イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ハルチカ ~ハルタとチカは青春する~:第11話『エデンの谷』感想

人生の真ん中から少し外れた連中への賛歌、今週は平和な清水南にスナフキンがやってきた。
長きに渡り爆デレを拒否してきたメガネ二号女子、芹澤さん攻略エピソードのラストに相応しい、厳しくて優しいお話でした。
草壁先生の関係者を出すことでラスボスの過去に触れる展開もあり、王道を外れるしかなかったアウトサイダーの意見を引き出すことで、芹澤さんの物語に苦味と深みが出た感じもあり。
良いゲストだったなぁフナスキン……。


今回の話の主人公はやっぱ芹澤さんでして、第2話第6話第7話第8話と続いてきた『キュートガール、狂犬眼鏡を陥落せしめる物語』の、ラストエピソードと言えます。
聴力のハンディを抱え、LV99演奏者として部活メンバーとはレベルの違う不安に苛まれつつ、チカちゃんの気負いのない歩み寄りでゆっくり自分を取り戻してきた芹澤さん。
彼女の物語が、かつて彼女と似た欠落を背負い込み、一つの道を選択した山辺さんの登場で完結するのは、なかなか気持ちのいい構図です。
問題の当事者と似ていながら、どこかで立場(山辺さんなら、芹澤さんが抱えている問題を既に決着させている先輩)が異なるシャドウが出てくると、それを鏡にしてキャラクターの問題や意志は非常に明確になるわな。
プロに向かって邁進していた過去の山辺さんを『ピアノ=鍵盤楽器』、プロの世界を前に慄いている現在の芹澤さんを『クラリネット=管楽器』でそれぞれ象徴しつつ、その中間点で自分なりに道を見つけている現在の山辺さんが『鍵盤ハーモニカ』という管楽器と鍵盤楽器の中間に位置を占めている所とか、かなり好きな象徴の使い方ですね。

感覚器のハンディや厳しいプロの世界という、当事者が向かい合うしかない問題はしかし、先輩や仲間の支えがなければ立ち向かう力が湧いてこない、非常に厳しい問題でもあります。
あくまで自分の問題でありながら他者の助けを必ず必要とする、矛盾しているようにも見える、夢への立ち向かい方。
同じ道を歩み、勇気を持って下りた経験があればこそ、山辺さんが芹澤さんにかけた同情のない言葉は、芹澤さんの不安定な気持ちを一つの答えに導く、靭やかな強さがあります。
ここら辺は、『優しくなりすぎた』今の草壁先生には、確かにかけれない言葉でしょう。

もしハルタが『山辺さんの視覚ハンディキャップ』という真実を無遠慮に切開しなかった場合、自身の体験から出る重たく有用な真実を、彼女は芹澤さんに告げてくれたのか。
作中随一の狂犬すら手玉に取る『大人な態度』を見るだに、山辺さんは三人組をそれなりに愛おしく思いつつ、対等には扱っていないように見えます。
個人の健康状態というデリケートな領域に、あえて踏み込み真実を開示するハルタの実力を見せたからこそ、山辺さんは芹澤さんに真実(の一片)を告げたのだとすれば、おそらく『優しくなりすぎる』前の草壁先生に似ている、怜悧で無遠慮な理性の権化は、かなり良い仕事をしている。
例えば第8話のように真実をあえてぼかすことで痛みを和らげる公開法もあるし、ズイッと踏み込んで切開することで辿り着ける場所もある。
ハルタの探偵術も、気づけば結構多彩になってきたなぁ』と感慨深さがありますね。


『鍵盤ハーモニカの中に隠された真実は、もしかすると人を傷つけるものかもしれない』『もしそうなら、真実を公開しないという判断を、探偵がするかもしれない」という山辺さんの危惧は、これまでこのアニメを見てきた視聴者にはお馴染みのものです。
真実が持っている暴力性にこのお話は常に敏感だったし、ハルタは話数が進むに従って、真実を否応なく切開してしまう探偵の危険性に気づき、悩みつつ真実の落着場所を探しだす。
しかし同時に、痛みを伴う真実が切開されたことで閉塞していた状況が動き出し、その結果より善い未来に向かって自体が転がり出すという希望も、このお話は書いてきました。

