イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

小林さんちのメイドラゴン:第11話『年末年始!(コミケネタありません)』感想

この世界の片隅でどっこい生きてるトカゲたちのお話、今週は年の瀬堕落伝説。
うっかり悪魔の家電・コタツを手に入れてしまった小林家がどんどん沼に沈んでいくお話……と思いきや、餅つきしたり近所付き合いしたり初詣に行ったりパーティーしたり、外に出ていく場面の多い話でした。
返ってくるべき『家』があればこそ、臆せず『外』に出て行けもするという両立を、柔らかな笑いを交えつつのんびり展開するエピソードでしたね。

というわけで、コタツという『家の中の家』を手に入れたところから始まる今回ですが、メイドラゴンらしい風通しがなくなるわけではなく、というか逆に外部とよく交流する話でした。
考えてみれば、コタツの入手は商店街のふくびき券を集める、つまりトールが『家』から出て、商店街という『外部』と馴染んだ結果なわけで、まんじゅう顔でふにゃふにゃしつつも、色々な場所と接続を維持するのは道理です。
同時にコタツ(が代表する『家』)はとんでもなく親密で温かいものとして描かれていて、小林さん達が手に入れたぬくもりを象徴もしている。
そこに出て、入って、また出て行く運動の価値をこの亜に目を常に描き続けた以上、今回のお話はある種の集大成とも言えるのでしょう。

トールは今週も甲斐甲斐しく人間の真似をしていて、餅をつき、おせちを作り、そばを打ち、初詣に行きます。
それは形式を真似ることで人間性を獲得していこうという、トカゲ故のある意味浅ましい行動ではあるのですが、餅はきんとんやミカンや鳥の彫像と交換され、おせちはみんなの胃袋を満たす。
ものぐさな小林さんに進めた年賀状は、いつもとはちょっと違う挨拶を親子が果たす切っ掛けになったりします。
トールが必死に人間を真似てきた行動は、扉を開け、こたつから出て世界と接触する足場として、ちゃんと報われているわけです。

トールが人間を真似た行為が、意図しないうちに小林さんや周囲の人達に良い影響を与える様子は、このアニメでは何度も描かれています。
トールは愛しい小林さんとの暮らしを維持するため、嫌々ながら人間を学び、人間の姿でその内側に溶け込もうとしていました。
そしてそれは一方通行ではなく、第5話で「以前の自分を思い出せない」と述懐しているほど、小林さんの生き方も変えている。
『年末年始は寝だめするだけ』だった小林さんの年の瀬は、トールとカンナがいることでイベント盛りだくさんの騒がしいものとなり、振り回される疲労も心地よいものとなった。
そういう双方向性はこのアニメの軸であり、『人間』の小林さんを『救う側』、『ドラゴン』を『救われる側』に固定しない公平性を保つ、大事な足場でもあると思います。

今週見ていて凄く良いなと思ったのは、そんなトールの奮闘を小林さんがよく見ていて、照れながらもちゃんと言葉で『ありがとう』と言ってあげているところです。
トールはメイドというロールを背負っているし、小林さんに一方通行の恋情を持っているので、とかく『尽くして当然』という立場になりがち。
しかし小林さんはトールの好意を、『恋』という角度で反射は出来ないにしても、かけがえのない存在としてちゃんと認識し、様々な形で好意を返しています。
『家』の中の小さな幸せは、ともすれば見過ごしてしまいがちな穏やかな努力に支えられているのであり、それを言葉にして感謝することで、関係性のメンテナンスをちゃんとやれる。
やっぱり小林さんは、人間力の高い信頼できる主人公で、とにかくありがたいなぁと思ったシーンでした。


コタツを中心に『家』を描く今回ですが、どこかのったりとした雰囲気が漂っていて、小林家の外のキャラクターの出番もたくさんありました。
初詣のシーンはみんなの着物姿が見られて眼福でしたが、才川とジョージーさんの『お嬢様/メイド』関係が『妹/姉』という足場に立脚した、一種のロールプレイであることが確認できたのは面白かった。
血縁に立脚した姉妹関係だけが真実というわけではなく、どう振る舞ったって二人は姉妹であるという事実を否定せず、前提にした上で関係性と戯れている感じが、力が抜けた知的さを感じさせて、僕は好きでした。
『主人/メイド』『夫/妻』という関係性と戯れつつ、実態としては色々歪でも、でも本物の暖かさがあるというのは、小林家もおんなじだしね。
バロックでビザールだろうと、本当の愛がそこにあるなら、そこが『家』なのだ。

他にもファフッさんがあざとかったり、エルマがちょろかったり、翔太くんはもう一生金髪巨乳オッドアイゆるふわ器デカい体もデカイ系お姉さん以外では勃起できない身体にされてんだろうなと思わされたり、賑やかで楽しい話でした。
初詣から家に流れる展開が好きで、ジャージーさんは才川を守るために一緒に寝て、大人チームは雑煮食って、ひとしきり騒いだあとファフッさんは徹夜ゲーっていう、『仲は良いんだけど、必ずしもベタベタしすぎない』感じが良かった。
あそこでヘッドフォンをして、音がもれないようには気を使う辺りが、ファフッさんなりの気遣いというか、人間との距離感なのだろうなぁ。

第3話ぶりにお隣さんが出てきて、木彫りのゴリラに仲間ができたのも嬉しかった。
あれはトールが『外』との付き合い方を覚えたトロフィーみたいなもんで、あのリビングでいろんなことが起きてきたこの物語を見守ってくれる、一種の守護神みたいなものだとも思う。
今後も小林家の生活は積み重なって、幸せが増えて、時々仲違いやすれ違いもあって、それも受け入れて『家』は暖かくなっていくだろう。
それを見守ってくれる、物言わぬ視線が2つになるというのは、なんだかとても象徴的に今後を祝福するように感じたのだ。
そういうフェティッシュをしっかり画稿設定に入れ込み、場を壊すほどではない主張を込めてジワジワ画面に捉えていくスタイルが、非常に京都アニメーション的だなとも思う。
画面に語らせるのが好きよね……僕も好きよ。


というわけで、先週に引き続きドラゴンたちが手に入れたものを確かめるような、12月の肖像画となりました。
やっぱねー、キャラクターたちが彼らなりに必死に積み上げてきたものを大事にして、確かめ、報いてくれるお話は、つくづくありがたい。
トール達が作り上げてきた『家』の暖かさ、『外』との繋がりが巧いことコタツに集約されていて、ほっこりと笑える良いエピソードでした。

と言ったところで来週は、意識して飛ばされていた物語の始まり、メイドラゴンZEROらしい。
僕は話数を勘違いしていて、来週で終わりかと思ってたんですがあと二回あるんですねぇ……ありがたい。
今週も絵馬やら小林さんの電話やら、トールの家族に話が集約する伏線を細かく巻いていたのですが、その前に作品の爆心地を掘り下げてくれるのも大歓迎ですね。
来週も楽しみです。