イマワノキワ

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呪術廻戦「懐玉・玉折」:第28話『懐玉-肆-』感想

 死の淵を越えて新たに蘇る者、薄暗い絶望に蝕まれていく者、ただの遺骸として称賛に包まれる者。
 三人それぞれの青春の終わりが、とある凶漢の死と絡み合いながら落ちていく、呪術廻戦懐玉編最終話である。
 ”かいぎょく・よん”ではなく”かいぎょく・し”で終わるのが、善人も悪人もバタバタ死んだお話の〆としては大変皮肉にしっくり来て、良いラストだなぁと思う。
 第1話で見た時予感したぶっ刺さり方で、OPとEDも見事にブスブス突き刺さって、原作の勢いやテイストを殺すことなく補完し、増幅し、予算かかったアニメでしか生み出せない魅力満載で届けてくれるのは、大変ありがたい。
 人間の常識を超えたド派手なバトルがニ連続、血湧き肉躍るスカッと体験……と片付けられない、敵にも味方にもジワジワイヤーな湿度があって、命がけで戦った程度では全然貼れない重たさが、呪術の話だと思った。
 人を呪わば穴二つ、二人が死んで残った二人はさて、どこに行くのか。
 その結末を、僕らはもう知っている。

 

 

 

画像は”呪術廻戦「懐玉・玉折」”第28話より引用

 結界術の根源たる異様な空間で、お互いの死角を探りつつ奇妙な対話を積み重ねていく。
 襖の奥を覗き込み、渡り廊下が落下するまでに一切合切が決着する甚爾 VS 夏油のバトルは、長尺喋りを開きさせずに聞かせる絵的な工夫がしっかりしていて、とても見ごたえがあった。
 あくまで人間サイズの延長線上に感じられた五条の異能に比べ、夏油の呪霊操術はエフェクトド派手で攻撃範囲も甚大、その分的を絞りきれてない若さが攻撃に滲んで、最悪の透明人間が絞った殺意に貫かれていく。
 心通わせた依頼人と最高の親友を殺され、魂の奥に熱を残す夏油に対し、獣めいた嘲笑をずっと張り付かせた甚爾はたかだか殺人に心動かされず、仕事を果たす大人らしい倦怠を滲ませて、夏油を処理していく。
 建物壊れまくりの大迫力バトルなのだけども、戦いにそういう態度で挑むイヤーな大人を乗り越えられない……どころか手加減され、『親に感謝しろよ?』と捨て台詞投げつけられて生き延びる、夏油の若い未熟がなんとも苦い。
 『熱を帯びたほうが負ける』というルールは、後の五条とのバトルでそのまま反転して甚爾の命を奪うことにもなるのだが、ここら辺腐った世界に順応したように見えたオジさんにも、腐りきれない何かが残っていて、それこそが命取りになる凄惨があった。
 人でなしになれたほうが、呪術あふれる世界では生き残りやすいのかもしれない。

 乾いたまま腐った甚爾の在り方とは、少し違った教団の腐敗。
 命を失いモノになってしまった理子ちゃんの姿を、容赦なくゴロンとテーブルに投げ出す所とか、そこを包囲している金ピカの新興宗教グッズとか、この事件が本当はどういう場所で展開されていたのか、追い打ちをかけてくる画作りがナイスだ。
 ピカピカでキラキラで、沖縄で青春だったあの時間は無下限呪術を削るための仕込みでしかなく、人が生きていくための縁に見えたものは、何もかもまやかし。
 終わってみれば死体と金、酷く即物的な腐敗が世界の真実ツラして、結末にのさばる。

