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イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

小林さんちのメイドラゴン:第3話『新生活、はじまる!(もちろんうまくいきません)』感想

ゆるふわ異種族百合ハーレム……の皮を被ってヒューマニティを問い直す意欲作……だと思うアニメ、新しい仲間続々! な第3話。
手狭になってきた住まいを引っ越しては見たものの、人間の世界は摩擦に満ちてせせこましく、しかしお互い気を使いながら支え合い笑い合い、じんわりと暖かく生きていける。
ポップな外装はそのままに、異質性を画面の端っこにちゃんと入れ込んで、それでも他者を思いやる気持ちと優しさを信じて時間と関係が進んでいくお話でした。
やっぱなー、計算された緩さと癒やしの空気の奥が、すげーカッチリしてんなーって感じ。

今回のお話は『衣食住』の『住』にまつわるお話が軸にありまして、アバンの『何故、わざわざ手間を掛けて引っ越しをしなきゃいけないのか』の説明から始まり、じっくりカメラを据えて人間とドラゴンが住まいを変えるお話が進んでいきます。
一人で生きていれば今の住まいで十分なのですが、トールとカンナと袖が擦り合っちゃった関係上、小林さんは彼女たちに少しでも幸福な生活を与える責務から逃げない。
人間を劣等種としてみるドラゴンの生業とか、種族関係なく他人と暮らす時の苦労とか、人間同士でも起こる小さな諍いなんかを丁寧に処理して、暖かい場所を確保するべく奔走します。

トールと小林さんの関係は、他の人間と同じように摩擦が全くない楽園ではない。
その中でどうにかお互い心地よい距離を見つけて、より自然に笑える生活を作っていく意思と努力こそが尊いのであり、アバンでお互いが物理的にぶつかり合っている姿をまず見せるのは、面白い導入だなと思います。
新居に越してきて、裸の付き合いをしてもなお、トールと小林さんの気持ちは少しすれ違う。
でもそこで聞き出した『人間の姿は窮屈』という本音を受けて、小林さんは広い屋上でトール本来の姿を洗い、受けた優しさをちゃんと返す。
物件を選んだ決め手がしっかり役に立っている事を考えても、思わず『ちげーよ! 人間形態だよ!!』とツッコみたくなるあの屋上のドラゴン洗いが、今回の一つのピークなのは間違いないでしょう。

ここら辺の隠微な間合いの取り合いは、うららかな春の日差しの中でまどろみつつ距離を測るシーンでも明瞭に演出されていました。
人間を劣等種と見下しつつも、トールはこの異世界に自分の居場所があるのか、小林に愛されているのかいまいち自信がない。
暗い下手を専有するトールのおずおずとした問いかけに対し、小林は無条件の肯定を返しはしません。
トンチキな同居人に悩まされる日常を素直に告げつつ、同時にそこに宿っている光もしっかり認識し、言葉で伝える。
その言葉に導かれるように、トールは光の側に出てくるのだけども、完全に影が消えるわけではなく、やっぱり摩擦と陰りはどうやったって残る。
だからこそ、光の当たる場所を皆で探し、維持・管理していく心遣いに大きな意味がある。
今回の話は、まぁそんな話だった気がします。


こういうテーマ性は、まぁ映像から僕が勝手に読み取ったものですが、作品の土台に分厚く存在しています。
しかしちょっと気恥ずかしいヒューマニティはあまり声高に語られるものではなく、日常をよく観察した『あるある』な仕草の中に巧く埋め込まれている。
桜がほころぶ季節の暖かな日差し、生活動線がぶつかる煩わしさ、引っ越しの準備を一手ずつ積み重ねていく不思議な高揚感と、ちょっとしたミス。
ここら辺の日常の空気が丁寧に醸し出されているからこそ、小林さんとドラゴンたちの生活がどういう性質のもので、そこで何がすれ違い共有されているのかがじんわりと実感されるのだと、僕は思います。
感じさせるだけではなく、例えばルコアと小林さんのラストの対話のように、しっかりセリフにしてまとめるタイミングもあるのが強いけども。

『住』を起点に服を貰ったり、風呂に入ったり、宴会で同じ酒を飲んだり、今回は人間と龍が生活を一から積み上げていく喜びが、エピソードの中にあふれていました。
元々真正面の感動作というよりは、ポップなコメディに位置づけられる作品なので、大上段に振りかぶって感激を作る話でもありません。
しかしそういう作品にポジションを利して、小さく小さく美麗な日常の描写を積み上げ、僕らの生活と似通っていて、しかしそれよりも輝いて見える世界を笑い混じりに構築していくことで、キャラクターが管理・維持する生活は、じんわりとした体温を帯びる。
トンチキなドラゴンが出て来るファンタジーなのに、不思議と自分を取り巻く生活と地続きのような感じが出てくる。
高いクオリティを正しく活用して、日常生活の肌理を細やかにしていくことでそういう感覚を出し、作品に込めたメッセージを飲み込みやすくするのは、非常にクレバーな戦術だなと思います。

感じさせる演出という意味では、画面の隅っこで延々可愛かったカンナちゃんが、今回はいい仕事していました。
健気な子供である彼女は、大人の面倒な摩擦と調整のことはあまり分からないので、自分が楽しいように自分の世界で生きている。
でもそれは、確実に小林達の世界と触れ合っていて、小林やトールが細かく気配りしてくれるからこそ、カンナは自由にウロウロして、寝たり置きたり遊んだりできる。
小林さんやトールが世界の摩擦の中で色々気を配っている成果として、カンナの自然な可愛さが画面に常時点滅しているのは、面白い見せ方だなと思います。
ただ自由にしているだけではなく、自分なりに小林やトールの優しさに応えようと引っ越しを手伝ったり、間合いを計ったりしているところも、描写が優しくて良い。

