微かな奇跡が暴く天使の素顔、ヒューマノイド・タイフーンのオリジンが描かれるSTAMPEDE第8話である。
『俺たちは過酷な運命と過大な力を背負わされたクソガキ共を、運命でしばき倒すッ! そこから搾り取った血と涙で、かけがえない物語を描くッ!!』という、スタッフの気合いと性癖がもはや隠せないレベルに高まってるこのお話。
かわいそうな少年兵達が生きたり死んだり、死ぬより酷い目にあったりする筆先が主役に伸びてきて、惑星移民船団SEEDS壊滅の原罪を生き延び、やっと家族と我が家を手に入れたヴァッシュくんが、奪われるために与えられるエピソードでした。
ぜってぇ死ぬだろルイーダさん……ああいう優しくて芯のある折笠富美子声(最高)は、大概死んじゃうんだよー!!
ブラドとのツンデレ生活もチャーミングで良かったけど、『色々酷いことも言っちまったけど、俺たち家族だかんな!』で爽やかに終わらないことは、現在ヴァッシュの失われた腕が無言で未来を語ってるっていうか、なんていうか……。
ナイヴズの罪と願いが暴かれるだろう次回に続く、人間的な……あまりに人間的な回だったと思います。
バカでけぇ構造体を壮大に映す時と、ナイーブな心象を情景に照らす時特に筆が冴えるこのアニメ。
ヴァッシュ魂の遍歴を追う今回は、これまで描かれた(時間軸的には未来にあたる)場面が既に終わった過去と繋がり、モチーフの再登場により作品内部の意味体系がより深く、切なく編み上げられていく話数である。
独立型プラントである自分たちを心から愛してくれたレムが差し出した、ただの食料ではなくまごころの現れである(からこそ、食べなくてもいいのに食べる意味がある)人間の食事。
誕生日パーティの思い出は炎の中に消え去り、ヴァッシュは未来においてそうするように、殺戮に狂う兄弟を高く遠く、手の届かない距離で見上げる。
人間の目線にとどまり殺しを拒絶するヴァッシュと、より現実的で短絡的な解決法を選んだナイヴズとの断絶は、燃え盛りながら遠い。
ホープランドの小さな奇跡がそれを少しでも縮められたかは、悪夢の先に続く現実という夢……あるいは新たな悪夢が覚めた後に解ってくることだろう。
プラントとしての異能、人類の敵対者というアイデンティティに迷わないナイヴズは、その刃翼で暗い絶望を広げていく。
ただでさえ過酷な世界に生存を拒まれている人間の、ちっぽけな命と心は風前の灯のようで、しかし闇の中確かに燃えている。
街が引き裂かれた後にも光る星空、あるいは寄る辺なく舞うワムズの輝き。
これまで描かれた導きと同じように、絶望と罪悪感に喰われたかけたヴァッシュを追いかける光は、闇の只中でか細い。
それでも、光はそこに有る……と考えるべきなのか。
すがれるのは、その程度のものでしかない……と考えるべきなのか。
過去と響き合う演出と同じくらい、今回は手と食事を用いた人間関係の変化が鮮烈なエピソードだ。
絶望に閉じこもったヴァッシュにルイーダは手を差し伸べつつ、触れることは叶わない所から、独立型プラントと人間の新たな関係は始まる。
レムを失った今人間のふりをする意味はなく、沢山の人を殺した罪が人間らしい幸せを追い求める価値を奪う。
だから、人間の食事には手を付けない。
大罪の共犯者である以上人の幸福は遠く、人類生存のための機械であるプラントとしても、何も生み出せない欠陥品。
それでも生きていて良いのだという約束を、兄ナイヴズの手……に添えてしまった自分の手で血に汚してしまった以上、ヴァッシュ少年が誰かの手を取るのは難しい。
それでも砕かれた残骸の中に願いのかけらは残っていて、ブラドは厳しい状況の中必死こいて生存者を探し、レムの遺品を探してきてくれる。
けして油断することなく責務を果たし、慎重にヴァッシュとの距離を探るブラドの描き方はかなり好みで、初手から好感度高めなルイーダといいコンビだと思った。
彼のように『やるべきこと』を優先して実務に励む人がいるからこそ、レムやルイーダのような『やりたいこと』を大事にする者の優しさが意味を持ってくるはずで、それは何もかもが終わった後に続くこの地の果てでも、同じなはずだ。
ブラドが探り当て、ルイーダが差し出してくれた思い出の写真を間に立てることで、ヴァッシュはようやく誰かの手を取れる。
それが罪にまみれた牢獄の中、鉄の外壁に日々を刻む意欲を蘇らせて、ヴァッシュは迷いながらも生きることを選んでいく。
生きてしまっている以上人は生きようとしてしまう事実を、砕かれても消えてはいなかった思い出の残骸を掴むことで、ヴァッシュは認めたのかもしれない。
それを実感できているから、幾度絶望に晒され”現実的”な死のニヒリズムに踏みつけられても、生きて守る道を諦められないのだろか。
それが嵐の中ではあまりに脆く、か細い希望なのだと、多分この先に続く思い出も描くんだろうなぁ……。