結局山辺さんの危惧は杞憂であって、滑り止めに刻まれたメッセージはひどく暖かく不器用な、死者からの親しげな手紙でした。
これを受け取ったことで山辺さんはおそらくお爺さんとの確執に一つの決着をつけ、前に進むことができるようになる。
ここら辺は、今回妙にムーミン谷に拘るキュートな姿を見せていた後藤後輩とか、遂に浴衣デートするまでに至った成島&マレンコンビが、それぞれのエピソードの中で、そしてまさに今青春を謳歌する姿でもって、しっかり描写している部分です。
真実を切開することの痛みと、そのことでしか癒やされない傷両方を捉えているのは、ハルチカがマイノリティの物語であり、ミステリであり、青春の物語でもある以上、非常に大事なことだと思います。

気づけば片耳も癒え、迷いを振りきってプロ奏者への道を歩けるようになった芹澤さんの道は、第6話のミステリに出会いその真実を切開することで、ハルタやチカちゃん、今回楽しそうに昼食を食べていた部活動のみんなと出会わなければ、ここまで辿りつけない道だったと思います。
それはハルタが痛みを恐れず真実にたどり着かないと見つからない道だし、それに伴う暴力性に気付かなければ閉ざされていたかもしれない道だし、チカちゃんの気持ちの良い優しさがなければ歩ききれない道でもあるでしょう。
さらっと描かれている芹澤さんの聴力を気にかけるハルタの姿も、多分物語が始まったばかりにはなかった気遣いに満ちていて、怜悧な探偵とキュートな助手が歩いてきたお話が、色んなモノを引き寄せ、育て、守ってきたんだと感じられる、良いエンドシーンでした。
和太鼓奏者として地域の活動に飛び込んでいる元ヒッキーの姿とか、すっかり丸くなったメガネ女子一号とか、やっぱ各々のエピソードで真実が公開された後の『予後』の描写が良いよなぁこのアニメ。

あと今回作画が安定していたのもあって、学校という器にトンチキな愉快人間が集まってくるハルチカの賑やかな楽しさが、より強く感じられた気がする。
前から名前だけは出ていた発明部の、期待を裏切らない変人っぷりとか、山辺さんのスナフキンスタイルとか、異質なものを楽しく演出することで、静かに多様性を称揚するテーマの描き方は凄く好きです。
絵で言うと、校長室に三人が隠れた時、ピョコンと顔を出しているハルタアホ毛が好き。


そんな中で、まだまだ謎を残しているのが草壁先生。
ベルリン・フィルの指揮を任されるほどの才を持ち、ハルタに似た怜悧さを持っていた男がどうして、『優しくなりすぎ』てしまったのか。
ここら辺は今回、山辺さんという過去を知るキャラクターを出すことで突っつき、膨らませた部分です。
前回のエピソードも半分くらいは山辺先生の過去への仄めかしだったので、相当な大ネタなのだなぁという感じがします。

山辺さんという一筋縄ではいかない大人を、草壁先生のアシスト無しで攻略したのも、ハルチカの人間的成長を感じさせてよかったなぁ今回。
草壁先生のミステリが切開されるお膳立ては程よく整っているので、東海地方予選という吹奏楽パートのクライマックスと上手くタイミングを合わせて、劇的に公開されてほしいものです。
草壁さんはチカちゃんの個人レッスン役を担当することで、あまり力点を置かれない音楽要素をしっかり引き受けて、多くはない尺で音楽の持つ叙情性を膨らませる仕事もしてんだなと、直接は描写されない予選突破を見ながら思ったりもした。

と言うわけで、ツリ目の面倒くさい音楽ウーマン・草壁さんが自分の道を見定めるエピソードでした。
最後の大ネタである草壁先生にブリッジを張りつつ、草壁さんのシャドウとして問題を掘り下げていった山辺さんの仕事も良かったし、これまでのミステリに関わった部員全てが輝く夏祭りのシーンも、感慨と満足度に満ちていた。
ラスト前にこのようなまとまりのあるエピソードをしっかり打ち立てられる強さは、非常にハルチカらしいなぁと感じました。
来週の最終回が、非常に楽しみです。