イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

僕だけがいない街:第5話『逃走』感想

あまりにも報われないヒーローの苦闘物語、今週は敗北とリセット・リバイバル。
叙情的なシーンをたっぷり積み上げてから雛月を略奪する残忍なる演出が見事に刺さり、現代に帰還しても安息の場所はない。
悟くんのしんどすぎる旅路はまだまだ続くってお話……と思ってたら燃えてる! 家が燃えてる!!
毎回強烈なヒキ作るなぁ……連作サスペンスのお手本みたいだ。

今週は前回のヒキである『雛月の死≒リバイバルの失敗』を印象的に描くAパートと、リセットボタンが押されても全然状況が改善しないハードな現在編Bパートに別れるお話でした。
悟くんは『さえないアラサー漫画家』という設定がウソのように(というか、冴えない凡人だからこそ)色んな人の気持を背負い、巨悪に立ち向かうヒーローなわけですが、彼が正義を達成する道のりはとにかく険しい。
これまでの努力や積み重ねた情を嘲笑って悲劇を再演する運命、協力者の顔で自分を売り飛ばす『正義の人』、そして悪魔的な才覚で容赦なく牙を突き立ててくる犯人。
そんなハードな道だからこそ、手を差し伸べてくれる愛梨の優しさが限りなくありがたいし、同時にその優しさも犯人の毒牙に晒されるという、上げ下げ激しい展開でした。
視聴者の気持ちをぶんぶん振り回して休ませないのは、ほんとサスペンスとして上質な作りだ。


Aパートは第1回のリバイバルを総決算するような内容でして、悟くんが決死に守ろうとしたもの全てが失われていく、しんどい時間でした。
雛月は守れない、ユウキさんは冤罪を被せられて殺人鬼扱い、母親も死んだまま、基本的に何も変わらない。
リバイバルというリセットスイッチがある以上、完全敗北は想定できていた流れではあるんですが、きっちり希望を持てるよう物語をコントロールした結果、ちゃんと『痛い負け』『どうにかして取り返したい過去』になって現代に戻ってきたのは、とても良い。

これはやっぱりヒロイン雛月を印象的に描いた結果でして、悟くんの10歳ライフが凄く懐かしく、凄く羨ましく感じる(だからこそ、今回それを象徴する『手編みの手袋』が陵辱された時、強烈なショックを受ける)のは、雛月というキャラクターを好きになれるよう、描写を組み上げた結果でしょう。
あまりにも交配した家庭環境を相手に決死に強がり、差し出した悟の手(彼が主人公である以上、それは視聴者である僕達の手でもあります)をしっかり握りしめ、小さな、しかしかけがえのない綺麗で優しい時間を共有した彼女。
だからこそ悟も打算なしに運命を乗り越えようとし、しかし残酷にレールは最悪のルートに乗りなおして、何も出来ないまま彼女たちは死んでいく。
『悲劇のヒロイン』という物語的記号に甘えることなく、雛月という人物がどういう存在で、何故彼女を助けなければいけないのかという描写に気合を入れた結果が、今回Aパートで感じる悟への共感の足場なんだと思います。

こうやって観ている側の心が右に左に揺さぶられるのは製作者の様々な手管故なんですが、このお話のキャラの扱いにはただのテクニックを超えた、じっとりとした痛みと血を僕は感じます。
奪われていくかけがえの無いものは、美しいからこそ儚く、脆いからこそ守りたくなる。
『守りたいのに守れない』『変えたいのに変わらない』という主人公のジレンマともどかしさに視聴者とシンクロさせること(これに成功しているからこそ、このお話すごく面白いんですけど)の根幹には、キャラクターと彼らが表現するテーマへの、ぶっとい覚悟が感じられるわけです。
残酷な運命の中で決死に足掻いている彼らに強い共感を持ちつつも、より鮮烈な物語を紡ぐために、試練を与えることに躊躇いがない。
『上げて落として、上げて落とす』という感情のジェットコースターを成立させているのは、無論プロットの巧みさや細やかなシーンセッティングの妙もあるわけですが、何よりもキャラクターの生き様を深く彫り込んだ描写の強さなのだなというのが、Aパートで描かれた藤沼悟の敗北を見ながら、強く感じたことでした。