マージでSTANDARD、巨大すぎる運命に飲み込まれ人生めちゃくちゃにされたガキ(と、そっから身体だけデカくなって傷がなんも治ってない兄ちゃん)の魂を残酷なハンマーで叩いて伸ばして強度検査するのに、一切の躊躇いがない。
今回のエピソードはヴァッシュの代名詞である真紅のコート、その起源を語る物語でもあるので、”赤”は非常に印象的だ。
それは”決意”を花言葉とするコートの色であり、大地に流れて消えていく血の色であり、生存を脅かす危機の色であり、砂漠の惑星に沈む夕日の色でもある。
残骸から蘇ったレムの志を受け取る形で、ルイーダが伸ばした手が牢獄を開け放ち、ヴァッシュはその手を取って同族たるプラントと心を通わす。
その仕草は、遠い未来でサンドスチームの暴走を止め、ウルフウッドの故郷とプランとの命を救う祈りと、ほぼ同じものだ。
何も生み出せないはずのプラントもどき(つまりは人間もどき)が、ガラス越し手を重ねることで生み出させる希望と命。
ヴァッシュをプラント技師にした意味が、どんどん濃くなっていって面白い。
独立型プラントだからこそ、もはや製造も補修も難しいロストテクノロジーとなった奇跡の苗木と心を通わせ、絶望にしがみついて生き延びる人達を助けることができる。
差し出された食事を食べきり、人間のふりをする人間もどきとして、人の間に混じって生きる決意をみなぎらせもする。
牢獄を出て生きがいを見つけたヴァッシュは、ブラドに”監視”されながら背丈を伸ばし、砂漠で”人間”が生きていくなら必要不可欠な水を差し出さる。
それを掴むことで、ヴァッシュはブラドとも……ブラドはヴァッシュとも手を繋ぎ、心を通わせていく。
事程左様に、このエピソードにおいて掌は連帯のメディアとして描かれ続けているわけだが、その腕が未来では打ち砕かれ、鋼鉄の義手になっている事実がまたこー、やるせない気持ちを強くする。
人と人、プラントとプラントが繋がるための架け橋が、一度(たぶん兄の手によって)ぶった切られ、それはナイヴズの暴走に届かない……って話だからなぁ。
壁にはられた無数の写真は、レムとの思い出が残骸から蘇った後、”プラント技師”ヴァッシュが彼なりの喜びを、人と交わりながらしっかり作れたことを示す。
しかし埋もれて消えたはずの罪もまた蘇ってきて、ヴァッシュは差し出された真紅のコートを置き去りに、白装束に身を包み直して決着へと進み出す。
掘り返された罪が不和を生む瞬間を、聞き届けてしまったヴァッシュのナイーブな表情は、このお話が持つ審美的サディズムの最高峰ともいうべき表現で、無茶苦茶に良い。
良くないけど良いの! 困っちゃうねッ!!
ヴァッシュが地上に突き落とされた時の衣装に戻り、レムとの思い出だけを抱えて荒野に進みだしたのは、彼の精神状態が過去に巻き戻り、孤独と絶望にもう一度飲み込まれようとしてる状況を可視化する。
潰えては蘇り、起き上がっては叩き潰される繰り返しは現在時間軸でも繰り広げられ、前回ようやくその輪廻の先がかすかに見えたわけだが、ヴァッシュはせっかく掴み、握り返した掌を突き返すことで、世界でたった二人の兄弟であり、人間世界を食い殺す怪物でもあるナイヴズを殺す道に進んでいく。
そこに(レムのように)寄り添おうとするルイーダに伸ばした手が、ブラドは制止でも拘束でもないのだと告げる。
それはヴァッシュに言うべき言葉を、差し出すべきまごころを伝えられなかった、不器用で誠実な男が託した願いであり、本来何もかも幸福に決着し、ハッピーエンドの先で堂々伝えられるべき思いだ。
それが収まるべき所に収まらなかったからこそ、ヴァッシュはナイヴズに追い立てられあるいは追いすがり、安住の地を探し続けてもいるのだろう。
夕日の荒野に進みだした少年の姿は、その始まりといえるか。
レッドシグナルに染まるプラントが見下ろす場所で、ヴァッシュはやはり遥か遠く、自分と同じように育ったナイヴズを見る。
彼が過ごした五年間、あるいは五年前の兇行の裏にあったものが暴かれる時、ナイヴズもまた手ひどく傷つけられた痛みを抱え込んだ子どもであり、人間側の視点では見えていなかった惨劇が見えてくるのだろうか。
ナイヴズが人類の敵やってる理由が解ると、傷ゆえに優しい大人になれないガキが、同じく傷まみれの図体だけでかいガキを量産している地獄絵図も鮮明になって、作品の地獄絵図っぷりもより際立ちそうだ。
やっぱSTAMPEDE、過大な異能を背負わされた子どもの物語っていう角度から、”トライガン”を切り取り直した話っぽいよなぁ……。
原作のメインカメラとは画角もトーンも大きく異なるとは思うけど、やっぱ好きだなこの描き方。
赤い土壇場で再び出会い直した運命の双子が、選び取り続く未来とは。
そこで砕かれるもの、繋げない掌、刻まれる残酷をどう書くのか。
次回も大変楽しみです。