イマワノキワ

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ヴィンランド・サガ SEASON2:第23話『ふたつの道』感想

 二人の戦士の進む道が、血に泥濘んだ農場で交わって、また別れていく。
 渡り鳥たちの、行くべき場所はどこなのか。
 航海者(ヴァイキング)が己の航路を見定める瞬間を描く、ヴィンランド・サガ二期第23話である。

 父を殺され修羅に迷い、虚無に飲まれて土を耕す。
 長い長い回り道を経て、史書に名高いトルフィン・トルザルソンが彼方なるヴィンランドへと、胸を張って進み出すまでを描く物語、その決着である。
 『自分も他人も傷つけるから、剣を取るな』と教えてくれていたのに、その剣で仇を討つ道しか選べなかった少年が、人を殺すことの意味も、奪ったものの重さもイヤってほど思い知って、それでもなお真の戦士でいる意味を、自分の手で掴まえた。
 その手は剣を取ることなく、ただただ奪われてきた男の掌を夢追いの兄弟と強く握り、死のみを救いと旅立っていった犠牲の魂を抱きしめる。
 逃げる歩みは進む一歩であり、孤独な覇道に呪われかけていた北海皇帝も、己の生き様を否定……することで、穴を埋め肯定する対立者を前に、ようやく笑う。
 真逆の足取りは何処かで繋がっていて、かつて戦場を共に過ごした少年たちは、それぞれの生き方へと背筋を伸ばし、進み出していく。
 その先に待っている歴史は、また別の物語(サガ)だ。
 ……サードシーズンやってくれ~頼む~~~~!!(叙事詩調からの情けない本音)

 

 

 

 

画像は”ヴィンランド・サガ SEASON2”第23話より引用

 エイナルが『世の中結局、こうなってるんだ!』と罵り、父王の呪いに背中を押されてクヌートもそれだけが答えと思い込む、剣の掟。
 強者が弱者から奪い、不幸が連鎖するこのどうしようもなさに、トルフィンが見つけた答えは”逃げる”であった。
 人間が生きていけば必ず追いついてくる悲惨から、暴力から、理不尽から、全力で逃げる。
 その歩みは現実からの後退であると同時に、理想への前進でもあって、けして楽な道ではないことを、ボコボコに腫れ上がった顔面が良く語っている。
 覚悟は問われ、時に血も流れ、夢では膨らまない腹が音を立てるだろう。
 それでも強く輝く場所へと、死人の思いを背負って逃げていくのだという決意に、クヌートはようやく笑う。
 世界最強のヴァイキングとして、強さを誇り公平を演じ、無慈悲で臣民を黙らせる、王の大きな体。
 一人間が背負うにはあまりに大きいものを、背負うしか自分の理想は形にならないのだと己を追い込めばこそ、耳元でささやく王の首だけを共にしてきた男は、ようやく笑うことが可能な自分を取り戻す。
 トルフィンが見せた輝きは彼自身だけでも、農場の未来だけでもなく、誰よりも孤独で苛烈で優しい、一人の青年をも救っていく。

 ここで輝く理想を見つけたからといって、神に見放された現実が書き換わるわけではない。
 飢えも略奪もずっと世界にあって、この後の物語に何度も顔を出すだろう。
 しかしそれだけが世界の全てではないのだと、そうであってはならないのだと力強く宣した輝きは、歴史を超えて長く長く響く。
 どこにもなく、だからこそ果てなく求める理想郷。
 王責を背負ったクヌートが投げ捨てられないものから、軽やかに身を躱し進んでいくトルフィンの背中にも、人間が人間で有り続けるための重荷が、ずっしりとのしかかる。
 大言壮語した夢を諦め、『世の中こんなもんだ』と楽になってしまった瞬間に、へし折れるのはトルフィン個人の心では、もはやない。
 自分が殺してきた亡者も、死に救いを求めるしかなかったアルネイズも、現世の地獄を剣で耕し続ける王の奮戦も、理想へと逃げていく航海者が止まれば、泥の中に投げ捨てられるのだ。
 その重さを重々理解した上でトルフィンは夢へと逃げることを選び、その眩しさが覇道の影を確かに埋めてくれると、認めてクヌートは笑う。
 全能の傲慢を投げ捨て、取りこぼすものの多い自分の歩みをそれでも肯定して、北海に冠たる夢の追求者として、大きな海に漕ぎ出していく。

