小市民シリーズ 第8話を見る。
小さな賭けに戯れ、バカンスを甘味の旅に費やす。
罪のない”日常の謎”の奥、蠢いていた鋭い刃をすんでの所でせき止めた、忘れ得ぬ真夏の冒険。
そんな夏季限定の青春の裏、狼最後の奸智へと踏み込む、どんでん返しの一個前である。
ここで終わっていたのなら、極めてスタンダードなデコボコ青春物語だが、お話はまだ二話ある。
最後に小鳩くんが切り出した、探偵の面目躍如。
全てを仕組んだ黒幕を追い詰める、鋭い知恵働き。
狼は復讐のためならどれだけ複雑な仕込みもこなせるし、狐は目の前にある謎に齧りつけるなら、何かが壊れるのも厭わない。
獣はしょせん獣…小市民じゃないのだ。
(ここらへん、EDの歌詞が「獣であっても小市民になれるよ」と、逆説の希望をまるで作品全体をまとめ上げるように最後に毎週告げてきてたの、”主題歌”があるアニメだからこそのトリックでいいなぁ、と思う。逆の決着じゃん!)
小佐内さんの可愛さを煙幕に使って、その獰猛で狡猾な性根をごまかす手口は、アニメ版において極めて有効だった。
いかにも甘酸っぱい青春味の夏物語だと、第二章を偽装するべく狐のお面で化粧をした第6話冒頭からして、既に甘さの奥に苦みを隠して描かれている。
あれもその後の真夏のファッションショーも、観てるこっちを萌えさせるファンサービスってだけではなく、そこでのぼせ上がる血流でもって「なぜ小佐内さんは、凝った変装をしなきゃいけないのか」という疑問を、感じさせないための技巧だ。
会いたくない人がいて、だからお面をつけている。
小佐内さんはあの時、既にそう証言していた。
平穏な日常を一皮むけば、ドラッグとナイフが飛び出してくる最悪治安都市。
春に続いてガチな犯罪が牙を剥いてきたが、これは岐阜がヤバいというよりは、小佐内さんの過去と気性がヤバさを引き寄せるというべきだろう。
”小市民”なら身を縮め、小さく悪態なども付きながら無縁にやり過ごせる所で、狼は積極的に状況を作り、復讐を完遂するために知恵を働かせる。
トラブルと無縁でいられなかった過去がもう一度、自分に牙を剥くと解っていたら、食べ歩きマップに暗号を仕込み、それが機能する状況に同盟相手を巻き込んで、望み通りの決着へたどり着ける準備は怠らない。
小鳩くんもまた目の前にある謎を…それを解いてドヤ顔できる瞬間を見逃せない狐であり、一度は自己暗示のように警察に事件を任せる選択肢を呟きつつも、110番をリセットして堂島くんへ連絡する。
謎めいたメッセージの奥に、二人だけ特別の地図に秘められた暗号を解いて、囚われた少女を開放する特権を目の前にして、小鳩くんは立ち止まることが出来ない。
その勇み足がなければ、小佐内さんの心身には深い傷が刻まれていただろうから、結果として狐の本性は大事な人を守った。
忌むべき自分を使いこなして、平穏な日常を取り戻して、小鳩くんの夏はめでたしめでたし、これでおしまい。
とは、まぁならない。
ベタベタひっつかないのに絆が太い、堂島くんとの奇妙な友情が問題解決の決定打になるのも含めて、今回のエピソードは(単体としてみると)カタルシスが強い。
嫌いつつ逃げられない自分らしさを、今度は誰かを助けるために小鳩くんは使いこなして、冴えた知恵働きで謎をとき、現場に駆けつけて危機を救った。
春の事件においては、現場主義の狼が既に状況を解決した後間抜けヅラで追いかけてきただけの狐は、今度は問題解決の主体として、存分に探偵としての仕事を、小佐内ゆきの友達の証を、推理と少しのアクションでしっかり打ち立てた。
スイーツ食べてるだけのまったり進行じゃ得られない、なんとも気持ちがいい夏の決着だ
しかし夏にふさわしい表面上の清涼感に反して、小佐内さんを追う小鳩くんの世界は、不確かな遠さと隔意に満ちて座りが悪い。
同盟相手の危機に高まる不安と、探偵としての活躍に胸踊る気持ち、両方に揺り動かされながら小鳩くんは、加速する思考を美しい幻想に飛ばして、見えない小佐内さんを探す。
彼女は川岸の向こう、遠い橋の上、常に手が届かない場所にあり続けて、目を塞がれ不安げに揺れている。
この美しい遠さは、物語が始まったときからずっと、このアニメが積み上げてきた表現でもある。
命がけで駆けて大事な人のために走る、いかにも青春なこの瞬間ですら、二人の距離は遠い。
変わり者の男女が少しの甘酸っぱさをスパイスに、平穏を望みつつも謎とトラブルに満ちた青春を過ごしていくという、甘ったるいカバーストーリー。
視聴者の多くが望むだろうそのポピュラーな味わいを、精妙に的確に醸造しつつも、このお話はその中心にある二人が交わりきらず、近づききらず、常に隔たれた距離にあり続ける様子を、執拗に切り取ってきた。
