イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

プリンス・オブ・ストライド オルタナティブ:第5話『AGAIN あきれるくらい君だけを』感想

段々と悪徳とメガバイオレンスが支配する恐怖の競技だってことがわかってきたストライドアニメ、今週は久我先輩の復帰。
伏線埋めておいたスト部の過去を拾いつつ、ヒース先輩のわだかまりを溶かす感じのお話でした。
鎖骨折れて将棋もまともに出来ないのにおどけて空気を明るくする門脇は、小日向くん以外あんま気にしていない感じで、やっぱ攻略対象のほうが大事よね……そうよね……。

自分はゲームの方を一切知らない状態でこのアニメを見ておるわけですが、やっぱ今回の門脇の扱いは色々納得しきれない部分がありました。
小日向との過去の絆が描写され、それに相応しく引きずりまくる小日向の心の動きにはすごく納得行くんだけど、周りが引きづらなさすぎてヤバい。
特に八神の踏みにじり方は尋常じゃなくて、久我先輩の問題解決へのトス上げ見てるとどうやら『無知ゆえに真実に辿り着ける』というタロットでいう愚者的主人公として描きたいみたいなんだろうけど、ただの無神経なバカに見えてしまう描写が積み重なりつつある。
余計なことにとらわれないということは、周囲に気を配らないということではないし、自分と同じ夢のために走った仲間を無視することでもないでしょう。

無論門脇は1脇役なので、メインアクターの物語を重点的に回したいって足場の置き方も分かりますし、小日向が十分メッシーなりアクション返してるんだから必要十分だっていう見切りも判る。
門脇に入れ込み過ぎて、『門脇のこと考えまくってくれる小日向マジ……マジ……』っていう点数の上がり方してるのは、自分でもキモイと思う。でもマジ小日向くんはマジ天使。天使なだけじゃなくてエゴにしがみつく面倒くささがあるのも良い。
しかし今回、スト部という集団が追い込まれていた状況が描写されればされるほど、そこに手を差し伸べた門脇の男気と優しさは強調されるし、それはやっぱり報われてほしいものだと感じる。
ギャグのネタにしてサラッと流して良いもんではないと僕は思うのだけど、サラッと流したんだから『このアニメは脇役を主役の踏み台にして、被害担当を固定しちゃうタイプのアニメなんだよな……』と判断せざるを得ない。

つまりそれは、選ばれた誰かがスゲー優遇され、なんか特別な人が特別に凄いことを成し遂げるという『遠くの話』として物語が離れていくということであり、『僕自身の話ではないのだけれども、僕に似た人の話なんだな』という親近感を抱ける『近い話』ではなくなる、ということだ。
だって僕は別に特別じゃないし、神様に選ばれてるわけじゃないわけで。(『これは大体の人がそう思うだろう』と主語をデカくしても、ある程度以上の妥当性があると僕は自惚れる)
小日向くんの心理的描写が良かったので、ギリギリのラインで完全な他人事にはなっていないけど、八神や藤原の『とにかくストライド優先、そこで傷を受けたり優しかったりする人情の機微は二の次三の次』としか僕には受け取れない態度は、ネタっぽく軽く描写すればするほど、このお話から僕を遠ざけていく。
今回の八神みたいなリアクション、俺が鎖骨折れてる時にやられたら耐えられないもんマジ。
門脇は偉いなぁ……人間出来てるなぁ……。

ぶっちゃけ、凄い勢いで八神が好きになれない。
藤原の場合は『こいつはストライドサイボーグだ』という説明がうまく行っているので、逆にここからチームの機微に気を配る成長が期待できるので、そこまででもない。
挽回できそうなマイナスというか。
藤原の場合は物語役割として『難しいことを考えない、突破役としての愚者』が期待されていて今回それに答えた結果、『暫くの間、この無神経さと優しくなさが作中で肯定されるのだろうな……』という予感があり、正直な話恐ろしい。
好みの話だって言われればその通りなんですが、作品として主人公に踏みにじらせちゃいけないラインを、結構無神経に踏む描写が散見するように、僕は思う。


久我先輩とヒースの関係に関しては良い話だなと思いつつも、過去エピソードの中から感じ取れる過去スト部のクズっぷりと、『悪いことした奴が得をする』というイヤーなルールを制定してしまった展開は、少々いただけない。
ブラフで故障を引き起こすプレイングが肯定されるストライドの競技性も、人一人ぶっ壊して恥じない輩を排除できない不健全な運営組織も、壊れた仲間を更に壊す極悪人に報いも何もない不公平感も、『久我とヒースの良い話』では拭い切れない違和感がある。
おそらくヒースの怪我を受け止めきれなかった過去スト部と、門脇の怪我をみんなで見舞いに来る今のスト部を対比させる目的なんだろうが、八神が言ったように「むかしはどうでもいいじゃないですか!」で流せないしこりが、今回の描写にあると思う。
『ブラフに引っかかったリレーショナー』って部分も、過去と現在を対比させてんのかな……そういや、桜井は一言も自分のリレーションを謝る描写がねぇな……謝ってほしいわけじゃなくて、『このキャラは優しいし誠実だし、一緒にいて楽しいよ』っていう気持ちにして欲しいわけなんだけどね……。

