅へと姿を変えたモビルアーマー
人間と機械の中間点にいるハシュマルが、あまり人間的な野望を生きる人々の物語にどう絡むのか。
スケールが違う話をぶっ込んだ結果、どう化学反応してどういう方向に転がっていくのか、さっぱり先が読めません。
このワクワクをどう活かして物語を加速させていくのか、非常に楽しみです。

12歳。セカンドシーズン:第22話『バイバイ』感想ツイートまとめ

アニメ 12歳。 感想ツイートまとめ

ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない:第36話『アナザーワン バイツァ・ダスト その2』感想

アニメ ジョジョの奇妙な冒険


生と死が奇妙なダンスを踊る異能力サイコサスペンス、特殊OPでお送りする時空間ミステリな第36話。
時間と運命を支配する"バイツァ・ダスト"の凄まじさと、翻弄されつつ急激に成長する早人、その心をへし折らんと圧力をかけまくる吉良。
時間も作画力もたっぷり使い、ラスボスが手に入れた凶悪な能力を確認しつつ、そこからの脱出経路を探していくエピソードとなりました。

今回の主役はやはり早人で、永遠に繰り返される一時間に支配されつつも、諦めずに別の道を探し続ける決死の努力が、力強く描写されていました。
結果や経過をすっ飛ばして結末を手に入れてしまう"バイツァ・ダスト"も、その支配力に酔いしれてクソ以下のいい気絶頂モードを楽しむ吉良も非常にしんどいわけですが、スタンド能力を持たない早人が恐怖と無力感に涙しつつもけして諦めず、『悪』の企みを挫くために必死に戦っている姿が、見ている側に勇気を与えてくれもします。
やっぱジョジョは、『善』を飲み込もうと暴れまわる凶猛な『悪』と、『悪』に試されればこそ輝きを増していく『善』、両方で支えられている物語なのだな。


根暗で家に閉じこもっているように見えた早人は、吉良の秘密を知ってから急激に世界を広げ、様々な人の痛みを自分のものとして感じるようになります。
一番近い『他人』である母親を守るべく始まった彼の闘いは、"バイツァ・ダスト"の発動体になるという数奇な運命の結果、露伴ちゃんの死を何度も目の前で見せられる異常体験を引っ張ってきます。
悲痛さを高めるべく、自分が殺されたのとおなじ相手に、自分が命をかけて守った少年がぶっ殺される所を鈴美にきっちり見せているところが、冷静でホッとな演出だな。
『殺し』の恐怖を支配力として行使してきた吉良にとって、背後に立ってクソみたいな解説垂れ流しにするのは、犠牲者の気持ちをへし折り自分の力を確認する、殺人鬼の常套手段(モーダス・オペランディ)なんだと思います。

しかし早人は露伴ちゃんの死の痛みや無念に強く共感し、それを自分のものとして受け止めることで、むしろ『悪』との戦いに必要な決意を固めていく。
『こんなひどいことを、繰り返させちゃいけない』
『この街を、これ以上汚させてはいけない』
吉良がこれみよがしに押し付ける露伴ちゃんの死は、スタンド能力を持たない早人と、『非日常』の力で『日常』を守る戦士たちとの距離を、一気に縮める起爆剤になるわけです。


そこら辺が分かりやすく示されているのが仗助との出会いであり、そこで早人が見せた決意です。
あのシーンはいかにも気のいいあんちゃん風の仗助の声がすごく良いんですが、"バイツァ・ダスト"の凶悪なルールを、身をもって体験している早人は自分の鼻を折ってまで仗助の優しさを遠ざけようとする。
『己が傷つくこと、血を流すことを一切顧みない強さ』というのは、これまでの物語で何度も強調された戦士の資質であり、早人が仗助や承太郎の領域まで一気に駆け上がってきたことを、如実に示しています。
己の命を断って悲劇の連鎖を止めようとする『覚悟』は、その最先端に位置していると言えるでしょう。

