イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

プロジェクトセカイ カラフルステージ感想:弓引け、白の世界で

 長らく”不可触領域(アンタッチャブルレイヤー)”だった弓道部の二人に、深く切り込む混合イベスト。
 ……というにはあまりに静謐で、大きな変化も豊かなドラマもなく、朝比奈まふゆがいつか日野森雫に手渡した優しさの欠片を、立場を逆に手渡し返しただけの、当たり前の雪の日のスケッチであった。

 空っぽな中身を誰かが求めるままの完璧で覆い隠しているまふゆが、その殻のまま差し出した思いの虚しさに、完璧を演じきれなかった雫は気づかない。
 しかし同じ部活の仲間として時間を共有する中、完璧な殻から漏れ出す一瞬に敏感で、鋭敏だからこそ色々気にかけて踏み出せず、そんなありきたりな過去の逡巡を、ずっと気にかけている。
 今回描かれたのはなんでもない、何にもならないかもしれない一瞬のふれあいで、雫が受け取って返したかったものはあくまで心の入らない嘘で、返ったものが誰もいないセカイに何かを芽吹かせる保証など、どこにもない。
 それが、ニーゴではなくモモジャンの日野森雫が、”完璧な優等生”を必死に震えながら維持している朝比奈ましろに差し出せる、精一杯の傘だ。

 

 ニーゴの面々は”素”のまふゆをよく知っていて、その虚ろが致命の寸前まで突き進んで、危ういところでギリギリ維持されてる現場に立った。
 世の中の大半の人が知らない、お母さんに知られないよう必死に隠し続けている殻の中の虚無を、同志として特権的に知り得ているユニットの仲間。
 雫にはそんな鍵は渡されていなくて、完璧でありたくてなれなかった彼女が知っているのは、優等生の義務として半ば自動的に助けてくれた同級生が、時折ひどく辛そうな顔をする、ということだけだ。
 その内側に何があるのか……なにが無いかを、雫が知ることはない。
 少なくとも、今は。

 優等生の義務のように手渡された優しさは、しかし悩み苦しんでいた雫の人生に確かに突き刺さって、倒れきるギリギリのところで彼女を支える杖になった。
 それがあったからこそ一度夢破れてなお、姿勢と心を正して新たな一瞬に三昧できる”モモジャンの日野森雫”になれた事実を、雫はけして見落とさない。
 だからその恩返しをしようとして、真っ白な雪の日に手を差し伸べてましろの心に触れる。
 それが、空疎な中心に触れることはない。
 特別なセカイを、秘密のユニット活動を、共有しないただの同級生が、冬の弓道場よりも更に寒い自分の家に帰りたくない時、そんな自分を見つけて手を差し出してくれたことを、まふゆはいつか思い出せるのだろうか。
 特別ではない穏やかなふれあいの中で、それでもまふゆが気づかず差し出していた優しさが、たしかに誰かに届いて自分に返ってきていたことを、覚えているのだろうか。
 日野森雫が、そうであったように。

 

 今回のエピソードは、この一瞬のふれあいを経てそれぞれのユニットに帰った後、続く未来で真価が見えてくる気がする。
 お互いの青春が荒れ狂わせる試練に向き合う時、隣りにいるのはユニット仲間であって、ただの部活仲間なんかではない。
 しかしその特別ではないふれあい、お互いの真実に深く触り合わない関係の中にも、確かに交換される優しさがあった。
 それは雪うさぎのように日差しの中で溶けて消えて、しかし思い出の中に確かに残る……かもしれない。

 古巣との共演で嵐が約束されてる雫にしても、母との関係に解けない難しさを抱えるまふゆにしても、何の支えもなしでは立てない厳しい場所に、少女たちは晒されている。
 その時……そしてその後更に続いていく物語の中で、今回かすかに、たしかに触れ合った温もりを思い出せるのか。
 二年生の冬まで完璧な殻を維持し続け、蘇りつつある柔らかく疼く心の震えが表に出て、グラリと揺れた朝比奈まふゆの一瞬。
 雫がそれを見逃さなかったことは、彼女の心の中の雪が溶けて、不安定な春が近いことを、結構強く知らしているように思う。
 それは自分の心を殺して生きてきた少女が人間に戻りつつある産声で、望ましいと同時に、危うい雪崩を引き起こすだろう。

 その時、雫がただの部活仲間の自動的な優しさに縋ってギリギリ、生き延びたありがたさを忘れなかったように。
 まふゆもこの雪の日のふれあいを、思い出してすがるのだろうか?
 そうあってもいいし、そうでなくてもいいな、と僕は思う。
 人には様々な深度のふれあいがあり、それぞれ個別の絡み合いと思い出と思いが積み重なり、複雑な色合いでそれぞれの雪が、人生に降り積もっていく。
 どんな景色が生まれるかは、良く分からない先の景色だ。
 だからこそ、このありふれて通り過ぎていく一瞬のふれあいが、朝比奈まふゆと日奈森雫の間にあったこと……運命に選ばれたユニットの特別な関係の外側に、小さく確かな優しさの交流があったことが、僕はなんだかとてもいいなと感じた。

 そういう、どんな形になるか分からない、小さく綺麗な繋がりも確かにはあって、そんなモノを編み上げた命綱を握りしめて、完璧さに殺されかねない世界を皆が生き延びているのだと思う。
 プロセカの語り口は長いスパンを見据えて結構ゆったりしているので、何がどこでどう芽吹くかは、さっぱり読めない。
 二人きりとても静謐な雪の中、お互いの心に埋め込まれた優しさの種が、いつか芽吹いて繋がることを祈りながら、続きを待つ。
 燃え盛る運命も、生まれ絡み合う特別さも微かながら、とてもいいイベントストーリーだと、僕は思った。