 

 

画像は”ヴィンランド・サガ SEASON2”第23話より引用

 もはや時は巻き戻らず、奴隷と王が無邪気な子どもに戻れる奇跡は訪れない。
 それでも大人になってしまったから見えるもの、そこにたどり着くまでに背負った荷物を糧に変えて、新しい海へ漕ぎ出していくことは出来る。
 第一期では卑小な略奪者としての顔ばかり描かれたヴァイキングが、農場の暮らしを通じて生きる意味をトルフィンが掴んでいく中で、勇気ある航海者としての顔を描かれ直したのは、このアニメのかなり好きな部分だ。
 簒奪の陸地から離れ広い海に漕ぎ出していく決着は、奪うものとしてしか生きられないヴァイキングをこそ救うという、彼の本心を聞いた後だとなお心地よく響く。
 それしかないのだと思い詰め、己が殺した父の首だけを友にしてきたクヌートは、自分の道を真っ向から否定し、その事で自分が拾い上げれない希望を体現してくれるトルフィンと出会い直すことで、あの雪原の絶望から這い出して、より広い場所へと漕ぎ出せたのだろう。
 暴力を嫌い、ヴァイキングの王子なのに最もヴァイキングらしくなかった少年が、父たちの血潮で赤い洗礼を施され、最もヴァイキング的な存在へと己を追い込む。
 それは(かつてアシェラッドも呪われた)王冠の重荷に報いるための決断だったが、心の奥底には未だ光を求める稚気が残っていて、復讐と簒奪の道から(トールズの体現した)真の戦士にたどり着いたトルフィンとの再開が、それを蘇らせる。
 複雑に捻じくれ絡み合った二つの道が、再び出会って別れていく先で、クヌートはもう王冠の重さを呪わないだろう。

 それは父たるスヴェン王が囚われた道を、息子であるクヌートが克服していく歩みである。
 生きるか死ぬかの会談を、笑いと決意で収められた今回は、間違えまくった親世代に合計4クールかけてガキどもが追いつき、追い抜いていくエピソードでもある。
 アシェラッドは第一期の終盤、王を殺し殺されることでしか自分の物語を終えることが出来なかったが、トルフィンは王を前に理想を語り、剣を捨てて生き延びることで、大きく潮目を変えた。
 奪い奪われることしか世界にはないのだと、思い詰めて抜け出せなかった者たちの悲劇を胸に刻めばこそ、自分たちが選び取った道の険しさと意味は、青年たちの胸に深く刻まれていく。
 トルフィンが殺されないまま未来へ進んでいくのは、真の戦士のあり方を示しつつも矢傷に倒れ、息子を復讐鬼にしてしまったトールズの決断も、また越えていった感じがある。
 この世代を超えた大団円は、長い長いサーガを語ってきたからこその分厚さで胸に迫り、『このアニメ見てきてよかったな……』と強く思った。

 

 

 

画像は”ヴィンランド・サガ SEASON2”第23話より引用

 親父超えで青年たちの物語は終わらず、それはより遠く広い場所へ漕ぎ出していく開始線でしかない。
 アルネイズの墓の向こう、彼方ヴィンランドまで通じている海を見つめながら、トルフィンとエイナルは固い握手を、兄弟の契りを決意とともに握りしめる。
 手に色んなものを込めてきたこのアニメが、大団円のこの瞬間に描く傷だらけの掌には、物語が染み込んで重たく、眩しい。
 この拳を固くつなぎ合わせるために、土を耕し日々を暮らす、長い長い描写が必要だったのだと思う。

