イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

僕だけがいない街:第1話『走馬灯』&第2話『掌』感想

前クールに引き続き、ノイタミナはミステリ祭り!! というわけで、時間遡行型サスペンス・ミステリーアニメでございます。
『リバイバル』という特殊能力に呪われた冴えない若者が、母を殺した犯人と、幼少期に起きた悲しい事件を取り戻すべく少年の体と時間に戻り奮戦するという、先行作で言うと"シュタインズ・ゲート"を思い出す作品ですね。
淡々とした下地にサスペンスの驚愕、濃厚なノスタルジー、小さなヒロイズムがしっかりと乗っていて、地味に進むのに先が気になる、とても良い漕ぎ出しだと思いました。

主人公藤沼くんは人生に少し煮詰まったアラサーでして、惨事を回避するまでやり直しを強要される『リバイバル』も、売れない漫画家を花開かせる役には立ってくれないところから、お話は始まります。
『異能を手に入れても人生は冴えない』という捻れたスタンスが、個人的にはまず面白い。
たとえ強制されたものであっても、第1話のトラック事故のような大惨事を体を張って何度も防いでいるわけですから、藤沼くんは小さな英雄だと思うわけですが、世間はそれに報いてくれない。
『正しいことをしているのに優しくしてもらえない』という抑圧・鬱屈は様々なヒーロー物語(例えば"スパイダーマン")に共通した、パワーを秘めた初期状態なわけで、それが説得力を持って描写されていることは、同時に『リバイバル』という能力を持った藤沼くんが困難を乗り越えて正義をなし、視聴者にとってのヒーローになる未来を予感させます。
この抑圧され諦めた姿勢が、お母さんの登場からぐっと変化するところが、最初の見どころだと思います。
28歳の青年がお母さんと接するときの微妙な距離感、間合いが、凄く気持ちよくアニメになっていました。

年が外見に出ない母を妖怪と毒づきつつも、藤沼くんの抑圧された人生の中で、お母さんはとても大事な存在です。
世界を救うために傷を受けた自分にただ一人優しくしてくれて、カレーを作ってくれる人の暖かさは、じわりと時間を流す演出にも助けられて、しっかり視聴者の胸に届く。
ただ優しいだけではなく、鋭さと知性を兼ね備えたお母さん(声は高山みなみですが、体は子供頭脳は大人になるのは息子の方です)をなんとなく好きに慣れればこそ、その生命が奪われるシーンはショッキングに受け止められるし、藤沼くんの衝撃と悲しさにも同調できる。
10歳の時間に巻き戻ってくる筋立ても含めて、この話はノスタルジーをどう描くかがとても大事だと思うわけですが、お母さんと過ごしている日常を捉えるカメラの穏やかさは、これをクリアするのに十分なパワーを持っていたのです。

藤沼くんは正しいことを行う決意と勇気を持った立派な人なんだけど、それを世界は認めてくれない。
その鬱屈した立場を表現する上で、満島真之介さんのアニメ慣れしていない声は、凄くいい仕事をしていると感じました。
ヘンテコなものがたいそう好物っていう個人的嗜好はたしかにありますけども、抑え気味にかすれた声は藤沼くんの気持ちと状況を巧く包んでいて、とても良いと思うわけです。
他のキャスティングもキャラに合っていて、お母さんのクリアな思考にぴったりな高山みなみの声とか、ドンピシャって感じですね。(ただの高山みなみファン)


こうして飛ばされた過去は『リバイバル』のルールを破るロングジャンプでして、藤沼くんの後悔全てが凝縮された、小学五年生の冬になります。
縮んだ身の丈に合わせ、丁寧に描かれる小学校の風景は、藤沼くんの違和感もひっくるめて奇妙に懐かしい感情を、視聴者に届けます。
幸運にしてか不幸にしてか、美しくて哀しい時代に帰ってきた藤沼くんは、ここで初めて『リバイバル』のポジティブな可能性に思い至る。
ここで違和感を消し全てが丸く収まる方法を見つければ、ユウキさんは死刑にならず、雛月さんは殺されず、母が死ぬ未来も変えられる。
それを可能にするのは呪いだと思っていた『リバイバル』なわけで、自分の短所が強みに変わるカタルシスが、過去へのジャンプの中にはあったと思います。

