イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

アキバ冥途戦争:第10話『メイド心中 電気街を濡らす涙雨』感想

  豚に真珠と笑わば笑え、切った張ったのメイド稼業に点る灯火恋心、冷たい雨が涙を濡らし戻る裏路地血の小路……行きはよいよい、帰りは怖い。
 御徒町と末広、意識的に伏せ札にしてきた二人のキャラクターを起爆剤に、嵐子に当たり前の幸せの香気を一瞬嗅がせ、血塗られた運命に引き戻させる回である。
 これまでのトンチキな狂騒が嘘のような、しかし確かにこの静かな苦さがずっと作品の底にあったような、萌えと暴力についての最終章開幕に相応しいエピソードであった。

 萌え萌えキュンはキツすぎる、刑務所帰りの三十五才。
 トウの立った殺戮マシーンの無骨な態度とメチャクチャな暴力で大笑いしながら、もう10話。
 『万年嵐子が好きだ』というところから、今回の感想を始めたい。


 嵐子は一本気で古風な侠客であり、どうしようもなく間違えてしまった過去に呪われ、刑務所に閉じ込められて時代に乗り遅れ、行くも帰るも叶わぬ迷い人だ。
 なごみがいっぱしのメイドとして自分なりのスジを、ねるらちゃんと愛美の血で刻む旅路の隣に、ルームメイトとして同僚として寄り添い、その純粋さに失われた過去を見つめ、仲間を守ってきた。
 『キッツいわ~』と嗤う対象だったはずの彼女とこの物語は、気づけば不思議な親しみと可愛げをろくでもなさに織り交ぜて、こちらにしっかり届ける良いアニメに感じられて、当たり前の人間としての幸福を祈るようにもなっていた。

 だから、狂騒の秋葉を少し離れて上野、御徒町……末広との逢引を渋く楽しむ彼女の姿を見ながら、本当に幸せになってほしいなと、こんなクソみたいな街離れて北国で人間味ある暮らしをしてほしいなと、思わず願ってしまった。
 萌えの包装紙でヤクザ実録を包んだこのアニメ、そんな願いこそ絶対叶わず裏切られると少し考えれば解るものを、甘い夢を見た。
 それはなごみと共に暮らす中で、メイド以外の当たり前な幸せを微かに感じ、あの時死にきれなかった任侠の亡霊として街をさまよう以外の生き方に、確かに胸ときめかせた嵐子と、どこか似通った心境だったと思う。

 そうなって良いくらい嵐子は傷だらけで生きてきたし、それを癒やす真っ当な幸福は、狂いきった秋葉原にはない。
 だから夢が育まれる末広との逢引は、どこかノスタルジックな旧世紀末の気配を残して、上野近辺のローカルな手触りを良く残して描かれる。
 存在するはずのないメイドカフェと、もっと存在するはずがないドヤクザメイドが、イカれた衣装に身を包んで欲と血に塗れる、もはや見慣れたアキバではなく。
 再開発前の垢抜けない電気街に、しかし確かに宿っていたあの場所特有の匂いを、今回だけは暴力を遠ざけて懐かしく、描きなおしたのだと思う。

 思えば”萌え”なるものも、徒花と咲き誇って最早遺物であろう。
 萌え萌えキュンのコッテリした味わい、一方的に捧げて捧げて捧げ尽くす”萌え”手応えのなさより、確かにコンテンツと共犯者になって”推す”幻想のほうが、一般化し世間を塗りつぶした感じがある。
 古臭いヤクザ気質と、1999年には存在するはずもなく、2022年にはメインストリームにはない萌えという珍獣。
 終わりゆく存在は両方恋愛禁止で、恋をしてマトモに幸せになっていく道は、メイドには用意されていない。

 

画像は”アキバ冥途戦争”第10話から引用

 橋の下、裏路地、血飛沫、雨の中。
 殺し屋として、あるいはヤクザとして、返り血と業罪におぼれて生きてきたものに、表街道はあまりに遠い。
 嵐子も末広も御徒町も、15年前の因縁を重たく引きずりながら血塗られた道から出ようとして、出れないまま終わっていく。
 殺し、殺されのルールから嵐子は出ようとしてパンダの額を打ち抜き、そこで殺しておかなかったことが、御徒町がつけた始末を呼び込む。

