アンドリュー・パーカー、草思社。「カンブリア紀大進化の謎を解く」のサブタイトルのとおり、バージェス生物群で有名なカンブリア気の生物大進化を視覚の発生とそれによる捕食淘汰圧の強化で説明する新説おわかりやすく書いたライトサイエンス。
一見まどろっこっしい本である。化石の話をしたかと思えば現生生物の迷彩戦略や視覚の構造、はたまた光学(タマムシが玉虫色な構造的理由)までいろいろな話題に筆は進み、カンブリア期に話が行ったと見ればまた現生生物に戻る、といった風に各章ごとにまったく違う話をしているような印象を最初は受けた。
だが読み進めていくうちに、いくつかの理由からこの本の構造が非常に優れていると感じるようになった。一つは一章ごとのテーマの取り上げが懇切丁寧かつ深い知識に裏打ちされたしっかりしたものだからである。確かに別々の話題を扱っているのだが、それでもかまわないと感じほどにこの本の記述は丁寧で面白い。オウムガイの眼球の構造など、簡潔にして良くまとまった興味深いものであった。
二つ目は、そのように切れ味鋭い各章が相互に連関しているためである。たとえば第二章で扱われる化石の基礎知識は第五章での古生物における色彩の復活に必要な知識だし、生物における色彩の重要性は第三章、第四章で現生生物の例を多数用いて丁寧に解説されている。一見大きく横道に逸れているように思える各章の内容は、次の賞、次の次の章で扱われる(非常に興味深い)記述を理解し読み解くために必要な前知識なのである。
そして最後に、各章を読み進める過程がそのまま、筆者が提言したカンブリア期大進化の原因、「光スイッチ仮説」の検証過程になっていることである。前カンブリア期の三葉虫の視覚が爆発的に発達し、それが捕食淘汰圧となって多種多様な進化が起こった、というのが「光スイッチ仮説」である。僕はこの仮説を審判することは出来ないが、それは置いておくとして丁寧かつ納得のいく仮説であった。それはこの本の構成が、さまざまな学問領域を横断しながら「光スイッチ仮説」を補強する証拠を順番に提供していく構成であったことが大きい。新説をこのように飲み込める形態で紹介するには、最適な構成だとも言えるだろう。
可読性の面でも、適切なタイミングで挿入される図説に助けられ読みやすい。個別に取り上げるトピックも、「光スイッチ仮説」の補強というだけではなく、たとえばバージェス動物郡(の一部)が虹色に輝いていただとか、物理学の産物であると思っていた回折格子が生物でも見られるだとか、いちいち興味を惹かれて面白い。
しっかりとした知識と論理、テンポ良く進む興味深い題材の提供、仮説の検証家庭を着いた意見できる巧みな構成など、優秀な部分が多数含まれている、まさにライトサイエンスというべき傑作である。