イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ツクヨミ 秘された神

戸矢学、河出書房新社三貴神の一人でありながら、非常に伝承の少ない月詠命に関する本。古代政治史、文学史、文化史などを土台にして、一見ライトに流している印象を受ける装丁や章タイトルを、いい意味で裏切る本格的な内容になっている。
筆者の主張はなかなかに大胆で、記紀神話を遍参させた天武天皇−その後ろ盾になった中国系帰化東漢氏−彼らが有する天文・風水の知識を掘り下げつつ結び付け、ツクヨミ神とは壬申の乱において皇位簒奪(とも取れる行動)を行った天武が自身の政治的立場を神話的に補強するために「製造」された紙であった、とするものである(とするのも乱暴なまとめなのだが)
非常に大胆な主張であるが故に、魅力的であると同時に扱いも慎重にならざるを得ないわけだが、筆者は古代政治史、文化史、文学史に関する細密な知識を縦横に駆使し、自説を丁寧に肉付けしていく。実際三貴神でありながら彼が殺害したオオウケヒよりも(神道内部の序列的に)実質「低く」扱われているツクヨミには謎が多く、かつ研究書も少ない。
そのツクヨミの存在、誕生、現実の政治闘争の中での位置付け、それを行った天武天皇の文化的政治的背景と、説明すべき要綱を必要十分にまとめ、読みやすくまとめている。この本の更なる魅力は、ツクヨミの誕生だけではなくその(実質的な)死、つまりは天武系天皇桓武天皇の代において(血統としても文化としても)いったん断絶し、文化的にも大きな転換を向かえるポイントに大きな紙幅を裂いている点である。
ツクヨミの「製造」は天武天皇自身が有する圧倒的な天文の知識、文化の学術を駆使した一代事業であったわけであるが、ではなぜそれだけの一代事業であるツクヨミは本宮本社すらない神になったのか。そこにはもう一人の傑物、桓武天皇が行った、天武の影響を払拭するためのさまざまな政治的、神道(呪術)的活動があったわけである。
その詳細は本書に譲るとするが、なかなかに細かく丁寧な議論がなされている。何度も言うが大胆な仮説なので慎重に見るべきだと思うが、個人的にはある程度以上の説得力と、とても大きな魅力を有していると感じた。内容が資料発掘と分析、推論を丁寧に組み重ね、ところどころ筆者の感想が混じる構成で、なかなかに無駄がない。
記述としても丁寧でクオリティが高く、何より高レベルな説明に裏打ちされた大胆な仮説は非常に心躍る。名著。