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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

昭和元禄落語心中:第9話感想

アニメ 昭和元禄落語心中

言うならばまさに転換点、全てのバランスが崩れ天地がひっくり返る、情と涙の噺家殺油地獄。
昭和元禄落語心中、第9話であります。
助六の革新主義はついに七代目八雲のエゴと正面衝突を果たし、破門という最悪の結論に至る。
赤線廃止に伴い居場所を失ったみよ吉は菊比古にすがるも、落語しか縋るもののない菊比古は女を受け止めきれない。
親父代わりの師匠に、寄り添おうと願った男。
人生の縁を失ってしまった二人はだらしなく重なり合い、人生が坂を滑り落ちていく。
じわりと匂わせていた破滅に一気に火を付け、火だるまの人生急転直下が始まるという、木村延景渾身の演出が光る回でありました。


今回二つの衝突が起きた結果、菊彦からは男と女がいなくなり、前回口にしていた望み通り彼は一人になります。
彼が直接対峙したのはみよ吉ですが、前回助六の先見性と天才性に背中を向けて、落語界と上手くやっていく道を選んでしまった以上、助六の破門の少しの部分は、菊比古の弱い足腰が原因だといえるでしょう。
縋る女も支えきれない、兄弟子と一緒に踏ん張ることも出来ない。
菊比古はとても弱い男で、その弱さを魅力として描けてもいるところが、このアニメの凄いところです。

二面性という意味では、助六と七代目の衝突のシーンも印象的で、差しつ差されつの親子関係を見せつつも、大きい理想に押し流されるように言ってはならない言葉を口にし、『破門』というのっきぴならない関係に転落していく速度と勢いには、強い負のカタルシスがありました。
これは前回、良いオヤジの仮面の奥に隠した重圧や鬱屈をちらりと見せたことが良く効いていて、七代目もままならないエゴを抱えた一人の噺家であり、助六や菊比古が見せていたのと同じ業を背負い込んでいると、自然と納得できた。
これまでの話の中で菊比古が思い悩んできた話との距離感、『艶』という自分の武器を見つけてきた開放感が、『アレだけ重たいものを背負い込んでいるんだから、そら師匠も助六の暴言を聞き逃せねぇよなぁ……』という嫌な納得になって、逆さに視聴者を刺す展開だといえます。
青年が見つけた成長と同じものが、今度は老父が息子を蹴り飛ばす武器に変わってしまう、やりきれない鏡写しを、話数をまたぎながら上手く設置していたと思います。

七代目は前回、歴史に名を刻む大名人に一歩足りない自分を嘆いていましたが、その気風を持つ助六の先進性をどうしても受け入れられず、自我を守るために助六を破門してしまう。
お互い求め合い、助けあい、満州からの辛い引き上げだって一緒にこなしてきたのに、どうしてもこうなってしまう痛みが、二人の別れにはみっしり詰まっていました。
助六と別れた後、世の中の因果を言い含めながら菊比古に八代目を示唆するシーンは、『落語の伝統』という看板を押し付けつつも、もう一人の息子と別れる痛みには耐えられない七代目の弱さと哀しさがジワッと透けていて、良いシーンなんだけどどうにもやりきれない、複雑な印象を受けます。
元々全てが一筋では行かない矛盾と混乱に満ちたお話ではあるんですが、示唆されていた要素全てが悪い方に転がった今回、特にどうにもやりきれない部分、人間や人生の二面性を強調するシーンが多かったですね。

そういう二面性を切り取り、お互い面と向かってほんとのことが言えなかった結果ここまで拗れてしまった男と女を映像で表現するために、今回はクッションをかけたカメラが大量に使われています。
親と子の複雑な顔を映す空のグラス、女の情念を反射するガラス、お互い人生の淵に沈んでいく二人を受け止める水面。
真っ向から号に向かい合い、答えを出せていたのならこういう結末にはならなかったかもしれないけど、そんな真っ直ぐには行きていけない男と女を移す上で、とても情感のこもった演出でした。
下半分を大胆に黒く切り取るレイアウトや、原作絵をアニメーションの合間に挟む助六と菊比古の愁嘆場など、元々攻めた演出が目立つこのアニメでも、今回は特に切れ味鋭い、緊張感のある演出でした。

