イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

呪術廻戦「渋谷事変」:第30話『そういうこと』感想

 苛烈極まる激闘の幕開けは、切ない日常を描いて動き出す。
 あまりに普通な青春を一つ挟んで呪いまみれの”今”が動き出す、呪術廻戦アニメ第30話である。
 壮絶な過去編から渋谷を舞台にした殺し合いが始まる前に、いかさま場違いな幕間……と切り捨てるには、五条と夏油が過ごした時間との親和性、メカ丸が戦う理由との重なりが強くて、とても不思議な味わいがあった。
 呪術師たちは超常の戦いに身を起き、ぶっ殺すのぶっ殺されたの、情念と血泥が入り混じった地獄の中でもがく宿命に捕らわれている。
 夏油傑の堕落(あるいは覚醒)を描いた過去編、彼らが人間存在からかけ離れた超越者だから呪いが生まれるのではなく、どうしようもないほど人間だからこそ、人間でいられない軋みに囚われて何かがぶっ壊れる様は青く色濃い。
 今回時間軸が現代に戻り、ノン気に青春の当事者をやっておる虎杖達の、呪術も呪霊も出てこない当たり前の生活が描かれるけども、それもいつか呪術的な軋みの中ですり潰されて壊れ……それでも残骸が胸に突き刺さって残る風景になっていくのか。
 そういう落差を作劇に活かすだけでなく、ただただ当たり前に(夏油と五条がそうであったように)思春期を共にして、何事もなければいい思い出になって、しかし呪術と関わる以上何事もないはずがない姿が、どれだけ生き生きと瑞々しいか。
 15分のスケッチにそう刻んだことが、内通者であり敵対者ともなったメカ丸がどうしてあの土壇場に追い込まれて、何を守りたくて足掻いているのかを、強く照らす気がする。

 呪いが形を得る非日常と、幸福で爽やかな日常は分断されているようで繋がっていて、人間が人間であればこそ呪いは吹き溜まる。
 白々しい拍手の中救えなかった骸を抱え、決定的にねじ曲がっていく運命の後ろに、どれだけの幸せが埋まっていたかを描いた過去編と同じルールに、今まさに青い季節を走っている子どもたちもいる。
 この後の物語、15分の幕間がまるで夢のように、何もかもが砕かれ燃えていくだろう。
 しかしそれが淡い幻ではないからこそ呪術師は戦えるし、あるいは呪詛師に堕ちていく。
 その境目が何処にあるかを見届けるためにも、今描くべきものを描いた回だったと思う。

 

 

 

画像は”呪術廻戦「渋谷事変」”第30話より引用

 血と呪いに青く染まった回想を拭い去るように、久々の物語はコミカルに転がっていく。
 デフォルメや過剰な力みを上手く使って、笑える場面をちゃんと笑えるように描いているのは、このアニメのとても強いところだと思う。
 呪術高専の子どもらが日々を過ごしているのは、こういう当たり前に面白くてオシャレで楽しい場所であり、好き勝手やっているようで確かに繋がっている人間関係の手応えと温度を、休日のスケッチは確かに伝えてくれる。

 そこに迷い込んでくる過去の異分子は、写真の中の思い出から大きくナリを変えて、素敵になった自分でもう一度、憧れの君と出会い直す。
 小沢優子の思い出はファンシーな桜色に塗りつぶされて、凄く等身大の傷つきやすさと見栄と、本当の自分を見つけてくれる特別な喜びに満ちている。
 もしかしたら呪いとして結晶化するかもしれない、ありきたりな暗い感情を虎杖悠仁は意識せずに祓い、時の流れの中で変化してしまう外形ではなく、所作に立ち現れる内面の美しさ……あるいはそれを成り立たせる小沢優子の恵まれた家庭環境の残滓を見て取る。
 靴を扱う仕草の書き分けで、小沢優子を虎杖悠仁が忘れない理由……小沢優子が虎杖悠仁を忘れられない理由を、これ以上無い説得力で描く筆先は、アニメだからこそ可能な力強さに満ちている。

 

 見てくれる、見つけてくれる。
 清廉潔白な主人公……というには、抱えた荷物が都条例違反の匂いをプンプンさせすぎているが、パチンコ屋に行こうが行くまいが、虎杖悠仁の静かな眼力が特別であることは揺るがない。
 表層に惑わされずその奥にあるものを見てしまう虎杖の視力は、例えば吉野順平との(破綻に終わった)友情でも示されているけど、それは呪力に覚醒する前から小さな呪いを払い、豊かで柔らかな思いを育むものとして描かれている。
 それが真実を見抜くものなのか、一般的で乱雑な視線とは別角度から世の中見ている結果、見えてしまうもう一つの表層なのかは、健全な発育過程の……あるいは極めて過酷な殺し合いの真ん中にいる以上、確定的な答えが出ない。

 虎杖悠仁が見つめる、普通の人はなかなか気づかない真実に導かれる形で、呪いまみれの世界を軽やかに、何処か他人事に彼は突き進んでいく。
 そんな彼も夏油や純平が身を置いた理不尽や憎悪と無縁なわけではなく、縁に絡め取られて呪いの奥に分け入っていくほどに、自分が見つけた(見たいと思った)真実綺麗なものとは、縁遠い泥に塗れることになる。
 既に真人との対峙の中で、今までの全てが嘘になるほど本気で『ぶっ殺す』と吐き出した虎杖は、自分自身が呪いになりうる現実をその優れた視力で見つめ……真実理解は出来ていないのだろう。

