夏が僕らを置き去りにするより早く、君を攫って旅路の先へ。
アクシデントすらも楽しい天文部夏合宿を、最高の友の来訪とともに描く君ソムアニメ第12話である。
1話勘違いして今回が最終回だと思っていたが、このアニメの穏やかな語り口にもう一話付き合えるとは嬉しい誤算。
次週二人の恋の行方にガッチリ付き合うためにも、友達との時間を今回余裕を持って描いてくれたのは、最後までこのアニメらしい歩調を保ち、丸ちゃん達の青春に突き合わせてくれる手応えを感じた。
やっぱ彼らが吸う空気の一呼吸、共有される心拍の一つ一つを手にとって確かめられる語り口が作品最大の魅力で、これが友情に同士愛、ほのかな恋心と多岐にわたって掘り下げられるのが、見ていて嬉しいのだ。
第8話においては辛い気持ちと紐づいていた豪雨だが、今回は伊咲ちゃんと二人笑いながら乗り越えられるイベントへと、その様相を変えている。
むしろあの観測回中止、バス停で涙を受け止めてもらった体験があってこそ、特別に近しい合宿の時間がある……といえるだろう。
ギシギシ揺れるボロ屋に怯え、古い雨戸を引っ張り出して、ずぶ濡れになって笑い合う。
食料の減り具合、明日の天気のその先を一緒に心配する、否応なく生活感覚を共有する合宿は、二人きりの特別な空気にお互いの気持ちを高めつつ、お互いの心と体を大事にした節度ある距離感で、優しく転がっていく。
そこで育まれるものに柔らかな熱が宿っていることを、雨の中距離を縮める二匹の蝸牛と、思わず触れ合う足先が豊かに語っているのが、なんとも微笑ましい。
『オメーら初日に引いた境界線はどうなってんだッ!』って感じではあるが、まぁしょうがないよ……確かめちまったからな、唇でよ!
ここにいつもの仲間が食料背負って、楽しく立ち寄ってくれる姿もまた良い。
この子らがいてくれたからこそ、丸ちゃん達の眠れぬ苦しさは和らぎ、二人きり危うく狭く手をつなぐような歩みから距離を取って、世界も広がっていった。
最高の夏を一緒に楽しみ、ウクレレを伴奏に共に歌う時間が、合宿が終わる前に描かれてとても良かったな、と思う。
この実感は作中のキャラクターもしみじみ感じ入っているもので、その手応えがそれをモニタの向こう、見守る僕らにもしっかり届く書き方なのが、やっぱこのアニメの良いところだ。
大親友が真夏の恋勝負に挑む前に、受川くんがあいも変わらずの人間力でひょっこり寄り添い、かつて憧れたスーパーヒーローが何故往年の輝きを取り戻してきたのか、その目で確かめる。
男たちが夕日に向き合い二人、何を喋るでもなく心を通じ合わせる場面には、伊咲ちゃんと向き合う時感じるとびきりの甘酸っぱさとはまた違った、気持ちのいい風が吹いていた。
やっぱ僕は受川くんがすごく好きなので、最終回一個前で彼のさりげない優しさ、心遣い、大事な人が楽しく過ごせるよう明るく寄り添ってくれるありがたさが、たっぷり味わえて嬉しい。
伊咲ちゃんには三人で、丸ちゃんには受川くん一人で、しかし人数の多い少ないに関わらず、人間の一番柔らかな部分を顕に共有できる友達がいてくれることは、とてもありがたい。
そういうありがたみを心底抱きしめればこそ、別れの瞬間は寂しい。
明るく手を降ってさよならする伊咲ちゃんが、心の奥底から追い出せない死への震えを間近に見つめて、丸ちゃんは思わず手を伸ばす。
自分の手が届かぬタイミングで大事な人が奪われる体験を、二度繰り返すのは耐えられない……という話でもあろう。
母に置き去りにされた辛さを吐露できたことが、大事な人を大事にしたいという気持ちに率直に向き合う強さを、丸ちゃんに取り戻させつつある。
それは受川くんがかつて憧れたスーパーヒーローが、紆余曲折を経て失われたものを取り戻し、ニ度失わないために色々頑張った旅路の、証明といえるかもしれない。
ここにたどり着くまでの色々があってこそ、今ここで共に食べる食事があり、気恥ずかしく赤らむ頬があり、その先に進んでいく未来がある。
楽しかった合宿を共に過ごした我が家を掃除し、食材を余すことなく食べきって、君をさらって夜の向こうへ。
丸ちゃん……やはりアツい男よ。
クライマックスの幕開けを告げる青春脱獄宣言の前に、しみったれた生活臭満載のじゃれ合いを挟んだり、しっかり飯食っていたり、生活をともにすればこそ生まれる間近な距離が色濃かったのは、とても良い。
恋人の距離感よりも先に家族の間合いに入り込んでしまっている感じもあるが、友だちになるよりも先に、眠れぬ夜を生き延びる同志になった二人としては、むしろ似合いの足取りかもしれない。
丸ちゃんは”ちゃんとする”事に呪われて、眠れなくなってここまで来た。
”ちゃんとして”さえいれば母が戻ってくるのだと、どこか祈るように身の丈に合わない靴を履き続けてきた彼は、病身の娘を心配する当然の思いをあえて振りちぎって、自分たちで作り上げた旅を、ちゃんと終わらせようとする。
誰かが決めて押し付けた正しさではなく、自分たちで選び作り上げ、食事の支度から雨戸の準備までやり切った先にある、納得できる結末を選ぶ。
それが、僕には何より眩しかった。
形の見えない圧力に押され、思い出せない苦しさと戦ってきた少年は、自分の好きな人を自分で選び取り、その子だけに”ちゃんとする”ために、ずっと行きたかった場所へと進んでいく。
その資格がしっかり彼らにあるのだと、合宿場の生活描写は優しく裏打ちしてくれた感じもあって、生活の息吹が深く青春と結びついているのは、とてもこのアニメらしいと感じた。
朝目覚めて食事を作り、洗濯をして学び遊び、共に笑う。
開放感にはしゃぎつつも、自分たちが何をして何をするべきではないのか、何が大事なのかを自分たちで見定める。
そういう力を、二人はもう手に入れている。
二人だから、多分手に入れられたのだ。
そんな彼らの夏が終わりに行き着く前の、幸福な一瞬を贅沢に切り取るエピソードでした。
ここでこの展開に一話使える、使ってくるのがこのアニメだと、幕引きを前にしっかり噛み締められたのはとても良かったです。
僕は丸ちゃんのアツさに惚れ込んでこのアニメに前のめりになったので、最終話へのヒキでそれがボーボー燃えてるのも、マジで最高。
けして焦ることなく、しかし力強く進んできた天文部の青春も、次回で一旦の幕。
どんなものを見させてくれるのか、最終話はとても楽しみです。