思うに、この物語が属するジャンルやキャラクター配置、起こった事件から僕が想定するシリアスさの扱いと、実際に供給されるそれにギャップが生まれているのだろう。
門脇や小日向、ヒースや久我のエピソードを描写する筆致からして、青春の季節を扱う手腕としては十分以上なものがあるんだけど、あくまでイベント的というか、処理の仕方からキャラクター(を見ている僕)に生まれる軋みを拾いきらないまま、どっかで見たような定番の処理が展開する部分があるのだ。
凄く大きな言い方をすれば、描写されている青春に血が通わず、上滑りする瞬間が多々ある、ということだ。
門脇への肩入れの仕方から見て、僕にとって熱い血潮を感じ取れる『活きた』エピソードも多数含まれているんだけども。

このヤダ味が狙ってだしていないのであれば、それは製作者が肯定し作中に盛り込まれたロジックが、僕の感覚とズレているということだ。
『このお話の中では、これはOK』という倫理観が、僕のそれとズレているということであり、明らかに暴行事件であるKGB(この呼び方もどうかと思うが)が、加害者である三年や敵チームではなく、被害者である久我やヒースに覆いかぶさる形で解決した(事になった)のは、かなりクリティカルなズレを表しているのかもしれない。
過去の事件も久我を表舞台に引っ張りだし、『心を閉ざした先輩』から『大事な仲間』へとクラスチェンジさせるために必要なイベントだったとは思うが、『お話しの大事な都合』『青春スポ根モノによくあるイベント』でスルーしきれない重さが、あの暴力描写にはあった気が、僕にはするのだ。
別に部員を探しだしてボコボコにしろとか、ストライド警察が追加調査をして全員法の捌きを受けろという話ではないが、「むかしはどうでもいいじゃないですか!」で流せる事態ではなく、もう少しウェイトを取って描写しても良いんじゃないかと、僕は思う。
ファンサービス(えげつない言葉を使えばセックスしないポルノ)として描写される『軽い』ギャグシーンを過剰(と僕には感じられる)に挟みこむ時間で、もう少しじっくりと『許されないと僕が受け取った』イベントに向かい合って欲しいと、勝手ながらに感じてしまう。

 

物語はジャンルの中で消費される。
これは常に真実で、過去の蓄積から『ウケる』要素を的確に踏まえ、美味しい味付けやイケてるキャラ造形を引っ張りだすのは凄く大事なことだと思う。
そこをスタイリッシュにピンポイントに抉ればこそ、資金や時間のかかるアニメ化というステージまでこの作品は『ウケ』て来たんだと思う。
無論それだけではないってことも、見ていれば判る。

しかし、その上であえて凄く大仰な言葉を使えば、創作物中の人物と事件に、真っ向から向かい合って欲しい。
ストライドという疾走競技を描く上で『軽み』が重要なのは承知した上で、『重く』なってほしい。
『こういうお話って、こういう展開になって、こういうイベントが有るよね』っていう『気持ちの良い定番』を、逃げずによくよく審査した上で選択して欲しい(もしくは、『気持ちの良い定番』をあえて捨てて、一からエピソードを説得的に構築して欲しい。門脇の描写はそれに成功していると思う)。
脇役だから、もう関係のない過去エピソードだから、架空競技だから。
そういうつもりが製作者にないとしても、実際に描写されたアニメーションを見ている僕は、そういう言い訳を映像の中から身勝手にも感じてしまうし、そこを改善してほしいなとも願う。

これが一視聴者の寝言だってことは分かっているつもりである。
しかしそう感じてしまっているのだから、僕は僕のブログではこれを言い、書き残すことにする。
僕はこのアニメの一部分がとても好きだし、だから全部を好きになりたい。
しかしこのままでは、どうにも全体重を預けて作品を信頼しきれないのだ。
願わくば、難しい要求だというのは分かっているが、『軽さ』という強みを活かしたまま、踏みにじってはいけない(と僕は感じるもの。それが製作者や他の視聴者の方と共通しているかどうかは、哀しいかな断言はできない)ものを『重たく』描写して欲しい。
まぁ、いざとなったら『俺には合わないお話だったね』という大人ぶった分別で作品を切り離す準備はできているが、そういう醒めたリアクションを返されるために、この物語も作成されているわけではないと、僕は信じたいのだ。

久我がギリギリで登場し、来週はまたレースがある。
競技の瞬間だけが生み出す疾走感と熱さの中で、多分少年たちは何らかの心を通わせ、前に進むのだろう。(ジャンルとして、それは強く望まれているのだから)
そこに例えば門脇の描写だとか、病室を訪れた久我を見せない演出いある『重さ』と『冴え』がしっかりあって、挟み込まれる『軽さ』が浮かび上がるのではなく活きるようなエピソードだと、とても嬉しいですね。