イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

月がきれい:第10話『斜陽』感想

『何が斜陽じゃ! ワシらの青春ど真ん中、ピーカン晴れの恋愛街道一直線じゃい!!』と言わんばかりの、甘酸っぱい青春ラブロマンス第10話目。
ついにお祭り当日、落陽の如きオレンジ色の光が夜闇に満ちる中、比良くんが真っ直ぐぶつかって玉砕し、その余波が小太郎くんを不機嫌にする。
何もかも上手く行かない状況の中でも、茜ちゃんは小太郎くんの本気に気づき、小太郎くんも自分の気持ちを素直に言葉にできたのでした……(ハッピーエンド)というお話。
ここで喧嘩を引っ張らない辺り、ホント今時のストレスコントロール技術を磨き抜いたアニメだなぁと思います。


というわけで、これまでも『小太郎くんの領域』として描写を摘んできたお祭り、その本番。
きっちり作画に気合を入れて、かっこよく仕上げてくれたのがとても良かったです。
山車の舞台と路上、上下に別れ表情は仮面に隠れていても、恋人同士は通じ合う。
『サブタイトルは不穏だが、いつもの"月がきれい"だな!』と安心できる展開です。

しかしその安心感を逆手に取って、グラっと揺らしてくるのが今回のお話。
比良くんの告白自身は一切の脈なしなんですが、茜ちゃんの人のいい無防備さにムッと来た小太郎くんが、中学三年生らしい身勝手さを暴走させ、二人はすれ違ってしまいます。
言葉にできたなら吐き出せるモヤモヤを、胸の奥にしまい込んでしまうからこそ、恋心も自分自身も居場所を見失ってしまう。
すれ違いの原因をしっかり見据えて、余計な台詞で飾らず表情で見せる演出が、非常に良いですね。
クローズアップの変化で内面を見せる演出は、ラストの対話シーンでも鮮明かつ雄弁で、このアニメ独特の武器だなと感じます。

今回は祭りのオレンジ色の明かり、そこから離れた暗闇が鮮明に対比され、象徴的に使われています。
小太郎くんの晴れ舞台、楽しいお祭の思い出がスムーズに流れている時は、場面は常に斜陽の色で守られ、暖かな印象を受ける。
全体のトーンとして、このお祭りは『暖かくて良いもの』なわけです。

しかしそれは常に夜の闇、心の落とし穴の側にあるわけで、茜ちゃんは小太郎二度目の晴れ舞台を見ることなく、泣きながら夜闇に消えていってしまいます。
小太郎くんも久々の紐ボクシングに気持ちをぶつけ、空回りして明かりを消してしまう。
夜闇の中でも携帯電話(≒コミュニケーションの手段)は光を放っていて、二人が完全に切れたわけではないと示している所含めて、色彩の演出が鮮明な回でした。

太宰の"斜陽"は再び登ることのない滅びの物語でしたが、このアニメはすぐさま光の質を変え、別の朝がやってきます。
視聴者をハラハラさせつつも、『二人の気持ちは繋がっていて、物語は上手くいくよ』というサインを出すかのように、恋人たちは同じマスコットをモミモミして心を落ち着けるし、おんなじいも恋が好き。
オレンジ色の斜陽とはまた違う、真っ白な青春の光に後押しされるように、茜ちゃんが小太郎くんの本気に気づくシーンがやってきます。


『光明の参考書を宿にリクエストした』という事実一本で、『小太郎くんは本気で、自分のことを思ってくれてるんだ』と気づく茜ちゃんは、賢く優しい子だなぁ、と思います。
それと同じ頭で『比良と二人っきりでいたら、小太郎くんやな気持ちかな』とは想像できないからギクシャクするわけですが、まぁ初恋だからしょうがねぇ。
気づいてから一気に走り抜いて回り込むシーンは、茜ちゃんの『陸上部』というキャラクターが最大限に生きた良い演出で、LINEも出せないモヤッとした気持ちをぶち抜く胸の高鳴りが、巧くアクションに乗っかっていました。