Bパートは現代に戻って一段落……ということはなく、いきなり殺人犯に仕立てあげられているハードな状況を再確認させ、自分を助けてくれる『正義の人』だと思った店長は裏切りと、息をつかせぬ展開。
雛月の死で激しく揺すぶられた視聴者の心をさらに振り回す急展開は、緊迫感を途切れさせることなく展開していて、非常に良かったです。
店長で『どこにも味方がいない』状況を発生させた上で、愛梨が差し伸べた無私の救済で一息つかせ、今後の展開を助ける要素を拾わせた後、更に追い込んでいく流れも、緩急が付いて非常に良かった。

愛梨はお母さんや雛月とはまた別の役割を持った女性でして、あまりに苛烈な運命にすり潰されそうになった悟に手を差し伸べると同時に、彼が今後何を信じて前に進んでいいのかを教えてくれる、メンター的役割も担っています。
『信じたいから信じた』という、一種のエゴを孕んだ彼女の正義は非常に無私のものであり、犠牲を恨まず、結果を求めない一意専心の強さを持っています。
それが理由のない天使の善意ではなく、自分自身の父親に降りかかった不正義を悔やむ気持ちから発生しているのも、ただのお題目ではなく、実感の篭った覚悟として愛梨の正義を描写できているポイントです。

彼女の持っているありがたさを表現する上で(というか、この作品で『暖かみ』を表現する上で)大事な仕事をしているのが『食事』です。
よるべなく街をさまよっていた悟が取れる食事は味も素っ気もないコーヒーだけであり、ようやくひとごこち付いた後差し出される手料理や、わざわざ自分のために準備してくれるピザには温かみがあります。
店長にストロングな一発を入れ、事態の崩壊を表現するように地面にピザから『湯気』が出ているのは、分かりやすく面白い表現でした。

店長が悟を迎い入れた時も、親密さの表現として食事が出て、『最後の晩餐』の絵が意味深にカット・インするところなども、このアニメの『食事』への意識の高さが出ているように思います。
他にもリバイバル直後は温かみの象徴として描かれていた母との食卓が、敗北が決定した後は冷めた弁当になってしまっていたり、このアニメはとにかくメシを大事にしているなぁと思います。
福田里香のフード理論を引くまでもなく、食べるという行為は人間存在の根本をなす大事な要素であり、作中のキャラクターがどういう場面で、何を、誰と、どう食べているのか問うことは、彼らに親近感を(もしくは疎外感を)感じる上で大事な足場になります。
そこを蔑ろにせず、丁寧に印象的に、しかしさり気なく描写しているのは、僕がこのアニメで好きなポイントの一つです。


味方がいれば敵がいる、というか愛梨以外は全て敵になってしまった現在で、今回悟は二人の敵に出会います。
一人は自称『正義の人』である店長で、もう一人は謎めいた真犯人です。
この二人もまた対象的な存在で、卑近で粗雑で、イヤな意味で『人間らしい』店長の描写と、悪魔的な的確さで愛梨の家を燃やしにかかった真犯人の冷徹さは、不思議な陰影をお話に与えていると思います。

英雄的な覚悟と決意を持った悟や愛梨に比べると、店長はスケベだし、偽善者だし、裏切り者だし、友達にはなりたくないタイプの人間です。
しかし自分を鑑みて冷静になると、僕を含めた殆どの人間が店長のように薄汚く、決意も持てない存在なのだと思います。
悪の英雄というべき真犯人と、善なる義人だけが存在するのではなく、中途半端に優しくて、無条件に信頼を寄せてくれるほど正しくもなく、女子高生に鉄拳食らって無様に鼻血を出すような凡人。
彼がいることは世界のリアリティを高める役にも立っているし、黒でも白でもない灰色の存在にクローズアップすることで、悪意に流されず運命を変えていく主人公達へのあこがれが高まる効果もあるでしょう。
リバイバルという特殊能力が存在し、努力しても努力しても絡め取られる悪魔の奸知を相手取るスケールの大きな話の中に、こういう存在がちゃんと描かれているのは、話をぐいっと身近に近づけるいい仕事だと思います。

