イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

食べる西洋美術史

宮下規久朗、光文社新書。サブタイトル"「最後の晩餐」から読む"のとおり、時間軸的にはルネサンス期から、テーマとしては西洋美術の中の食を取り上げた美術史書。
食、というテーマを取り上げているが、単純に食事というよりも、むしろ図象学・象徴論的な視座から切り込んでいる。主軸となるのは西洋美術の根底に流れるキリスト教であり、オランダ・イタリア・フランスなど、各々異なる宗教事情を背負った各地方の作品を、丁寧に"読んで"いく。地方性や政治的状況に言及したその分析は、冷静かつ的確である。
もちろん"読む"という理性的な行為だけではなく、"見る"という感覚と感性も重視されている。新書という制限の多い形態にも関わらず、100を超えるモノクロ図版、20近いカラー図版を掲載した紙面構成は、美術書としての確かな豊かさを感じさせてくれる。文章も、筆者の豊かな観察眼が感じられる感性豊かなものである。少々図版が小さいのは致し方ないであろう。
時間軸的な横幅も広く、現代のポップアートにも(少々ではあるものの)言及している。が、特にルネサンスバロック期の分析が非常に分厚く、丁寧である。他に特筆すべきだと感じたのは、宗教意識と芸術の交差点として絵画を取り上げる上で、明治以降の日本西洋絵画にも触れている視座である。
単純な美術技法の伝達として、また特に、北陸以北を拠点としたプロテスタント布教の結果として、宗教意識を強く取り込んだ作品として、二三の日本人作品が取り上げられている。西洋一辺倒になりがちな美術史書において、この視座の広さは特筆に価するだろう。
豊富な図版、明晰な論理、丁寧で豊かな筆致。美術史・美術論をハンディに纏め上げ、テーマへの掘り下げも非常に深い。名著。