イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

負の生命論

金森修勁草書房。科学思想の闇に目を向けた論文集。陰鬱な書物である。序論で筆者が語っている通り、陰鬱な書物である。豊富な実例と鋭い分析眼で纏め上げられているのは、1930年代から40年にわたってアメリカ南部で行われた、「梅毒にかかった黒人を合えて放置し、その経緯を治療を受けた人物と対比した医学研究」であるタスキーギ研究。ネオラマルキズムの果てに在る人間機械論。クロムプロマジンを筆頭とする向精神薬と大脳生理学の隆盛。そしてLSDの歴史である。
その科学哲学者としての鋭い資質をもって、筆者は陰鬱で長い旅へと僕をいざなう。そこにあるのは科学というものが否応無しに背負ってしまうかもしれない人間性の積極的放棄、自動化する人間とそれによって形作られる人間的な非人間社会である。その暗部に、あえて筆者は踏み込む。冷静な視座と、自己への普段の批判を繰り返しながら、慎重に、そして時に大胆に、科学が背負う無思想性、人間が背負う動物性の闇の内側に。
それを不愉快な物語として拒否し、本を投げ捨てるのは簡単だ。だが、あまりに的確に分析され、適切に引用されるさまざまな資料と、それを可能にする筆者の博識が、陰鬱なのは物語ではなく、我々とこの世界なのだと教えてくる。脳内麻薬に踊るパブロフのイヌとしての人間。科学主義の果てに患者を放置する医者という人間。人間、人間、人間。いまだ大文字で語られるその存在の闇を、あくまで冷静に、慎重に見つめる視座は、たとえ不愉快だとしても抱いていなければいけないのではないだろうか。それは、我々の時代、我々の生なのだ。名著。