仗助が『戦士』として非常に特殊なのは、その特質が『治す』能力として現れていることです。
『優しさと強さ』の発露として早人が流した鼻血を、"クレイジーダイヤモンド"はその能力で治し、なかったことにする。
これは『爆破して巻き戻す』という"バイツァ・ダスト"の能力、自分が掌中に収めたはずの運命に裏切られ、コーヒカップが砕けて己を傷つけるままにするしかなかった吉良と、全く反対の力です。
破壊することで巻き戻す殺人鬼と、治療することで巻き戻す守護者は能力も精神性も行動理念も綺麗に正反対で、まさに宿命のライバルなのだなぁと、アニメでまとまってみて感心してしまいました。

急速に高まっていく早人の『強さと優しさ』の源泉は、『ママを守る』という愛情です。
それは仗助がかけてくれた優しい声、"クレイジーダイヤモンド"の治癒能力とおなじ『優しい能力』なんですが、あまりに凶悪な吉良を前に、『守ることで止められないなら、殺すことで止めるしかない』という漆黒の殺意にも繋がったりする。
ジョジョが捉える『悪』は理想だけで解決できる生易しいものではないため、『善』は時にシビアでハードな割り切り……というか『覚悟』を必要とされます。
"クレイジーダイヤモンド"だって、『治す』だけではなく『壊す』ことだって出来るわけで。

では吉良と仗助や早人を分けているものはなにかといえば、自分の欲望に流されず、冷静になすべきことを見極める理性なのでしょう。
『コイツは殺さなきゃ止まらない』
『僕以外にやれるやつはいない』
今回早人は沢山の分析と決断を積み重ね、あっという間に『戦士』として成長していくわけですが、『殺し』まで視野に入れる『覚悟』の裏には責任感と愛情があり、だからこそ自分の痛みや弱さを乗り越えることが出来る。
それは吉良が己のエゴを制御しきれず、獲物をなぶり、精神を屈服させて力を確かめる誘惑に溺れてしまうのとは、極めて明瞭な対比をなしています。
この物語において、『善』と『悪』を分ける線はエゴを制御する倫理の前に引かれているわけです。


しかし『悪』が非常に強力で、生半な覚悟で相手取ることが出来ない難敵だということも、このお話を貫く強靭なルールです。
これまで数多の悪党たちを裁いてきた『正義』のスタンドは、『目に入れただけで発動する』という"バイツァ・ダスト"の超インチキスピードの前に為す術なく爆破されてしまうし、己を『殺し』敵を『殺す』早人の決意も、運命を引き寄せる邪悪さの前に結果にたどり着けない。
何度挑んでも簡単にはやられないタフさがあればこそ、乗り越えるべき障害、真実を試すリトマス試験紙として『悪』は説得力を持つわけで、憎たらしいほど吉良が強いことは、物語を軟弱にしないための大事な足場です。

考えてみると、ジョジョのラスボスは皆『過程をすっ飛ばし、結果だけを求める』キャラクターばかりです。
時空と運命を捻じ曲げ『結果』を引き寄せる"バイツァ・ダスト"の前に、早人の成長は一見無駄な努力に見えるわけですが、真実の『覚悟』を込めた正しい行動は、数奇な運命に導かれて必ず結果をもたらします。
それが無条件に『善』をもたらすわけではなく、時に犠牲を強いるあたりがジョジョのシビアさですが、そこで妥協しないからこそ描かれる戦いにぶ厚い凄みが出てくるんだろうなぁ。

今回はここ最近タメた作画力が一気に爆発し、"バイツァ・ダスト"と吉良に弄ばれ、精神をさいなまれる早人のキツさが、よく伝わってくる絵面になってました。
能力が発動して戦士たちが爆破され、絶叫とともに"キラー・クイーン"の特徴的な『目』に吸い込まれて時間が巻き戻る所とか、決意と絶望をしっかり刻み込んだ表情の作画とか、とても良かった。
『善』と『悪』を様々な領域で対比・対立させる物語的構図の巧さも当然大事なんですが、やっぱ気合の入った『絵』が持ってくる説得力こそが、アニメに血肉を宿す最大のパワーだなと思いました。