その意義が結晶化するのは次回…というより、この大オチから逆算してそういう表現を選んできたんだと思うけど、巧妙に仕組まれた違和感は見るものの意識の底、ザリザリした座りの悪さとなって、静かに疑念を仕込んできたと思う。
だからこのラストの反転は裏切りではなく、予定されていた計画が極めて正統に実行されただけなのだ。
口では”小市民”を望みつつ、狐も狼も自分の業を乗りこなしきれず、特別で危険な存在である自分を諦めきれないことは、ここまでのエピソードで幾度も示されてきた。
今回だって小鳩くんが賢しい探偵仕草を捨てれず、”小市民”に徹せない様子は鮮烈だったし、それがただ虚栄心を満足させるために他人の心に踏み込む無遠慮だけじゃなく、確かに小佐内さんを大切に思う、本当の気持ちと繋がっている様が夏に眩しくもあった。
その青春サマーテイストは、けして嘘じゃない。
だがそれだけが甘ったるく、彼らの物語全てを塗りつぶすわけでもない。
”小市民”であろうと己とお互いを縛りつつ、獣であることをやめられないモノ達の、相反する思いと関係の物語。
どっちの自分が本当であるか、決めなくてもまだ許される期間限定なモラトリアムの中で、小鳩くんと小佐内さんはお互いの在り方を探り、照らし合い、利用し合ってここまで流れ着いた。
食べ歩きの夏を締めくくるパフェで口を塞いで、「良かったね」で終わらせて、奇妙で素敵な互恵関係に傷をつけずに終わっても良かったのに、小鳩くんは謎めいた誘拐事件の真実へ、踏み込む決断をはたす。
そこに何があっても、その一歩が何をぶち壊しにするとしても、狐は謎を諦められない。
とはいうものの、危機を前にしてお互いを頼る絆が…それを育んだスイーツまみれの日常が、なんもかんも嘘だったわけではない。
助けてくれたお礼をする時、小佐内さんが鉄塔で出来た境界線をぺこりと超えているのが、とても印象的だった。
相互監視の互恵関係にお互いを遠ざけ、他人に知られれば最悪ナイフで襲いかかられる本性を共有して、いつか歪みも嘘もない心の何処かで、壁を超えて繋がれる。
そういう可能性が二人の間には確かにあって、小佐内さんにもそれを望む気持ちがあるから、あそこで彼女の小さな頭は、ずっと二人を隔ててきた境目を一瞬超える。
そして夏の終わり、再び隔てられた距離に戻っていく。
いざ命の危機が迫った時、扉を開けて制止の声をかけたのは堂島くんだ。
救急車で運ばれるほどの怪我をして大立ち回りを演じたのも彼で、小鳩くんは小佐内さんと微笑ましく語り合えてしまえるくらいに、生身の自分を守った距離で事件を解決する。
それは探偵の距離であり、知恵働きの冷たい間合いだ。
こんだけ具体的なピンチが迫ってなお、彼はそこから出れない。
冷たい理性で謎を解き、その特別さで称賛を浴びる、特別に隔離された場所。
追いかけても追いかけても突破できない、小佐内さんとの間にある壁は、そういう小鳩くんの業…あるいはミステリ内部の機能と役割が、生み出すものでもある。
堂島くんはガラスの向こう側で渦巻いている危機へ、ためらわず踏み出すことが出来る。
小賢しい知恵を置き去りにしたその直情主義は、小鳩くんたちが憧れた”小市民”最善の在り方で、そういうお手本が目の前にあるのに、狐と狼は人間に為りきれない。
獣は獣であって、小市民にはなれない。
それでもなお、事件を呼び込み引き寄せられる歪さを越えて、罪のない小さな謎を笑い合いながら解いて、人間らしい幸せに絆を深めていくような、”日常の謎”の主役に、彼らはなりたかったのだ。
そして、「なれないよ」とこのアニメの描写は告げる。
告げ続けている。
徹底的にそういう作品なので、全く正しい演出だと思う。
春に続いて夏も、”日常の謎”で片付けるにはあんまりにも生臭いガチ犯罪が、”小市民”に襲いかかった。
シャルロットを食ったの食わないの、スイーツセレクションをやるのやらないの。
平和で楽しくたわいない夏の綺羅星の奥、そういうモノが確かにあって、過去の因縁をたどって表に出てくる噴出点が今回であり、誘拐だの暴行だのがどこから吹き出してきたのか、”日常”の残骸から検証していくのが次回だ。
表向き、罪なく幸せに見えた二人の夏がどれだけの嘘にまみれて、いつから狐は狼が窮地を乗り越え復讐をはたす、便利な道具として使われていたのか。
小鳩くんの知恵働きは、ギリギリ保たれていた幸せな嘘を壊していく。
自分を悲劇のヒロインに、あるいは小鳩くんを探偵ヒーローにしてくれる欺瞞を、小佐内さんは一夏かけて丁寧に編んだ。
