イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

聖者と学僧の島

トマス・カヒル、青土社ローマ帝国崩壊期におけるアイルランドカソリックの萌芽と、ローマ=ギリシャ学問の保護についての本。アイルランドといえばケルトかIRA、という認識の隙間を上手く貫いた、聖パトリックから脈々と続くアイルランドカトリックの最初期についての本である。
とにかく分析が丁寧で、女王メイヴが支配していた部族性時代のアイルランドが、いかにしてローマとは異質な文化を保持し、そしてそれ故にパトリックを元とするキリスト教を受け入れ、ヴェルダン・メルセンをはじめとする諸民族により崩壊したギリシア=ローマの学術を保護していたか、が確実かつ堅牢な筆で描かれている。
初期アイルランドカソリックへの強いまなざしも魅力的であるが、アイルランドの民族性に強く注目し、土着の人々との交わりによってカソリックを広めて行った聖パトリックとその後継たちの人間的なドラマ、そしてそれを受け入れる部族性時時代のアイルランドへの精密な分析も魅力的である。
ローマ=ギリシアの知識だけではなく、アイルランド・クランの奔放なエネルギーへの柔らかなまなざしを、しっかりとした資料探求と、通時的な学僧による学術伝播分析の背骨が支えている。いかにして知識が失われ、保存され、伝播していったかという事象をある意味物理学的な硬度を持った分析で切り開いていく筆には、えもいえぬ魅力がある。良著。