早人目線で物語が続くことで、吉良が母親を慰み者にしている性的な嫌悪感が、結構物語に寄与していることに気づきました。
『自分は、ちゃんと愛し合った両親から生まれたんだろうか?』という疑問を抱く小学生にとって、父親ぶっ殺して家に侵入してきたインベイダーが、母親とセクシュアルな行為で挑発してくるというのは、嫌悪と怒りが湧き上がるくっそムカつく行為です。
早人は『街』や『スタンド使いの戦士』への共感も覚えているけども、何よりもまず身近な『家』と『母』を守るために戦っているわけで、その気持を燃え上がらせるためにも、吉良がしのぶさんにやらしい事するのは大事な演出なのだろう。
性的所有権にしても、手に入れたパワーはとりあえず見せびらかし、他人を踏みつけにしないと納得できないあたり、吉良の腐ったマチズモは徹底してるなぁ……。


というわけで、圧倒的で絶望的な戦いの中、幼き戦士が覚醒していく様子も描かれるエピソードとなりました。
スタンドという『非日常』の力を持たない分、覚悟一本で藻掻き続ける早人の強さ、優しさ、尊さがよく強調されていて、手に汗握る展開でした。
話がクライマックスに差し掛かっているこのタイミングで、お話の舵取りをスタンド使いにだけ任せないところが、本当に凄いなぁと思う……一応、現代異能バトルに分類されるのにね。

とは言うものの、時を巻き戻し運命を蹂躙する"バイツァ・ダスト"の能力は、今回たっぷり描写されたように凶悪で絶大。
それに対抗するためには、スタンドという『非日常』のパワーを持つ仗助たちの助力が、絶対に必要です。
『治す』能力を持つスタンドをサブタイトルに名付けた次回、どのような反撃が描かれるのか。
非常に楽しみです。

ブブキ・ブランキ 星の巨人:第22話『目覚める彗星』感想

アニメ ブブキ・ブランキ

受け継がれる思いと力は、呪いか祝福か、最終決戦開始のブブキブランキ22話です。
ヒロインが攫われ、ラスボスが身勝手な主張垂れ流しにしながら超デケェボスに乗り込み、死んでいったものたちの遺志を受け継いだ仲間たちが決戦の舞台に次々乗り込む。
『ラストバトル』に必要なもの、やって欲しいことをとにっかく詰め込んだ、ブブキらしいパワーのある回でした。
バトル前に各チームのモチベーションをしっかり整え、確かめ、盛り上げる基礎工事を忘れないのは、これからやってくるだろう怒涛の展開を受け止める足場を確かに感じられて、期待が高まるわな。

というわけでいろんなことが起きていますが、基本的には『ギィをぶっ倒し、世界を救う』という最終局面にキャラクターたちが引っかかりなく整える、モチベーションの基礎工事です。
二期になってからのブブキは、癖の強いチームがゴツゴツぶつかり合うことで話が盛り上がってきたわけで、そんな連中が一つの目的のため心を一つにするのは盛り上がるけど、スムーズに展開させるためにはやっておかなきゃいけないことも多い。
そこら辺を一気に拾い上げ、気持ちよく殴り合いできる状況を整えるのが、今回のエピソードの仕事といえます。

まずイヤなやつ力を高めすぎてた劉毅は、エピゾのキャラを立てた『バカ』を今回も巧く使って、一気に仲間と仲良くさせる展開。
もともとお話がネアカというか、味方サイドは過去の因縁を引きずりすぎないところがブブキの良いところなわけで、ラクシミさんの蹴りとみんなの笑顔で心が一つになる力押しは、むしろ『らしい』展開だったと思います。
エピゾという良い前例がいるので、『ああ、コイツ嫌な奴っていうか、あざとい馬鹿だったのか』と飲み込めてしまうのは、独特の強みだわな。
バカでっかいラスボスもでてきて話が盛り上がっているのに、アジアチームだけ蚊帳の外ってのも寂しい話なわけで、多少誤飲でも一気にベビーターンさせて、ラスボス戦線で肩を並べる状況に仕上げたのはとても良かった。

『バカ』の先達であるエピゾへのトス上げもシンプルかつ優秀で、罵倒で反抗心に火をつけて復活させ、ブブキを託して決戦に共に赴く展開はベタだろうがなんだろうが燃える。
レティシアもロシアチームも良い子だった分、その思いをなんかの形でギィに叩きつけてほしいわけで、エピメウのブブキとザンパザを薫子とエピゾが継承しラストバトルに持っていくのは、見たいものがちゃんと見れている満足感がある。
あのクソ野郎、子供が死んで性格がねじ曲がったってわりに、他の子供達は『呪われている』『必要な犠牲』呼ばわりだもんな……踏みつけにされた奴らの無念をぶっ込んでやらないと、マジ気がすまねぇ。

