イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

【推しの子】:第8話『【初めて】』感想

 甘酸っぱい恋を売る夢芝居は幕を閉じて、子どもたちの人生が新たに始まる。
 恋愛リアリティーショー編完結、推しの子アニメ第8話である。
 第二の人生を謳歌するにも状況が異常すぎ、乾いた復讐鬼になるには情がありすぎる。
 何もかも半端で不安定な星野アクアの明暗に、激動のエピソードを気持ちよく着地させていく筆先が上手く絡んで、なかなかに味わい深い仕上がりだった。
 やっぱこのアニメ撮影がとびきり良くて、光の表現がありえんほど気持ちいいな……。
 様々な感情を吸い上げて明滅する、多彩な色彩を浴びているだけで脳髄が異様な状態に励起していくの感じるわ。
 絵のパワーだけで見てて『ギ、ギンモッッジィ!!』ってなるアニメは良い。

 

 

 

画像は”【推しの子】”第8話から引用

 そういう表現力が、複雑怪奇なドラマをしっかり下支えしている噛み合い方も、また『ギ、ギンモッッジィ!!』なんだけども。
 星を瞳に宿し、アイを降ろしてアクア攻略を狙うあかねの芝居は、狙い通りアクアの心を揺らしていく。
 それは転生者の裏事情など知る由もない……エミュレーションしても流石にそこまではたどり着けないあかねが見ている、計算高いようでいて純情極まる十代の恋心とは、また違った非対称だ。
 自分を守るために奔走してくれた少年が、その実人生二度目の業に縛られた中見オッサン……になりきれない、妙に青く煮えたところを残す激ヤバ人間で、”アイ”を目の前にした時漏れ出す人間らしい中身には、憎悪と殺意が黒く混じっている。
 そういう秘密を、二人は共有していない。

 凡才を自称するアクアにはたどり着けない、星野アイというミステリ。
 ”アイドル”という産業が謎と文脈を読ませ、終わらない追いかけっこを続けることで機能しているのだとしたら、死んでなお謎を山程残したアイはまさに究極のアイドルなのだろう。
 母として幸せな日々を過ごしつつも、過去や家庭に繋がるヒントを何も出さず死んでった、永遠の推しであり守るべき患者であり、愛してくれた母でもあった人。
 その漆黒の仮面を引っ剥がして、真実にたどり着かなければアクアの願いは敵わない。
 母の、推しの、見たくもねぇスキャンダルを底の底まで暴露しないと、求めるものに行き着けない……しかも自分には推理と演繹の才能がないってのは、アクアにとってかなり大きなストレスだろう。

 

 

 

画像は”【推しの子】”第8話から引用

 そういう生身の感情にリアリタイムで揺さぶられる、制御が難しい主体性をどうにか落ち着けるべく、アクアはかなちゃんを便利に使う。
 文字通り言葉のキャッチボールを重ねながら、その相手として自分だけを選んでくれた特別さにかなちゃんの世界は華やかに色づき、沈んだ色合いに満ちた憂鬱を吹き飛ばしていく。
 嘘っぱちと分かりつつも、好きな男の子が誰かといい雰囲気になるのを見せつけられて、青信号に進み出せない気持ちをどこにぶつけたものか。
 世慣れた外装とは裏腹に、かなちゃんの中身は切れば赤い血が吹き出すほどに純情で、アクアと気持ちをぶつけ合う体験はその眩さを、大きく世界に広げていく。

 ここでもアクアと彼を好きになった女の子の距離感はねじれていて、あかねへの感情が一体どこにあるのか、転生の器に引っ張られた気の迷いではないのか、確認するための”壁”として便利に使われている事実を、かなちゃんは当然知らない。
 転生者としての異常な状況、復讐者としての秘密を抱え込んで、アクアは極力他人を好きにならないよう、自分の内側に踏み込まれないよう、クールに振る舞っている。
 しかし彼の行いは熱く誠実で、その真心に助けられた子たちは当然の帰結として、アクアのことが好きになる。
 そしてアクアは、彼のことが好きな女の子たちに時折、道具めいた扱いを(目的達成のため、少女たちを傷つけないため)巧妙に隠しながらぶつける。

 『復讐とか転生とか秘密とかは一旦横において、そういう気持ちが自分に向けられてることに、どういう態度で挑むのが人の道かって聞いてんの!』って感じだが、ここで非情にも人情にも徹しきれない所がアクアの半端さであり、作品を駆動させる結構大事なエンジンなんだと思う。
 15歳の激情をそのまま真っすぐに生きられる、恋に恋する乙女たちと自分は違う存在だと距離を取りつつ、彼女たちが困っていたら手を差し伸べてしまう。
 その善性に従って生きていたら、謀殺された母の仇なんぞとれるわけがないから凡人なり頭を使い、他人も自分も復讐の道具にしようとして……徹しきれない。
 ヌルいしキモいこの塩梅が、青春物語と復讐譚のハイブリッドであるこのお話を動かす大事な心臓だ。