 そういう決着の中で、オジさん二人は妙に爽やかな青春オーラを出して笑い合っていて、キレれば良いのか萌えれば良いのか、なかなか判断に困る場面だった。
 孔時雨と伏黒甚爾の奇妙な腐れ縁は、金で繋がり互いを利用する”仕事”でありながら不思議な風通しがあって、『何もかもが腐り果ててないと良いな……』と願いたくなる視聴者の感情を、奇妙に吸い上げていく。
 冷静に考えれば殺しでおまんま食ってるドクズなんだが、人殺しておいて当たり前の明日の話をする彼らの表情には労働讃歌にも似た輝きが確かにある。
 人間のどん底でドブの中から金を拾って、なんとか生き延びている自分たちへの、嘲笑と哀れみと連帯感が入り混じった……なんとも人間らしい視線。
 五条と夏油の無敵な青春を土足で踏み砕き、生きていたいと強く願った女の子を肉の塊に変えてなお、殺し屋達にも遅咲きの青春が香っている。
 それが美しいのがなんともグロテスクで、良い皮肉だなぁと思う。

 

 

 

 

画像は”呪術廻戦「懐玉・玉折」”第28話より引用

 ガキども皆殺しにしてボーナス貰って、またドブの底の生活に戻る。
 そんな伏黒甚爾の当たり前は、復活を果たした地上最強の術師に阻まれる。
 無能力者を蔑む禪院のしきたりに、呪いを詰め込まれ屈折しきった過去を暴かれながら、違和感をねじ伏せて伏黒甚爾は死地に挑み……敗れる。
 色んな最悪を生んできた呪術界のしきたりに、魂を縛られて堕ちる所まで堕ちたところを、そんな社会の頂点に立ちうる別格の異能に目覚めた少年が、高いところから見下ろしている構図だ。
 無能力者であるがゆえにシステムの裏側を歩いた透明人間と、呪術界で求められる全てを圧倒的に、決定的に手に入れてしまった呪術師の対峙において、命取りになる人間性は甚爾の側にあって、五条はふわふわと人倫を浮遊している。
 それは何もかもを蔑み、尊いものなど何もないと決めつけることでしか生きれなかった男と、覚醒の喜びに世界と己を心から祝福できてしまう青年の、過去と未来が衝突する場所だ。

 二期冒頭で語られたように、夏油は自分の呪術を整える時ゲロ雑巾を飲み込んでいる。
 能力の行使も、それを野放図な呪いにしないためのしきたりも、何もかもがうんざりと重たい中で、何か意味があるはずだと自分の中を、外にひろがる世界を探し……ドブを攫った手は空を切っている。
 反転術式に目覚め、真の力を開放した五条は黄金色の歓喜の中で、理子ちゃんへの哀れみや怒り(夏油が敗戦の中燻らせていたもの)からも浮遊して、極めて自由で特別な境地に遊ぶ。
 新たに目覚めた力を使い、目の前の強敵に打ち勝つこと。
 極めて不公平な才能と運命の格差は、『呪術を使う』という彼らの根源をドブ色と黄金、真逆に塗り分けている。
 神に等しい力に目覚めた五条の悦楽は、夏油の地道なドブさらいとは程遠く、伏黒甚爾との勝敗以上に決定的な何かが、二人を分かつ。
 渡り廊下ごと地面に叩き落されて負けた男と、とても高い場所から重力すら自由に書き換えて勝つ男の道は、この事件以前から既に枝分かれしていたのかもしれない。

 呪詛師の中でも最底辺のクズに、自分を叩き落した呪術界の象徴。
 神のごとく光り輝きながら己を睥睨する五条に、甚爾はどうしても勝ちたくなってしまって、仕事の流儀を捻じ曲げて死ぬ。
 息子の名前……存在すら忘れていたはずの男は今わの際、ゴミがなんとか人間でいれた最後の欠片を思い出して、人間の領域に降りてきた五条にそれを告げる。
 願わくば幸せな在り方を続けたかったのに、理不尽に奪われてネジ曲がる。
 このあと夏油を襲う運命と同じ波を、彼と同じく五条のようには高く飛べない甚爾もひっかぶって、ひと足お先に因縁のツケを払い、他人に押し付けていく。
 こんだけ人でなしの怪物に成り果てても、重なり合う因果は乾いた心のどっかに残って、やっぱりその人間臭さが致命傷になるのだ。
 理子の死を悲しみも怒りも出来ない神様になりかけていた五条は、自分が殺した男の腹に空いた異様な孔と、それでも紡がれる遺言に繋ぎ止められるように、重力に身を任せる。
 ”教師”という生き方にも繋がる伏黒恵の存在を知ることが、五条悟を高い場所から人間の領分に戻していくのは、なんとも示唆的な決着だと思う。