 アルネイズの墓前に誓ったこの世の楽土が、ヴィンランド入植の夢に叶ったのか、否か。
 史書に刻まれた現実はそれを否定する。
 そこには言葉通じぬ異民族との戦争があり、羊の蹄すら食い尽くすほどの飢餓があり、数多の死者と挫折が待っている。
 その上で、その無謀な航海を何が突き動かし、どんな悲劇と決意がその起点に刻まれていたかを、どっしりどっしりこれ以上ないほどに丁寧に追いかけた第2クールは、大変に良かった。
 ともすれば軽く嘘くさいものだと拒まれてしまいがちな”理想”というものが、どれだけ生々しい涙と血に汚れていて、それだけが世界の全てではないのだと思いたかった人間の祈りで編まれているのか。
 土を耕し飯を食い、泣いて笑う当たり前の生活を描くことで、英雄の人間としての顔を彫り込むことで、しっかり示せたと思う。

 

 

 

画像は”ヴィンランド・サガ SEASON2”第23話より引用

 この血の通った手触りがあればこそ、どうしようもなく弱い人間たちが己の生き方を変えて、未来へ進み出す足取りにも重さが宿る。
 笑われる勇気に自力で向き合うことにしたオルマルが、殴られるトルフィンを見て感じ取った、その先にある強さ。
 不屈という言葉の、理想という甘言の真の手触りをもう一度確かめるように、繋がる手と手、伝わる熱。
 ありふれた青年期の迷いを逆手にひねられ、戦乱を故郷に持ち込んで血臭に嘔吐し、厳しい試練を生き残ったオルマルの顔は、鍛えられた鋼の色を宿している。
 そういう影響をトルフィンが選んだ生き方は生み出して、色んな人を巻き込み変えていくのだろう。

 ”蛇”として過去を捨て名前を捨てた男が、ロアルド・グリムソンという名を去っていく恩人に告げるのも、彼が生き方を変えた証明として、爽やかに胸を打つ。
 トルフィンが剣を握ることなく、覇王を退けた戦いを見届けることで、”蛇”はグリムの息子である自分を取り戻し、動物ではなく人間の名前をもう一度、己に許せたのだと思う。
 常に現実に敗北し続ける理想を、それでも追い続ける覚悟とその代償。
 百の殴打に、王の詰問になお倒れぬ不屈を目の当たりにして、”蛇”は自ら葬り去った過去を、人間の名前を持つ自分を取り戻した。
 そうさせるだけの力が、トルフィンとエイナルの歩みにはあったということだし、その輝きはこれから挑む厳しい航海を、導く光にもなるだろう。
 顔面作画が毎回凄いアニメだけど、大団円を掴み取った今回皆、険の取れた穏やかな顔立ちをしていて、それが凄く良いなと思う。

 

 

 

画像は”ヴィンランド・サガ SEASON2”第23話より引用

 かくして戦乱の時は終わり、あるものは新たな土を耕し、あるものは宿木を探して剣を抱え込み、あるものは船の帆を広げる。
 再び進み出すために、故郷に足をつける。
 生活という戦いに向き合う強さを宿したオルマル、剣を捨てられた”客人”だけで終わらず、戦士としてしか生きられないトールギルをちゃんと描くのが、良い終わり方だなと思う。
 色んな人がいて、色んな道があり、それが死によって途絶えたように見えても、誰かが背負って新たに進み出す。
 アルネイズの魂に誓って、遥か彼方に理想を追い求める航海は、まだ始まったばかりだ。
 だからこそ、長く離れた故郷へと帰らなければいけない。
 そここそが港であり、旅立つための力を養う、彼らの大地なのだから。

 

 

 というわけで農場編完ッ結ッ! であります。
 大変良かったです。
 血塗られたブリテン編、全編を貫通する現世の悲惨に堂々たる答えを出す回にもなっていて、ヴィンランド・サガアニメのグランドエンディングとして、とても見ごたえがあるエピソードになりました。
 父なる存在がどれだけ少年たちの重荷になっているのか、分厚く描いてきたお話だからこそ、その過ちを背負った上で越えていく彼らなりの答えが、力強く胸に迫ってきました。
 進む先に困難は数多あれど、これだけの荒波を超えてきた航海者(ヴァイキング)に、今は敬意と祝福を。

 そしてエピローグでありプロローグともなるだろう、故地アイスランドへの帰郷に一話使う!
 完璧な構成だ……最高の最終回しか見えねぇぜ。
 間違いに間違い、迷いに迷った末に戻ってきた放蕩息子を、故郷はどう出迎えるのか。
 楽しみに見届けたいと思います。