薫子もザンパザを受け取ってやる気満々ですが、『なんで海底に落ちてたの?』と問われた時の新走の返し方があまりに巧すぎて、やっぱブブキにおける『大人』は新走が一番うまく代表してるなぁと思った。
ギィに騙され、親に遠ざけられ(たと思いこんで)ていた薫子に、『おメエのお袋、死んだぜ』とは言えない新走が『ワリィ、俺がドジっちまった!』と戯けたキャラを貼り付けて応える思いやり、俺はやっぱ好き。
こういう細かいやり取りにオリジナリティと人情があることが、キャラを好きになる足場になっているわけで、ブブキ最大の強みかもしれんね、台詞のやり取りの切れ味。


サブキャラクター達がやる気を見せる中、主人公とヒロインとラスボスもお仕事頑張る。
ここで一時退場は確実に大逆転への布石なので、東は舞台袖でしっかり主人公力を溜め込んでおくといいと思います。
ずーっと東が出ずっぱりだと、他のブブキ使いが見せ場をもらうメリハリも生まれてこないし、メガララ&ザンパザと入れ替わりで退場するのはいい判断だと思う。

礼央子様はメインヒロインの貫禄できっちり攫われつつ、炎帝周りの設定もグッと大公開。
この話、ラスボスも主人公もサブキャラクターも『託す/託される』というテーマが真ん中にあるので、四天王が『礼央子の救出』を東たちに託す今回の展開は、話の軸にしっかり寄り添った運び方だといえます。
すっかり面倒見のいいオジサンと化した的場井さんとのやり取りを通じて、最終決戦の勘所を手際よく確認する流れも分かりやすくてよかったな。

そして子の話を支えるもう一本の手中、ゴミクズ人間の最高峰、我らのギィ様。
『超デカくて強い機体に乗り込む』『行き掛けの駄賃で世界を焼く』『かつて世話になったゲストキャラクターをほしいままにする』など、相変わらずのヘイトアーツ捌きを見せつけてくれてました。
冒頭で明かされた過去も同情を呼ぶより早く、『どーして子供を失った悲しみを、他の子供への慈しみに転換できないかなぁ……』というため息になってしまうあたり、ラスボスとして完成された造形だと思う。
『脳神経系として馴染むまで、時間がかかるか……』という台詞で、テュロクを救出出来る可能性と世界を焼き尽くさない理由付けを同時に果たしているあたりも、なかなか上手い立ち回りだった。

そんなギィ様の野望装置として屹立したデウスマグナですが、3D作画を活かした圧倒的な存在感をアピールし、問答無用の説得力がありました。
ブランキサイズでも『ロボット』というよりは『建造物』というべきの質量を感じたんだけど、デウスマグナはそれを遥かに超えるスケールが常時迫ってきて、3Dモデルを様々な角度・距離で描写できる独自性を活かしているなぁと感じました。
『彗星が頭部』というケレンの効いた設定も好きだし、頭部と接合する時のエフェクトの使い方にも迫力があって、ラスボス機体に必要な『理屈を超えた凄み』がしっかりあった。
世界焼き尽くしビーム発射のときもそうだけど、今回非常にエフェクトがよくて、お話が最後の決戦に差し掛かっている興奮を巧く煽っていたと思います。

ただのデカブツとしてラスボスに利用されるわけではなく、意思を持っていて救われるべきヒロインを兼任しているところが、隙なく東の主人公力を下支えしていてグッドだと思う。
ギィがブランキとの対話を全面拒絶し、ただの道具として使い潰し皆殺しにするキャラなんで、東はたとえラスボスだろうとブブキと心を通じさせ、全てを救う存在になるのが必然だもんな。
最終決戦に向けてベタな展開を積み重ね、お話が盛り上がる土台を作っていく今回だけど、こういう真っ直ぐなお話が素直に楽しめるのは、やっぱ二期で東に好感を抱き、『主人公』に必要な血肉の温度、自発的で身近なモチベーションをしっかり示したからだと思う。

