イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

江戸前エルフ:第2話『いこうぜ、もんじゃストリート』感想

 自堕落エルフが令和の月島を征く!
 新感覚神様共存日常系アニメの第二話は、ドンドンひろがるエルダの世間をもんじゃで描くエピソードである。
 第1話が神殿の奥の方でもって、小糸とエルダの関係性にフォーカスした話だったのに対し、今回は小柚子ちゃんだの高麗ちゃんだの、ヒキオタ神がブルブル震えつつその真心に触れる新しい出会いが沢山あって、お外でバクバクもんじゃ食ってフィニッシュという、かなり開けたお話。
 『こういう方向にも話し転がしていくぞ!』っていうテストケースとしても、小糸ちゃんの人間関係を移入する形でエルダが月島の”今”を知ってく話としても、なかなかいい手応えでした。
 高麗ちゃんはナチュラルにハンサムだし、小柚子ちゃんは喋る度なんか頭の上にピコピコが出て可愛いし、場を賑やかす以上の魅力がサブキャラにあるのはええこっちゃな。

 

 

 

画像は”江戸前エルフ”第2話より引用

 つーわけでお世話巫の背後でブルブル震えつつ、新たな人間関係に岩戸を開けていくエルダの小動物っぷりが、大変かわいい今回。
 懐いた相手にはとたんに尊大でダメになるあたりかなり小型犬力が高くて、面白マスコットとしての完成度が大変良い感じなのが素晴らしい。
 このアニメ崩し絵が凄く良くて、へにゃへにゃSD顔をいいタイミングで出してテンポ作りつつ、美麗なマジ顔との落差で独自の面白さも出せるのが、良い呼吸だなぁと思う。

 外界を恐れるエルダは面白いことに敏感で、初見のハードルは高いが相手が歩み寄ってくれれば、図々しく手を握るにやぶさかではない。
 そういう面倒くさい気質にズカズカ踏み込み、新しい出会いを取り持ってあげてる現状に、小糸は自覚的ではない。
 神様らしいことは現状全然してないけども、江戸から綿々と続く地域史、文化史の生き証人として神座に鎮座ましまし、身近な神様として愛されてるエルダが、神様だからこそ縮められない距離。
 似合わぬブランドバッグをこれ見よがしにブン回す、俗物JKの小糸だからこそ手渡せる供物として、グイグイ前に出て”正解”ぶち当ててくる高麗ちゃんは、たいへん良い感じである。
 ガードが高い割に中身がグズグズなエルダが、二回目にして小糸好きすぎべったり甘えすぎで、めっちゃ距離近い(それにブツブツ文句言いつつ、小糸も全くまんざらじゃない)の、やっぱ良い。
 甘えんぼ永生者としっかり者定命の組み合わせは、ASI世界選手権でも定番のマリアージュだからな……。

 フツーの人間である小糸が媒となることで、カミはヒトの今を知り共に楽しむ。
 儀礼化した祝詞や神幣を供えるよりも、もっと身近で面白い神様と人間の繋がり方、それが生み出す生きたドラマがどんなものか、楽しく弾む回である。
 登校拒否児が親切なお世話担当に引っ張られて、自分なりの学園生活を作っていく構図だなコレ……。
 つまり高耳神社奥の院は、保健室登校の現場ということに……。

 

 

 

画像は”江戸前エルフ”第2話より引用

 奥の院にヒキってアップデートがなされない上に、永生者特有の時間感覚でズレが拡大していくけども、エルダは現代の技術や文化を全く否定せず、自分にとっては等質な過去の思い出と、上手くつなぎ合わせて受容していく。
 アマゾンで買い物もするし、食玩にはハマるし、戦後観光地化したもんじゃストリートに拒絶反応を見せつつ、携帯電話で新メニューを見せられればよだれも垂らす。
 このミーハーで腰が軽い所は、過去を絶対視して今を楽しまない悪い永生者仕草を、エルダと作品から上手く遠ざけてもいる。

 古くて新しい月島という街に、色んな顔で刻まれている時の流れ。
 その証人として過去に確かにあったもの、いま形を変えて継がれているものを教えるエルダの振る舞いは、いつでも生き生きと(そして神様らしくなく俗に)開かれている。
 オタクな気質に素直に、新しくも良いものには素直に飛びつく気質が、ヒキりつつ好奇心旺盛にネタに飛びつく元気を生んでいて、コレをエンジンにお話は元気に転がる。
 富山絵と食玩は江戸-令和のロングスパンで、新旧もんじゃは戦前-令和という比較的ショートスパンで、エルダが経験してきた色んな時間を欲望まっしぐらの爆走に上手く練り込んで、エルフの時間間隔をコッチに教える作りだったのも、なかなか良かったな。

 江戸時代の習俗を昨日のことのように語るエルダは、ともすれば現代を否定するヤバい神様になってもおかしくないが、実態は小清水亜美の声帯をした美少女ケロロ軍曹である。
 新星なる過去を体現するはずの存在がこうも明け透けで、フレンドリーに目を輝かせて”今”を楽しむことで、遠くぼやけている過去に架け橋が繋がれて、地域に確かに宿ってる歴史が身近に感じられるのは、とても優れた描き方だ。
 ダメダメなエルダに小糸が、一方的に”今”の良さを教えているようでいて、その実エルダが記憶している過去の面白さを、現在にすり合わせる形で学ばせてもらってるという、かなりテクニカルな構図でもある。
 ここら辺、教養エンタメとして巧妙だなぁと感じる。

 

 

 

 

画像は”江戸前エルフ”第2話より引用

 どこにでもあるファーストフード店で小糸ちゃんと高麗ちゃんが語らうところから始まって、座組を変えて小金井姉妹とともに、エルダが”今”のもんじゃをたらふく食べて終わる。
 奥の院に閉じこもったままでは得られなかった世俗の喜びを、たとえそれが永遠の上を通り過ぎる一瞬だったとしても、カミがヒトとともに楽しむ。
 そういう喜ばしい景色は古き月島でも演じられていたはずで、そんな繰り返す生活の平穏を願って、江戸を都に定めた家康はエルダを喚んだ。
 エルダ言うところの”家康くん”は東照大権現という勅諡号を受け取り、ヒトでありながらカミになって江戸の鬼門を封じているわけで、生きて守り続けてるエルダと面白い照応だよなー、と思ったりもする。

 カミという異物を月島という地域が、そこに生きる人々がどう受け止めるかを切り取った、日常ドキュメンタリーとしてもなかなか良い回だった。
 小糸がエルダを外に連れ出すのは、もんじゃが売りの良く整った観光地”にも”なることで、生活の場としての活力を失わないよう適応してきた月島の”今”をその守護神に教えてあげる行為でもあって、動かないカミサマやってるだけじゃ判らんことが、やっぱ沢山有るのだな。

 かくしてエルダが手に入れた新しい友達と、初めて知った月島の”今”。
 小糸が巫となり隣り合う中で、広がり見つけていく神籤な面白さは、どこか懐かしい空気をまとって過去ともつながっている。
 時間と空間に結びついた、この不思議で面白い縁を今後どう、このアニメが綴っていくのか。
 次回がとても楽しみです。