イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

マルドゥック・ヴェロシティ 1〜3

冲方丁ハヤカワ文庫JA。3週連続刊行をあえて追いかけず、まとめて一気に読んだ。なにぶん何を話してもネタバレになるので
とにかく暗い話だ。とはいうものの、主人公であるボイルドの虚無は前作「マルドゥック・スクランブル」で嫌というほど描写されていたので、その過去を描くこの作品が暗くなるのは致し方ない。それにしても暗い。登場人物で息をつなぐのはボイルド、ウフコック、イースターの「スクランブル」登場組以外にはほとんどいない。残りはみな、死ぬ。
全体的なトーンとしてはエルロイ諸作品に「アンタッチャブル」を足しサイバネティクスを塗りたくった感じといえるだろうか。特にエルロイの影は長く伸びていてる。文体から始まって、タフな男と娼婦の恋愛、ただれた上流層のゴシップ、腐敗した街に食いつぶされる男と、モチーフの共通点は枚挙に暇がない。しかしボイルドというタフな男を書く上で、そういう部分が重なるのはむしろ当然で、巧く扱ったと言いたい所だ。
二重の意味でこの作品は「スクランブル」を呼んでから読むべき作品で、一つには「スクランブル」とのリンクを感じ取る意味で、である。ボイルドの加速する虚無、いかにも柔らかいイースターが「スクランブル」のドクターに変貌していく様子、そのほか散りばめられた前作への引っ掛かりが、バロットとウフコックの話を知っている身としてはざくざくと突き刺さる。プリンスってバロットの兄貴なのかな、とか。
もう一つは、最初から消失していたバロットが失いながらも手に入れる話である「スクランブル」に比べて、この話は本当に何もないからだ。積み上げてきた連帯も、組織としての09の信用も、仲間の命も、ガラガラと音を立てて崩れる。三巻は間延びした紙幅を強引に詰め込んだ結果、正直凄まじい圧縮率を誇るのだが、それが逆に大嵐のように荒れ狂う運命の手の激しさを加速する役割を果たしている。まぁ、その結果は何も残らないわけだけど。
戦って戦って、ひびが入った後は裏切り者と汚職屋と復讐者が乱発され、それを止めようとしたものも正そうとしたものもまた、みな名誉なく死んでいく。何度もいうが救いも無く暗い話で、そこは結局「スクランブル」のほうの領域なのだろう。延々と書き連ねられえ、積み上げられていく悪徳と腐敗。この本はそういう本で、三巻分積み上げて描かれたのは虚無だ。その虚無が、ひどく胸を苛んで苦しい。そして僕は、そういう苦しみは貴重だな、と思うのだ。