自分から『ごめん』を巧く切り出せなかった小太郎くんですが、引っ越しの問題を自分なりに考え、『二時間かけて市原まで通う』という結論を出している(そして行動している)あたりに、人間力の高さが見えます。
小太郎くんは繊細な草食系に見えて、踏み込むべきタイミングでは迷わず踏み込み、間違えてはいけない選択肢は絶対に間違えない恋愛タフガイ。
適度にワクワクハラハラしつつ、『まぁ大丈夫だろう』と安心しても見れる絶妙のバランスは、小太郎くんのキャラクター性がしっかり背負っている印象です。
鼻につかない程度に良い子で、嘘くさくならない程度に勇気と優しさを持ち合わせているバランスは、主役カップル両方の美徳ですね。

そんな優等生の小太郎くんが、嫉妬心むき出しに暴走する今回は、ちょっと安心する回でもありました。
中学生の初恋、相手の気持より自分の苛立ちを優先して泣かせてしまうことも、当然あるでしょう。
そういう当たり前の失敗をちゃんとやる少年なのだ、ということを今回見せてくれたのは、話がうまく行きすぎず、しかし大脱線もせず気持ちよく収まる、絶妙なポイントをついてきました。

エゴが全くない物語用ロボットの方が話はスムーズに進むけども、そればっかりだと物語の背後にいる作者が見えすぎて、物語に吸い寄せられないわけで。
ある程度は『自分』というものを出してくるからこそ、それを誰かのために制御し、より善い結論を共有しにいく決断も、尊く見えてきます。
無論、過度に自分勝手だったり、ハードコアな試練を呼び込むために不自然に能力が低下したりするのも、やりすぎると違和感が出る。
『こんな子いないよな、でもいて欲しいな』『嘘っぱちだけど応援したいな、この子好きだな』というラインにしっかり収めて、物語の凸凹を的確につけてくる手腕は、流石といった所です。


進路、恋愛、小説執筆。
今回小太郎くんはいろんなことが巧くいかなくて、それが重なってしまった結果、茜ちゃんとスレ違いました。
バラバラになった心と未来はしかし、13秒70の健脚でしっかり追いついてきた茜ちゃんからの働きかけで巧くまとまります。
『将来とか、小説のこととかも、考えて決めた。ずっしょ一緒にいたいし、本気だから』という小太郎くんの答えは、モヤモヤの原因になっていた複数の原因が、『光明への進学』へと一本化された結果、二人のスレ違いが解決したことを証明しています。
分裂から始まった問題だからこそ、それを統合する結果にたどり着いて終わるわけですね。

二人が別れたの同じ暗闇の中であるのに、光源が優しく(リアリティを考えると過剰なくらいに)強く輝いていたり、『橋』というセッティングだったり、このアニメらしい象徴性と繰り返しが、場面の圧力を高めています。
『橋』は2つの心境界線であり、同時に二つに別れたものは繋がりうるという希望を示してもいる。
すれ違っていた二人が再び出会い、わかり合うシーンの舞台としては、定番だし有効でもありますね。
心が繋がって、言葉でわかりあって、体が求めるままに結ばれていくという一連のシーケンスを、どっしり切り取る確かな運び方も、ロマンチックで非常に良い。

今週の東山さんの挿入歌はEvery Little Thing の"fragile"
『壊れ物』というタイトル通り、かんたんなスレ違いで壊れてしまいかねない、二人の恋を巧く切り取った選曲です。
壊れやすいからこそ、誠実に向かい合い、的確に行動し、優しく言葉を尽くして守っていかなければいけない。
そういう青春と恋の真理を、恋愛一年生の二人は既に体得していて、間違えかけたら改め、相手の心を見て至誠を尽くして、入りかけた日々を修復していきます。
ただ恋を試すのではなく、二人が持っている復元力とタフさ、その源泉たる『好き』という気持ちまで一話にキッチリ収める、見事な話運びでした。