理屈で覆いきれない心の流れが激流になった結果、今回のお話があるわけですが、そんな人情の湿った感触を『水』を多く映すことで伝えようとしたのも、今回面白かったポイント。
助六と七代目が交わす盃、男と女が沈んでいく人生の淵の深さ、かつて暖かく満ちていた手焙の薬缶が、今は哀しく黙りこくっている。
出だしからして煌めく川面を写しているわけで、今回はかなり『水』のメタファーと印象操作に、強い意識を持った演出だったと思います。
画面に何を映し、どういう印象を生み出すかっていう意図がハッキリしているのは、情念の物語であるこのアニメにおいては凄い強みだよなぁ。


男たち、噺家たちの情念とはまた別の場所にいるみよ吉は、菊比古に最後の縋り付きを敢行し、キツく跳ね除けられてしまいます。
桜舞い散る部屋の乱れた調子と、林原めぐみの涙混じりの演技が噛合、最後の恨み言もずっしり重たい感触。
お話全体がそうであるように、みよ吉が持っている二面性を最大に活かし、視聴者に重たい感慨を残すシーンでした。

情と理、女と落語を天秤にかけて漸く手に入れた居場所を守る冷たい菊比古に対し、親に捨てられた助六はやけっぱち通し惹かれ合い、みよ吉を引き受けてしまう。
ここら辺の器の違い、情理どちらに足場を置くのかというカルマの差異は、これまで助六と菊比古の青春を丁寧に追いかけたこのアニメの中で、何度も強調されてきたところです。
無論二人の情愛は綺麗なだけのものではなくて、もう縋るものがない同士の傷の舐め合いでもあるし、菊比古の一番大事なものを取ってやるという暗い喜びもあるし、生活力のない落語バカが生き残る最低の手段でもある。
そういう色んなモノがない混ぜになった人生絵巻を、緋の襦袢が目を奪う退廃的なシーンにギュッと押し込めていたのも、今回印象的なところでした。
『ああ、この二人はあんまいい所に落ち着かないんだなぁ……』と哀しく納得してしまうような、薄暗い説得力に満ちた褥がしっかり描かれていて、とても良かったですね。
男のため、客のためにいくらでも仮面をかぶれるみよ吉は、助六と似た者同士なんだなぁ……。


アウトサイダーとして生まれ、アウトサイダーとしてしか生きられないが故に、漸く手に入れた居場所を追い出されてしまった助六
もう突っ張っている理由もなくなった彼は、背中を見せて引っ張ってきた弟分に自分の全てを吐き出します。
これまで物語は菊比古の視点で進んでいたので、助六の弱さや痛みはそこまでくっきり見えていたわけではないですが、その予兆は非常に巧みに織り込まれていたし、革命児も人間である以上、当然弱さもある。
優等生である菊比古には菊比古なりの、風雲児である助六には助六なりの悩みや哀しさが当然あったんだけど、情けない姿を突きつけられるまでそこに思い至らなかったショックを菊比古と視聴者が共有できるのは、非常に良いサスペンスでしょう。

自分の理想とは違う、情けない兄貴分の姿を結局抱きしめてしまう辺り、やっぱり菊比古は優しい。
だけどその優しさがみよ吉には適応されず、男と兄貴で噺家である助六に発揮されるところは、彼の残忍さも同時に切り取っていて凄く良かったです。
縋れば良いのか、蹴り飛ばしてしまえば良いのか悩んだすえに、彼が選んだのは抱き寄せてしまうという『弱さ』でした。
それは『優しさ』でもあるわけで、菊比古のこういう部分にみよ吉も惹かれたのだとこれまで描いていたわけですが、そんなみよ吉に菊比古は情けをかけず、桜舞い散る部屋に背中を向ける。
結果として助六の革新主義を切り捨てる形になった落語家としての動きといい、菊比古の中にある二面性は今回その残忍な切り口を、非常に鋭く見せていました。

どうにもならない気持ちの水が、流れ流れて今回の激流となったわけですが、その結末はあまり良いものとは思えません。
みよ吉は盗人、助六は落語を捨てて落ちぶれ、菊比古は心を凍らせてどんどん一人になっていく。
女将さんの葬式が薄っすらと『死』の匂いを運ぶ中、しかしまだ回想は終わりません。
豊かで静かで、匂いのあるこの物語がどこに行き着き、男は、女は、その業をどこに運んでいくのか。
とても楽しみです。