薫子や父親礼央子がアツい物語を東に叩きつけ、それに東が(不器用ながら)一手ずつ自分なりの答えを返すことで、ブブキは二期で抜群に面白くなった。
クライマックス前の今回で心がグンと熱くなり、次回が楽しみになるのは、二期開始から積み上げてきたエピソードが、ちゃんと機能している証明だと思います。
この熱を背負っての最終決戦、どういう展開にするのか。
非常に楽しみです。

刀剣乱舞 花丸:第10話『本当に大事な思い出』感想

アニメ 刀剣乱舞

刃に宿った精霊たちが織りなす優しきフェアリーテイル、今週はタヌキとキツネの化かし合い。
来派兄弟の不思議な関係を追いかける前半と、非実在系刀剣男子・小狐丸のオリジンに切り込んでいくジャパニーズファンタジーな後半、相変わらずの前後編構成でした。
『大人が子供の面倒を見る』というこれまでの兄弟関係から少しズレた、しかし思いやりのある来派兄弟の描き方も良かったし、第3話以来の不思議な題材を巧く扱ったBパートの空気も、独特の後味が残って非常に面白かったです。

というわけで、今回もAB綺麗に別れた展開の花丸。
Aパートはちっちゃいお母さん達がクソニートをハラハラしながら見守り、しかし思いの外『保護者』は独特の強さと優しさを持っていた、という、ハートフルな家族劇場となりました。
花丸は基本、左文字兄弟や藤四郎兄弟のような『頼れるお兄さんと、健気な弟たち』という関係で兄弟を描いてきたわけですが、今回はちょっと変化球。
『自堕落・無責任・マイペース』と三拍子そろった年上の保護者・明石くんを、背は小さいけど気が回る愛染くん&蛍丸くんのWちびっこが色々気にかけるという、上下がひっくり返った展開になってました。
上が下の面倒をしっかり見る頼もしさをこれまでちゃんと描いてきたからこそ、このタイミングでちょっと違った兄弟関係を描いて変化をつけるのは、見ている側としてもスパイス効いててありがたいですね。

結局『保護者の保護者』たちの心配は杞憂であり、明石くんは独特の価値観をもちつつ、花丸本丸という『社会』に溶け込む意思と方法を獲得した、『結構ちゃんとしたやつ』でした。
しかし彼らの不安や思いやりが全部無駄になったかといえば、明石くんが『普通』とは程遠いクセのある青年なのは間違いなしであり、間に立って本丸の『仲間』に明石くんを馴染ませようとした弟たちの真心は、けして無駄にはならない。
そこら辺のソフトな着地は、例えば第9話の超刀剣男子を見た三日月の対応とか、第5話でもてなしを受けた大倶梨伽羅くんの反応とか、花丸全体で非常に気を使われているところだと思います。
『狸』というギミックを巧く使って、『いたずら』に見えていたものを明石くんなりの『真心』に反転させたのが、なかなか芸のあるところですね。

日々の営みを無碍にされて、本丸の連中ももっと腹を立てて良いものだと思いますが、花丸な彼らは非常にのどかで心の広い対応をします。
砕けたカボチャや汚れた布、踏みつけにされた『衣食住』はつまり、彼らが大事にしている『日常』そのものが踏みにじられたということなんですが、そこですぐさま噛み付いたり、理由も聞かずに怒鳴りつけたりはしない。
ここらへんの余裕のある対応がすべてのキャラクターに徹底されているのが、花丸アニメに一種の理想郷譚というか、フェアリーテイル的な長閑さを与えている理由だと思います。
付喪神なんだけど人間で来ていると考えるべきか、人外だからこそ理想的な穏やかさを兼ね備えていると見るべきか。

とまれ、『保護者の保護者』が望んだのとは別の形だけど、明石くんの『真心』は本丸メンバーの『真心』でしっかり包み込まれ、本丸の『日常』を共有する仲間として、ダメボーイもまた穏やかに受け入れられていく。
これまでの兄弟関係とは別の角度から物語を始め、別の着地点で落ち着かせた結果、本丸が抱え込む『日常』にもう一つ奥行きが出来たような、ストライクの取れる変化球だったと思います。
『嘘くさい』とか『綺麗すぎる』とか言われるのかもしれないけど、やっぱ花丸の優しさに包まれていく感じ、俺はやっぱ好きだなぁ……。