やり直しの生活に28歳の精神が感じる違和感、懐旧、心地よさ、そして決意。
約20年時間を戻しても変わらないお母さんとの日々や、ひどい状況に置かれている雛月さんとの交流、気持ちのいい友人たちとの交流を丁寧に描くことで、僕達は藤沼くんの気持ちにだんだん寄り添っていきます。
状況としては条理を超えた不可思議なものなんだけど、そこに流れる感情には僕達が手を伸ばせる共通点がちゃんとあって、それが伝わる形で絵とお話になっている。
誰が殺人犯なのか、『リバイバル』のルールはどう適応されるのかといった謎も、他針視聴者の意欲を盛り上げる大事な要素なのですが、このアニメの一番強いところはやはり、抑圧されながらも静かな決意を秘めて、自分を偽りながら正義を追い求める藤沼くんの気持ちが、映像に焼き付けられている所でしょう。
奇天烈な設定を活かし、何を感じて欲しいのかよく考えられたからこそ、淡々と進みながら気づけば前のめりになっている、面白い作品ができているのだと思います。

第1話の見どころがお母さんとの交流であるなら、第2話は雛月さんとの静かな共鳴が良かったと思います。
愚かで小さな子供時代には気付かなかった、10歳の少女の傷と強がり。
時間が巻き戻って果たすべき後悔がまず他人の命な辺り、冴えない境遇に反して、藤沼くんは凄くヒロイックな魂を持っているんだと思います。
そんな彼が周囲を確認しながら、ゆっくり雛月さんに寄り添っていく歩み、それを強調する雪の上の足跡と、見逃さないカメラ。
叙情性は形式ではなく、細部にこそ宿るという事実をよく教えてくれる、優れたシーンでした。
いやーキュンキュンした、甘酸っぱかったなぁ……そういうのが横合いからいきなり略奪されかねないから、サスペンスって怖いんだけどさ。

小学五年生を取り囲む教室の空気、閉塞感がしっかり描かれているので、雛月さんの浮世離れした空気もどこか現実感を失わず、生々しい境遇から乖離せずに視聴者に届くのだと思います。
いつかどこかにいたような、過去に置き去りにした誰にでもある後悔をこのアニメは凄くうまく切り取っていて、藤沼くんの人生リベンジに思わず共感し声援を送ってしまうような、前のめりの姿勢を作るのが巧い。
雛月さんの弱々しく健気な姿勢を見ていると、『オイオイ、ちょっとどうにかした方がいいんじゃないの!』と思ってしまうし、それをちゃんと受け止めて自分に出来ることを精一杯やってくれる藤沼くんが、凄く好きになる。
同時にその足場を激烈に崩すことで、効果的なショックも生まれる。
『好きになっちゃってんだけど、好きになると奪われた時に辛い』というアンビバレンツがちゃんと視聴者(というか僕)の中に生まれているのは、まさに製作者の掌の上といったところでしょう。


雛月さんとの距離も勇気を持って詰め、友人たちは気のいい奴らで、特に賢いケンヤは頼りになる。
リバイバルした藤沼くんは結構充実した生活を送っており、『頼む……このまま行ってくれ』という気になります。
しかしこのアニメはサスペンスなので、『視聴者が一番して欲しくないことをしろ』という鉄則から考えるに、このいい空気はおそらく崩れる。
『リバイバル』っていうリセットボタンも、幸か不幸かあるしな!

来週以降、また哀しいことが沢山起きることを、ちょっと覚悟しなければいけないかなぁと、少し思いました。
母親を殺され、友を殺され、信頼していたお兄さんは冤罪で死刑になる。
藤沼くんの抑圧された生活はまだまだ終わらないっていう事実を、そろそろ突きつけてくるタイミングなのかなぁ。

同時にただ辛い目に合わせるだけではなく、辛さを乗り越えていく意味や理由をしっかり描き、その先にある輝きを大事にしているアニメだってことは、お母さんとの日々や雛月さんとの交流の描き方で、ちゃんと分かる。
ショッキングな話運びや能力設定の中で、製作者が露悪趣味に陥っていないこと、ポジティブな希望をしっかり見据えていることが感じ取れるのは、とても安心できる足場です。
暖かさと辛さを兼ね備えた冬という季節を、10才と28才の藤沼くんがどう歩いて行くのか。
来週を楽しみに待ちたいと思います。