同時に『自分の近くにはない、すげぇ話が見てぇんだ!』という欲求もまた、フィクションを楽しむ根源的な感情です。
善の超人(というにはしんどいことばかりですが)である悟に対峙する犯人の底知れなさは、過去と現在両方で的確に描写されて、話を盛り上げてくれました。
悟の弱々しい抵抗など無視して子どもたちを毒牙にかけ、これまで積み上げてきた懐かしさや暖かさを全力で否定しにかかる強大な存在は、乗り越えなければいけない高いハードルとしての説得力を強く持っています。
特に愛梨にたどり着くスピードの速さ、情報を収集するアンテナの邪悪な感度の良さ、障害を排除する際の躊躇いのなさは、敵の『強さ』を強く印象づける見事な演出でした。
『こんなえげつない奴に、どうやって勝つんだろう』という疑問が大きくなればなるほど、その偉業が成し遂げられた時のカタルシスは大きくなるわけで、今回の無力感は痛みと同時に、今後への期待感を高めてくれる良い苦味だった……最後はちゃんと勝つよね?(描写のハードさに挫ける寸前マン)

現代編で店長と会話していた時の描写は、真犯人にたどり着くヒントの大盤振る舞いというか、アニメになると声優がつくからなかなか難しいよねとか思いましたが、もう半分終わってしまったのでこのくらい分かりやすくても良いのかなと思います。
『誰が犯人か』というフーダニット要素に目星がついても、『スケープゴートを必ず用意する犯人を、どう追い詰めるのか』というハウダニット要素にはまだまだ彫り込む要素があるタイミングなので、視聴者の疑問と興味を絞り込むためには、むしろ妙手なのかもしれない。
過去に対しては殆ど何も出来なかったし、現在に帰ってきても苦しい戦いが続く悟は、一体どうやって巨大な敵を倒し、正義を達成するのか。
その手段と経緯が一番ドラマチックで楽しい部分だと僕は感じているので、そこに集中させてくれる今回のヒント、思い返すとなかなか有りがたかったですね。


今回は二度目のリバイバルが発動したわけですが、帰ってきても状況は良くならず、というかどんどん追い詰められていました。
この『異能力を発動しても、別に都合よく事態が解決しない』『しかしこの異能力なしでは、事態を改善できない』という二律背反性と中立性こそが、悟というキャラクターに共感するための重要な要素だと今回再確認しました。
彼のしんどい人生を観ていると、リバイバルという特別な能力を持っていても全く羨ましくならないし、それでもリバイバルに頼らなければ悪意の迷路を抜けられない状況に、同情し共感してしまう。
特殊な能力に浮かれるでもなく、かつてそうだったように呪うでもなく、一切の余裕なく真剣に、取り戻したい時間のために必死に戦う悟の姿勢は、凄く誠実で行為に値するわけです。
祝福でもあり呪いでもあるリバイバルを時に使いこなし、時に振り回されながら進んでいくこの物語が、どういう形になっているのか。
よく分かるエピソードだったなぁと思います。

また、リバイバルによる運命改変モノとしての側面を持っているこのアニメに大事な、『未来のチート知識』という武器を蓄えるシーンがちゃんと有ったのは良かった。
あまりにも敵が強いので、無手のまま過去に戻っても勝ち筋が見えないわけで、今回雑誌記事を確認したことで悟のか弱い武器庫に弾薬が装填されたのは、厳しい展開の中での一筋の光でした。
わざわざ描写を入れたってことはこの小さな武器を活かす展開が待っているってことであり、これをどう活かし、どう料理するのか手腕が見たくなる描写でした。

キャラクターを甘やかさず、同時に最大限の敬意を持って試練を与えるこのお話にふさわしい、良い折り返しだったと思います。
魂の根本を同じくする同士たる愛梨も印象的に描かれてましたが、まさかの実家大炎上で一体どうなるのか、余談を許しません。
キャラに『頑張れ!』と声援を送りつつ、急速に展開する物語にドキドキしつつ、毎週楽しく辛い思いが出来る。
創作物が絵空事だからこそ出来る楽しさというのを、立派に表現しているアニメだなぁと今更ながら感嘆させてもらうお話でした。
頑張れ悟、俺はお前が好きだ。