あるいは事件の裏にある因縁を思えば、準備期間はもうちょい長いわけだが、小鳩くんと約束した”小市民”であるための通過儀礼として、その過程でちょっと復讐の甘美を味わうために、あるいはただただ不安なく生きるために必死で、狼は食べ歩きの歩みに暗号を仕込み、同盟相手を共犯と巻き込んだ。
その真意を、小鳩くんの知恵が暴いていく。
夏の始まりを告げた第6話においては、小鳩くんが犯人役だったわけだが、夏が…あるいはもっと色んなモノが終わっていく次回は、それが反転する構図なわけだ。
探偵ならば、気付いてしまった真実を前にして退けない。
こうまとめるとキレイなんだけども、ベルリンあげぱん事件で活写された狐の性根を思い出すと、ただただドヤ顔できるタイミングを我慢できないだけとも取れる。
ミステリアスな小佐内さんがいったい、どんな存在なのか探っていくヒロイン・ミステリの構造を主柱にしているこのアニメ、それを探る少年自身が自分のことも、世界のこともそこまで把握しきれていないという、もう一枚の壁が話の最後、新たにそそり立ってきた感じもある。
小佐内さんの内心が壁の向こう側分からないように、小鳩くんも自分自身を解りきっていない。
それは小市民を志して結局獣に化ける、どうしようもない日常の誤作動ではなく、期間限定のモラトリアムの中、自分を探し続けているあらゆる子どもたちに共通の、大きなミステリなのだと思う。
それを思い知るには痛い目見るしかないと、中学時代に知ってたから”小市民”を志したたはずなのに、小鳩くんは真相を暴かず同盟続けていくヌルい距離感をぶち壊し、探偵と犯人の遠い距離へと自分たちを定位し直す。
それが何を生み出すのか、本当に理解し覚悟しているのか…小鳩くん自身にも、彼を窓にして獣たちの青春を見る僕らにも、壁の向こう不鮮明なのが、面白いアニメだと思う。
小鳩くんは駆け抜ける幻想の中で、小佐内さんを瞳を封じられ寄る辺なく彷徨う、哀れな犠牲者として見た。
事件全体を見、自由に駆け巡る特権は探偵であり友達である小鳩くんにこそあり、小佐内さんは”弱く”あってくれないと、狐の本懐は果たせない。
しかし現場に赴き…あるいはカヌレの暗号によって導かれて狼の眼を直に見た時、知恵者は自分の考えが真実からズレていることを思い知らされる。
被害者は自分の足で立ち、瞳を開けて世界を見据え、望むままに状況を動かしているのだと、知恵者は正しく理解してしまう。
一度は警察だよりの”小市民”に自分を収めようとした小鳩くんを、独力で事件を解決しうる名探偵に誘惑したのは、小佐内さんが携帯電話越しに投げかけた暗号…それを機能させる、特別性の地図だ。
なんだか狐ばっか責め立てるような筆致になってしまったけども、狼の方だって互恵関係で結ばれた相手が、狐に戻るよう状況を組み立て、壁の向こうに働きかけてきた。
そういう思惑にこの夏中、ずっと乗っかっていた自分を目の当たりにしてしまうと、目を塞がれウロウロ彷徨っていたのはヒロインではなく探偵なのだと、否が応でも気づく。
その逆転を小鳩くんは許せないから、真相の刃で小佐内さんを刺すことにしたのか。
ここらへんも次回、甘味処の名推理で暴かれていくところだと思うが…まーなんだ、第二章開幕PVに漂っていたむせ返るような青春テイストは、やっぱ効きの良いフェイクだったって話よッ!
俺はアニメでこの作品に出会った人が本当に羨ましくて、こんだけ良い感じに甘酸っぱさのど真ん中、キュートな洋宮ボイスに翻弄される気持ちよさにドップリ浸れる作りの後、狼はしょせん狼だった事実を突きつけられて「ウソだろッ!!」と叫べるの、最高だと思う。
やっぱ声と動きがついたことで、小佐内さんの可憐さがマシマシになったのが、この局面で効いてくるよなー…。
そうなるように、相当計画的に演出を凶器にした犯行、積み重ねてきたしなぁ…。
スイーツ大好きな手弱女マスコットだと思って萌えちゃった人、ご愁傷さま。
獣の奸智と獰猛さを兼ね備えた、底の知れないヤベー女だと解ってさらに深みにハマる人、なおのことご愁傷さま。
小鳩くんが一足先、廃墟の中で気づいた、狼の眼光。
無力で可愛そうなヒロインとして自分を演出し、実際そういう側面もないわけじゃない女の子は、一体どんな因縁と業に引きずられて、状況を作り他人を引きずり回してきたのか。
”互恵関係”という言葉が持つ心地よい引力で保たれていた、小市民の微笑ましい皮膜が弾け、重苦しい青春の泥が流れ出す様子を、アニメはどんな風に描くのか。
ここまで積み上げてきた演出の爆弾を、一気に炸裂させる大オチ回になるでしょう。
可憐で強烈で鮮烈な、勝手な思い込みをぶち壊す予定されていた裏切りで、思いっきり殴りつけて欲しい。
次回も、大変楽しみです。