Aパートが『狸』だったので、Bパートは『狐』のお話。
謡曲"小鍛冶"を遠景に見つつ、山里の不可思議な一日をファンタジックに描いた、不思議で味わい深いお話でした。
万年桜もそうなんだが、花丸の正調ファンタジーな感じ、『理由はよく分からないけれども、なんか暖かくてええやん』という塩梅が、僕は凄く好きです。
メインメンバーが平安出身のジジイばっかりだったのも、まったりと緩やかなお話によくマッチしていて、雰囲気が出ていたな。

話の主役になった小狐丸は、実態のある刀剣としては存在を確認できない、伝説の中にいる刀剣男子です。
人々の思いの中に存在する彼はそれゆえに、他の刀剣男子には聞こえないものを聞いて、見えないものを見る。
いわば『刀剣男子の中の審神者』としての属性を持っている彼が、己を生み出した"小鍛冶"をなぞるように狐を助け、狐に恩返しされる物語を背負う今回は、幾重にも重なったメタ的な膨らみがあって、なかなか興味深い展開だったと思います。
抜け目なく安定を同行させて、『過去の物語に支えられる自分』という共通点から沖田エピソードに導線引いて、緩やかにメインストーリーを補強するところとかも、隙がなくてグッドでした。

小狐さんは通りすがりの狐の助力に報いるように己の体を張り、一瞬の幻に遊んだ後、『櫛』と体の傷を癒やされていきます。
Aパートでも展開されていた『真心』のリレーはここでも生きていて、小狐さんにとって主との繋がりを意味し、ただの物品以上の意味を持つ『櫛』を直してもらうことで、物言わぬ『狐』が人情を理解していたことが判る。
『日常』の中で明石くんが『狸』の親子のために奮闘したように、それを仲間たちが受け止めたように、戦場という『非日常』でも刀剣男子は優しさと強さを忘れず、『真心』をやり取りしあうわけです。
薬研くんが真実を知って『狸』の傷を直し、狐が刀剣男子たちの心と体を癒やす展開も、パートを超えて巧く響き合っています。
『狸と狐』『本丸と戦場』という対象をAパートBパートに配置しつつ、それを貫通する『真心』をしっかり配置する構成は、これまで何度も使いこなされてきた、花丸の基本形であり必勝形でもありますね。

戦闘シーンは刀剣男子たちを一瞬の幻に誘う前フリではあるんですが、薬研くんの『柄まで通ったぞ……ッ!』があまりにもセクシーで、非常に破壊力がありました。
短刀はその性質上、どうしてもクロスレンジでの戦闘になるわけですが、組打と組み合わせてとどめを刺す殺陣は独自性があって、非常に良かったですね。
小狐丸さんの戦闘衣装はいかにも貴族の側に侍る儀仗兵といった塩梅で、三日月とはまた違った風格があって好きだなぁ……装飾強めの拵え、丸みのある唐鍔がエキゾチックで素敵。


というわけで、『保護者』と『保護者の保護者』が真心を交換し合うお話と、狐に化かされたような不思議な、しかし暖かさが残るお話、二本立てでした。
場所ややってることは違うんですが、対比や相応を巧く使って、同じ枠の中で2つの物語を放送する効果を最大限引き出す話運びをやりきっているのは、花丸らしいなと思います。
Bパートは特に、『狐』の幻想性を絵でも話でも活かして、掴み所がないのに温もりは名残るという、のどごしの良いファンタジーに仕上がっていました。

季節も秋を過ぎて花丸にも一つの終りが見えてきましたが、新撰組局長の愛刀が顔を見せて、沖田組の物語に一つの決着をつける体制が整ってきました。
第1話であえて負けさせた池田屋に再び挑むようですが、これまでの時間の中でいろんなものを手に入れてきた加州と安定は、運命の戦場でその成果を見せられるのか。
なかなかに楽しみです。