そんな足並みを際だたせるために、見事に玉砕した比良くん。
後楽園では上を向いて涙をこらえていたのに、今回完膚無きまでのフラれたあとは下を向いている姿が、なんとも切なかったです。
『なんで俺じゃないんだよ!』という魂の叫びは、本音だし理屈なんだろうけども、恋においては言ったら終わりの言葉でもあって。
持ち前の性能を活かして、いい具合にポッキリ折れ、そこから伸びてくれると良いな、と思います。

『なんで安住なんだよ!』と尋ねた比良くんは、自分のスペックにかなり自信があったんだと思います。
成績優秀、気配り十分、頭も良ければ責任感もある、非の打ち所のない好青年。
おまけに部活で共有している時間も長いとなれば、ロジックだけで考えれば自分が選ばれるはずという見方は、第8話の女子リア充グループの見解と同じだったりします。
そう考えてしまうのも無理はないですが、恋は何よりも心が全てであり、茜ちゃんのトキメキは安住くん限定なんだからしょうがないよね、と。

もう一つ理由があるとすれば、比良くんは『茜ちゃんが好きな自分』から出発しているのに対し、小太郎くんは『自分のことを好きな茜ちゃん』をしっかり視界にいれてた、ということでしょうか。
そら今回みたいに気持ちが暴走して、お互い置き去りにしてしまうこともある。人間なんだから。
しかし基本的に受け身で、元気に開けているより閉じた安心感を大事にして欲しい二人にとって、社会的に点数高いあけっぴろげな明るさよりも、静かに自分を見つめてくれる優しさのほうが大事なわけです。
好物のいも恋食べて楽しい瞬間に、引っ越しの話題とかは切り出さない男なわけよ。

小太郎くんは確かに文学ナード野郎ですが、だからこそそういう繊細な部分を大事にし、茜ちゃんのために自分が変わろうと決意し、志望校を選ぶ行動に出た。
そういう風に相手を思いやり、大切に近づいてくれる相手だからこそ、『比良は友達としか思えないけど、小太郎くんは恋人』という残酷な線引が生まれるわけです。
比良相手に一切警戒心なく、トキメキも感じていない油断したふるまいと、小太郎くん相手の喜怒哀楽の振れ幅の差が、あまりにも残酷だった……。

山車の舞台、隣り合って祭りを歩く時、心がすれ違った時、参考書に気づいた瞬間、橋の上での対話。
小太郎くんとの様々なシーンで、茜ちゃんは豊かに表情を変えるわけだけど、比良相手にはあんま振れ幅なく、友達相手の笑顔一本なところとかが、どんな言葉より鮮明に『なんで俺じゃないんだよ!』に答えていた気がします。
まぁそういう部分引っくるめて、比良くんもまた間違いだらけの中学三年生の、ガラスの純情ボーイだったということでしょう。
恋戦に負けても諦めきれず、思わず『なんで俺じゃないんだよ!』という叫びを叩きつけてしまう未熟さもまた愛おしいというのは、先程述べたとおりです。


というわけで、薄暮の後の宵闇を通り抜け、再び青春の朝陽が高く登るお話でした。
お話の焦点が『小太郎くんの光明進学』に絞られてくる回でもあって、『ここを乗り越えれば勝ち!』というポイントが明瞭になるのは、まさに終盤って感じですね。
これで比良くんは完全敗北って感じだけど、小夏ちゃんはどういう恋愛コンバットを仕掛けてくるのかなぁ。
『きっちり負けなきゃ諦めきれない』と自分で言ってたとおり、衝突も乗り越えてしまった二人に付け入る隙はなさそうだが……さてはてどうなるやら。

恋路の方は波風越えて落ち着きそうですが、進路の方はこっからが本番……何しろ親に言ってねぇからな。
『恋、進路、将来……俺はすべてを手に入れる!』と大見得切った青春番長は、はたして問答無用のハッピーエンドにたどり着けるのか。
終盤戦に差し掛かったこのアニメ、今後も楽しみです。