トールは相当な小林キチなんで、ともすればヤなドラゴンになってしまう所なんですが、カンナに対する人(龍?)当たりが柔らかいんで、閉鎖的な独占欲が巧く抜けてる感じがします。
小林さんが父親、トールが母親、カンナが娘という疑似家族的な魅力もあるにはあるんですが、どっちかって言うと性別や家族制度よりもさらに根源的な、一個人しての付き合いのほうが強く感じるかなぁ。
ここら辺は、小林さんからあんま性別の匂いがしないというか、性役割から開放された感じを受けるのも大きいかもしれないですね。(第1話で滝谷くんが『男友達みたいなもんだよ』と言ってたのは、面白い布石ですね)


後半は色々キャラも増えていましたが、まず目立ったのは岸谷くんの心遣い。
第1話でも周囲をよく見て、小林さんのガス抜きから新しい同居人との関係構築までしっかりやってくれていましたが、今回も会社の飲み会を回避させる名目で新居にお邪魔し、小林さんの新生活を確認する算段をつけていました。
ここら辺サラッとこなしつつ、なんか持ち上げる空気出てきたらヤンス口調で足場を崩すところも、人間関係の視力がいいなぁと思います。
小林さんもそういう能力に長けているけど、周辺視野が広く、細かい労苦をいとわず関係を作っていけるのは、マジ徳が高い。

引っ越し段階では『小林さんの私物』だったゲーム機が、殺す殺す言ってたファフニールさんを新しい関係に馴染ませる足場になリ、カンナとトールも楽しめる『皆の共有物』になる。
それは引っ越しとパーティーを通じて、異物同士がうまくやっていく努力を追いかけ、その結果どういうものが手に入るかを追いかけたエピソードの流れと、巧く重なり合っています。
第2話で確認されたように、もしくはサラッと描写されるケツァルコアトルの異形の眼からも判るように、ドラゴンは根本的に異種であり、それは否定し得ないものとして分厚く存在している。
しかし同時に、広くて新しい家に移る決意と努力、『私物』だったゲームを『皆の共有物』にするための細かい日常の積み重ねによって、その断絶は乗り越えられる。
それは多分、ドラゴンと人の間だけではなく、人と人の間にも橋を架ける、唯一の手段なのでしょう。
優れたファンタジー・フィクションの中で描かれるものは、常に現実に足場を置いているからこそ、一瞬魂を癒やして終わりの使い捨ての幻想ではなく、今ここにいる私に元気をくれるメッセージ足り得るのかな、とも思います。

あとまー、これは個人的な興味領域なんですが、京アニとエロスの苦闘の歴史にようやく回答が見つかったのかなぁ、とか思った。
京都アニメーションって制作集団はどうやっても『本気』になってしまうというか、とにかく足し算で積み上げていく方法論を突き詰めていて、『抜く』技術(というか哲学)に欠けている印象があります。
性を扱うにしてもどうにも道具化出来ないというか、しようとしても長続きしない感じを過去作からは受けていたんですが、今回は適度に揺らしたり強調したりしつつ、クリティカルな部分は巧くズラして下世話に汚れないよう、巧く運んでいる印象です。

今回で言うと、『小林さんが酔っ払って服を剥く→岸谷くんが目をそらし、ファフニールさんの目もそらさせる→ゲーム画面が明後日の方向に』という一連の流れが、適度に脂が乗りつつ淡白で、好きな運び方でした。
露骨なものからうまーく焦点をずらしつつ、笑いで飲み込ませて満足感を出す作りと言いいますか、僕も脂っこいエロスには結構胸焼けしてしまうタチなので、この距離感は嬉しい。
無理して露骨な方向でやってると、気づくと一切エロスの香りが作品から抜けたりするからな……それはそれで好きなんだけども。
ええ、ファントムワールドの話をしています。

あと『雀』の使い方がなんか面白くて、第1話冒頭ではトール(ドラゴン形態)の巨大感を出したり、今回は引越しサービスが来た時の時間経過を見せたり、電線の上で仲睦まじくしてトールと小林の距離感を暗示したり、存在感あると思う。
お風呂のシーンで小林の肌の上を伝う雫にしてもそうだけど、フェティッシュに意味を込めて暗喩として使う演出手法は、雰囲気壊さず情報濃度を上げれていいですね。
それもこれも、モノがそこにあるだけで独特の存在感をもってしまう(撮影やレイアウト含めた)クオリティの高さが支えているのだろうけども。

というわけで、異世界で居場所を探すストレンジャーたちと、そんな異物にどうにか優しくしてやりたい人間たちのお話でした。
やっぱなー、小林さんがあまりにも人間として信頼できすぎる……優しいんだけど、どうにも否定しようがない断絶には嘘をつかず、認めた上で橋をかけようと努力しまくってくれる姿、ありがたすぎる……。
主人公が堅強で優しいので、優しい世界では異物になりがちな不安や断絶を配置してもしっかり受け止めて、世界を引き締めるスパイスとして機能するのも素晴らしい。

今後お話がどういうふうに転がっていくのか、見えつ隠れつしている世界の厳しさが牙をむくタイミングがあるのかは気になるところですが、もし冷たい方向に転がっていったとしても、まぁ大丈夫だろう。
そういう信頼感を作品とキャラにおける、努力と誠意に満ちたお話でした。
来週はカンナちゃんIN小学校っぽいですが、新しい環境、新しい関係の中で彼女が何を見つけるのか。
非常に楽しみですね。