 その半端さに翻弄されるかなちゃんは、まったくご愁傷さまだけども。
 色と光でもって、弾む乙女の心を演出してくる手際が大変良いだけに、かなちゃんマジでかわいいだけに、アクアの鈍感と不義理がマジ許せねぇよ……。
 そういう人間の柔らかいところを直視できる視力を自分に許してしまったら、色んな人を巻き込み不幸にする復讐なんて完走できない、脆くて普通のにーちゃんだって話でもあるけど。
 怪物に魅入られてしまった男が、殺されてなお愛に囚われ、舞台と復讐っていう二つの向いてない道を突っ走る話だよなー……。

 

 

 

画像は”【推しの子】”第8話から引用

 カメラの中の芝居としての恋、あかねちゃんの瞳に宿ったアイ、アクアの瞳孔に突き刺さったその才。
 嘘と本当が何重にも絡み合う現場で、アクアは黒川あかねを真実の調査ツールとして保持するために、その唇を盗み取る。
 俺は地獄の復讐鬼!!
 ガキの純情カメラの前で奪って、いたいけな恋心を弄ぶのもお手のもんよォ!
 ……他人を心のないモノとして扱う態度を自分に強いているけど、その極限が理想を勝手に押し付け裏切られたと絶望して、物言わぬ死体に人間を変えるストーカー殺人なわけで、自分が復讐したい相手と同じ人非人領域に頭からツッコんでいくの、マジどうかなと思います。
 こういう態度を選ぶことで、アクア自身が他人を大事にできない自分にどんどん近づいていくのが、ビシビシ矛盾軋んでていい感じよ。

 他人を道具扱いして便利に使えるのが大人の証明ならば、芸能界はその発行所だ。
 アクアの眼光に真心をぶっ刺され、結構ヤバいネタが世間に漏れ出すのを認めたディレクターが、”悪い大人”を自称しながら子どもたちに助言するその現場に、アクアはいない。
 酒、契約書、煙草の吸殻。
 露悪的な手触りで描かれる大人の証明に包囲されながら、アクアは自分に向いていない仕事を完遂した報酬を、喧騒から遠い場所で受け取る。
 毒杯は、既に飲み干したのだ。

  ……っていうには、ヌルくて柔らかいモノを抱えすぎてんだけどさぁアクアくん。
 かなちゃんとキャッチボールした気持ちも全部ウソではないだろうし、道具として使いつつ本音を混ぜてしまう半端が、不器用な人間味として意図せず人を引き付けてもいる。
 子どもたちの思いをカス入れに放り込む薄汚い大人の、同類なのだと賢しい顔を突きつけてるワリに、ひどい嘘を選んだ自分の罪を客観視も制御も出来てない。
 医師免許貰える程度にはお頭も良く大人であるはずなのに、『器に引っ張られてる』では言い訳効かない青臭さがアクアには残っていて、それが世知辛い世間に翻弄されつつ夢を見る、若い子たちの話の主役には必要なのだろう。
 人生諦めきった転生者が、客観の怪物になって合目的主義で若造バクバク食い荒らす話だったら、ヤダ味凄すぎるもんな……。

 

 

 

画像は”【推しの子】”第8話から引用

 そんなアクアの内面が夜に溶け出したような、全てが終わって新たに始まる真夜中舞台。
 MEMちょの夢は夜ひらく……超常現象アイドルちゃんという夢に向かって、新生B小町三人目はあんさんやッ!
 仕事を通じて人品を品定めし、大事な大事な妹の側に置いても良い相手としてメンバー選ぶ仕事は、かなちゃんに引き続きアクアお兄ちゃんがやるんよな。
 この過剰な防衛主義は、アイをぶっ殺された反動なんだろうなぁ……。
 それにしたって夜が美しすぎるし、MEMちょが可愛すぎる……素晴らしい。
 ルビィのアイドル活動が大きく転換するチャーミングな爆弾を投げ込んで、お話は次回に続く!

 

 というわけで恋愛リアリティーショー編完結ッ! でした。
 黒川あかねという怪物を鏡にすることで、アクアたちが身を置いている場所の致死性の危うさとか、主人公の青臭い熱量とか、それと裏腹な道具主義とか、色んなものが浮き彫りにされた感じですね。
 鮮烈な演出でしっかり見ているものを刺すプランがしっかり機能して、ショッキングでドラマティックでエモーショナル……とても【推しの子】らしい章になっていたと思います。

 理想と現実、夢と復讐、過去生と現世。
 アクアがどういう矛盾の中に身を置いていて、その両極で引き裂かれてハンパな復讐に身を染めつつも、魂の奥底に何があるのか。
 そういうピカピカした地金をくすませる、至らなさと身勝手が危うく揺れてもいる様が、あかねちゃんとの嘘っぱちの恋に映えそうです。
 クソみたいな現実に若造の吠え声が爪を立てて、何かを生み出す。
 章ごとにスッキリ終わった感を出しつつ、より大きな構造を駆動させるのに必要なパーツは後に残してスケール感を維持する、語りの上手さも良く見えたわな。

 さて推論と再現の怪物を恋で縛って間近に置いた復讐者は、一体どんな道を進んでいくのか。
 お兄ちゃんがそんなカルマ濃いダークサイド歩いてるとはとんと知らない、ぴゅあぴゅあルビーちゃんのアイドル活動はどこに転がるのか。
 真夜中のMEMちょゲット……その先に続いていく物語、次回も楽しみですね!

 

・追記 必死にお芝居をして、好きな子の視界に入り続けるために努力を続けてる、恋する怪物の健気が俺は好きだよ。