 だからナリを変えた小沢に再開しても一瞬でその実相を見抜き、しかし再びは重ならない世界に軽妙な歩調で、迷わず進み出していく。
 野薔薇を介した間接的な繋がり以外、残酷なオレンジに染まった世界には残っていなくて、それでいいのだと虎杖悠仁は後腐れなく突き進み、小沢優子はうつむきながら別の電車に乗る。
 それはこれから立ち現れる呪いの地獄に、小沢優子は縁遠い端役であり、そうあるように虎杖悠仁は”呪術廻戦”の主役を張っている、一つの証明にも思えた。
 恋人としてもう一度横並びに歩くには、小沢が見ている桜色の過去と虎杖の現在はあまりに食い違ってしまっていて、しかしそれでもなお、虎杖悠仁は変わらない。
 呪いの実在に身を投げ、体と心を引き裂かれてなお呪術師であり続けようとする、漂白された異常性を微かに軋ませながら、虎杖悠仁高専の仲間を隣において、自分の物語へ帰還していく。
 小沢優子を置き去りにして。

 伏黒と野薔薇がごくごく普通の……というには、面白く魅力的でオシャレで素敵な高校生をやっている姿が、今回印象的だ。
 それは桜色の記憶の中、ちっぽけな恋心を小沢優子の中に育むに足りる、もう遠くになってしまった日常と同じ息吹でもって、虎杖の隣に立っている。
 D級映画を見るの見ないの、切ない恋バナがどうのこうの、それで当たり前に盛り上がれる愉快な青春は、呪いを知るものにも知らないものにも分け隔てがない。
 でもその道は、確かに分かれていく。
 分かれたままでいさせるために、呪術師は帳をおろして呪霊を払い、当たり前の日常が壊れないように戦っている。
 その境目が軋む戦いがこの先に待っていて、当たり前に上手く繋がれなかった思い出を一つ抱えて、虎杖悠仁は渋谷に現界した地獄へと進み出す。

 間違いなく”いい人”である虎杖が無数、抱え救ってきただろうそんな思い出のひと粒が、どういう手応えで見ているものの心に刺さって、甘く痛いのか。
 愛敬亮太 のコンテと演出は、とても詩的で軽やかな筆致でもって、しっかり描いてきた。
 今も昔も、こういう事をサラッと成し遂げてしまって顧みない虎杖悠仁が、この後激化し加速する物語の中で、何にぶち当たって砕けるのか。
 砂粒のようにちっぽけで、ダイヤのように硬く輝く思い出を抱えて、何を殴りつけるのか。
 原作の魅力を余すところなく吸い上げ、アニメにしか出来ない描き方で増幅し解体し再構築する業前が、残り1クール強、どんな陰惨を削り出してくれるか。
 とても楽しみだ。

 

 

 

 

画像は”呪術廻戦「渋谷事変」”第30話より引用

 というわけでBパート、新世紀エヴァンゲリオン始まるよ!
 いやー落差効きすぎだろ……桜色の思い出ダイヤリーから、マコトシシオ with 汎用人型決戦兵器はよォ!!
 劇場版の乙骨シンジっぷりも大概だったが、『オッス! オラエヴァがマジで好きだからまんまお出しするだぁ!!』という芥火先生のパッションを、『俺等もエヴァとかマジ好きですから、細部まで拘ってバリバリでイキますよ!』と受け取るアニメスタッフのやり過ぎ感、衒いもためらいもなくて素晴らしい。
 こういうのは、ブレーキ踏んだやつの負けだからな……やりきってようやく”芸”になる。

 寝言はさておき、夏油一派の内通者はメカ丸と判明。
 高専側がケリつけるより早く、契約違反での内ゲバがド派手に勃発することとなる。
 十数年の呪いを力に変えて、今未来を切り拓け巨大ロボット!! ……とブチ上がるには、ヘマの始末やらかしの精算つう色合いが濃く、死亡フラグも濃厚で、安心しては見られない。
 三輪との日常の描き方がAパートの繊細な筆を引き継いで、大変良かった。
 小沢優子と同じく、色に出にけり柔らかな思いをメカ丸も抱えて学生生活を送り、呪術師(の裏切り者)である彼は夕日の駅に運命を切り分けるのではなく、戦いの只中に自分を投げ込んでいく。

 裏切りに背を向けたのは瞼の奥、大事な人と過ごした日々があまりに眩しいからであり、その気持ちは何の呪力もない普通の高校生と、変わるところはない。
 これに縛られ呪われて、のっぴきならない場所でビーム撃つしかないのがメカ丸の物語であり、虎杖悠仁を……彼を好きで隣りにいる自分を諦めた小沢優子が、踏み込めなかった戦いが劇的に幕を開けていく。
 ただその特別さは、最悪の呪いに蝕まれ終わっていく危うさと隣り合わせであり、引くのが幸せか、進むのが誉れかなんて、誰にもわからない。
 というか十中八九、超ロクでもないことにしかならないのは皆さんご存知のとおりだ。
 このお話は”呪い”を扱う物語で、恋やら友情やらキラキラしたものこそが、最悪の泥にまみれて一番強い呪詛を生むってことを、つい最近鮮烈に描いたばかりだしね。

 

 それでも、青く眩しく輝くものが骸の中、微かに残る……かもしれない。
 その残骸をせせら笑う、五条袈裟をまとった外道をぶっ飛ばして、メカ丸は眩しい光の向こう側にたどり着けるのか。
 『一大決戦の前座』という物語的ポジションからして、『あ、無理そう……』ってオーラはムンムン立ち上るが、それでも叛逆を選んだのなら一筋、何かが微かに残るだろう。
 ……そういう慰めを土足で踏みにじって、ゲラゲラ笑うのもまた呪いの実相ではあるけどね。
 さてはて何が見れるものか、次回も大変楽しみです!

 

 

・追記 毒が毒だと気づかれないためには、スルッと飲み込ませるのが大事よね。