 15年。
 非暴力の夢を信じていた少女が囚人生活を経て、乾ききった殺戮マシーンになるには……あるいは殺し屋が一瞬の夢をそのメイドから受け取って、自分の始末をつけようと願うには、十分な時間だった。
 パンダのきぐるみの中で時を止めていたと、自分で語っていた御徒町は結局、末広を”はじめてのご主人さま”と見初めて裏切られ、夢砕かれて遠く大路の輝きを見つめていた時からが、何も変われなかった。
 自分を裏切った殺し屋が、本気の恋に身を投げる覚悟だったのだと信じきれぬまま、放たれた弾丸もまた、15年前の重たい因縁に呪われている。

 川辺は生と死、表と裏の境目であり、古くは一般社会に生存を許されぬ被差別民が居住を暗黙されてきた場所でもある。
 そんな河原者の系譜がヤクザに繋がっているのなら、血塗られた過去を禊いで当たり前の幸福に旅立とうとしたふたりが、そこに立つのは納得のロケーションだ。
 流れる川には時が満ちていき、越えてはいけない運命もまたそこに宿る。
 なごみが象徴する、あまりにも眩しく真っ当な人間の幸福。
 それに憧れて、叶わぬ事だと諦めてなお手を伸ばした仕草が、末広を確かに萌えさせた。
 その始末が、裏路地誰にも気づかれぬ……しかし鉄火場をくぐり抜けた嵐子は否応なく、事故の騒音に混じった銃声に気づいてしまう、血塗られた決着である。
 あんまりにやるせなく、こうなるしかない必然でもあり……。

 

 

画像は”アキバ冥途戦争”第10話から引用

 涙を捨てた殺戮兵器に張り付いた涙雨は、先週の凪にも似た修羅の顔に燃えていく。
 修羅と修羅……因縁と妄執が絡みついてお互いを引き合わせるのなら、夜叉の表情で殺し合うことしか、もうかつての姉妹には残っていない。
 なごみがねるらという”姉”の血を飲み込んで、なお理想を捨てない光のメイド道を選んださかしまに、かつて間違え、今正しき道を銃弾で塞がれた嵐子は、欲望と暴力だけが支配するろくでもないヤクザ稼業に立ち戻る。
 純潔を意味する真珠は巨大組織に楯突いても、ようやく見つけた彼の萌えを貫こうとした末広の思いであり、それを捧げられるに足りる嵐子の可愛さだ。
 それは裏路地に叩きつけられ、涙雨に濡れていく。
 あるいは親殺しの謀略を練り上げ、野心にアキバを沈めた凪こそが、真心の価値が分からぬ……あるいは苛烈な暴力の中忘れてしまった、真の”豚”なのかもしれない。
 ここらへん、ねるらの血に沈んだなごみの名札と対比になっていて、かなりキレた演出だと思う。

 事の真相を知っても、嵐子は泣かない。
 人としての証は15年前に枯れ果てて、それ故刑務所にぶち込まれて時に置き去りにされ、それでもメイドを止めれずアキバに戻ってきた。
 ヤクザやる以外に、生きる術は知らない生粋の任侠。
 しかし”メイド”はヤクザの隠語ではなく、なごみが今まさに過剰なやる気で示しているように、確かに殺し合い奪い合い以外の……萌え萌えキュンな何かを宿してもいる。
 そこに、男も女も夢を見た。
 夢は夢でしかなく、メイドはヤクザでしかなく、何もかもが冷たい雨の中に終わっていく。

 出戻ってロッカーの前、目の前に拳銃。
 結局そこに帰ってくるしかない大事なルームメイトが、何もかも奪われて眼の前に立ち塞がる仇を……任侠を泥に落とした元凶を前に修羅に戻る時、なごみはどうするのか。
 萌えと暴力について語り切るには絶好のシチュエーションが、数多の血と銃弾を薪にして静かに燃えだした。

 全てを焼き尽くした後、立っているのは誰なのか。
 このお話は、一体何を語るのか。
 次回も、大変楽しみである。