 

 

 

画像は”呪術廻戦「懐玉・玉折」”第28話より引用

 人間の醜さをむき出しにしたドブ色の赤と、綺麗事で固めた醜悪な青と。
 天元様の結界を巡る戦いだったこの話が、ニ色に交わらない境界線を描いて終わっていくのは、見事なテーマ回収だと思う。
 殺しても飽き足らない仇が遺した、薄汚い呪霊を啜り食らわなければ、五条悟ほど天に愛されなかった夏油傑は、この後の物語を戦えない。
 死ぬほどに苦しくてもなお続く、終わりのない赤い道にうんざりしながら、青年はいつものようにゲロを啜って正しく戦う。
 戦い続けようとする。

 圧倒的な力を持ち、世界の実相を直感できる神の視点に立ってしまった五条は、死体を前に微笑みながら拍手する”人間”を、皆殺しにするかと問う。
 大事なのは呪術界のしきたりでも世間一般の倫理でもなく、己が正しいと思える感情と真実だけで……それは人間として生き続けたかった理子ちゃんの願いを、何より大事にしようとした青さの残滓だ。
 意味とか意義とか、虚しいどこかに木霊している寝言に背中を向けて、真っ赤で真っ黒な場所に身一つ自分を投げ込める特別な強さを、五条は手に入れた。
 そこに至ることでしか死からは甦れなかったし、そうなるべく生まれ落ちた存在でもあった。

 他方赤黒いドブから青白い虚無へと足を進めた夏油は、ブルブルと眼球を震わせながら正しさを口から紡ぎ、青の中から出ることはない。
 正しい呪術師が果たすべきこと。
 何もかもうんざりなドブの中で、投げ捨ててしまいたいと思っているものを抱えてなお、己を呪いに変えないこと。
 その正しさは、彼らの神様を信じればこそ理子ちゃんという穢れを払った、笑う殺戮者達とも共鳴しているのだろう。
 夏油が無能力者皆殺しの地獄に己を投げ込むのは、白々しい正しさとむせ返る感情の境目を、優しいからこそ乗り越えられなかったからだ。
 それがこの色彩で描かれるのは、死を乗り越え蒼と赫、それが入り混じった茈を自在に扱えるようになった親友と、真逆の道を進んでいく予言でもある。

 境目、結界、境界線。
 無敵コンビが夢いっぱいに貼ろうとして、人非人を極めた伏黒甚爾に踏みにじられ、それでもなお呪術師でいようとするなら、的確に定めなければならない一線。
 天元結界の維持に関わるこの依頼が、成功と失敗、死と生の入り混じったグチャグチャな結末に至り……しかし決定的な崩壊と決別の、ただの始まりでしかない。
 夏油は赤と青の境界線を引き残って白々しい青の中にとどまり、五条は赤と青の入り交じる紫の中で、なお立てる自分を見つけた。
 結界を引けるものと、引けないものの道が離れて、乱れて、互いの喉笛を狙う未来へと続いていく。
 そろそろ、幼年期の終わりが近い。

 

 という感じの、星漿体護衛任務に顛末でした。
 ピカピカ透明な万能感に満ちて始まり、腐った大人の謀略に絡め取られて何もかもが終わり、しかしそれは何も終わらせてはくれない始まりでしかない。
 うんざりと続くドブさらい、善人で人間だからこそ呪われていく世界の在り方を、美しい情景と鮮烈なバトルで描く、優れたエピソードでした。
 情感と熱量のバランスが丁度良く、引っかることなく濃厚な物語を飲み干せるのは、やっぱすげーわな。

 青春の通過儀礼というには、あまりに凄惨で痛ましく……しかし世の中にありふれたこの事件を経て、無敵だった二人の道は別れていく。
 その決別を次回、このアニメがどう書くのか。
 とても楽しみですね。