幻日のヨハネ、第七話にして遂に来ました、ラブライブ名物合宿回!
……ってテンション上げたい処だけども、異世界Aqours結成回なんだけども少女たちの触れ合いよりもまだまだ未熟なヨハネの内面、そこに寄り添うライラプスの視線に足場を置いた、結構内省的な仕上がりだった。
ここで浮かれたイベント感一本で突っ走らず、まだ保護者の見守りと指導が必要なヨハネの幼さとか、そこから身を乗り出して自分が本当にしたいこと、なりたい”私たち”に進み出す姿、それを沈黙の中見つめているライラプスの有り様などなど、妙に落ち着いたものを切り取ってくるのが幻日らしいなと思う。
この地道で叙情的な筆致は派手な爆発力には欠けるけど、ヨハネという少女(と彼女に良く似た友達)が何をためらい迷い、それでも頑張って自分と世界を変えていくか、丁寧に追いかけてくれる歩調だ。
だからこそ第3話で見せた派手なトンチキが現状浮きもするんだが……ヨハネがようやく見つけた『みんなで歌う』という夢がヌマヅ救済とリンクする中で、異世界バトル要素が生きてくる事もある……のかなぁ?
ライラプス周辺に濃い目の秘密が眠ってるのは既に示されているので、ここら辺を暴くと同時に話が加速すると、いい塩梅に納まる気はする。
そういう派手なうねりが、今回初の女子会にはしゃぎぶっ倒れ、海辺で犬と語らって自分を見つめ直した足取りと重なってくると、お話の到達点がもう一段階上がる予感。
夢への道筋が整って、こっからの後半戦をどう取り回していくかが大事かな。
というわけで、”女子会”なる華やかなイベントに似合わず、曇天を窓の向こうにウキウキと見つめる所から物語は始まる。
ヨハネの私室とその窓は、人見知りに閉ざされたりその外にかすかな希望を見たり、少女の閉ざされた内面と解放の可能性を切り取る定点観測値として大事に扱われてきたが、今回もその象徴的な意味合いは大きいように感じる。
幹事を任されたヨハネは窓に仲間のシルエットをなぞるほどに浮かれていて、しかし対人経験値が少なすぎて、頑張り方が上手くわからない。
バット職人として木を削り出すほど、総身にみなぎった気合をライラプスは心配して声をかけるが、拗ねるのやめてようやく頑張りたくなったヨハネはその優しさを跳ね除ける。
誘導や応援はしつつ、最終的にはヨハネの意志と決断に任せるようにしているライラプスが、文句たれつつ寝床に入るヨハネを見守る表情が、なんとも印象的だ。
嫌気と甘えが入り混じったヨハネの態度は、まんま思春期に差し掛かった少女が母へと投げかける言葉であり、自分が進むべき未来を半歩先見据えている賢い獣に、手を引かれるばかりではいられない苛立ちが濃い。
このじれったい態度はある種の成長痛というか、都会で誰かが自分を輝かせてくれるのを口開けて待ってた時代から、自分の目で故郷を見て自分の足でちょっとずつ進む段階へと進み出たからこそ、出てくる態度だと思う。
既に職業を得て己を確立している六人に比べ、人生経験値が少ないバブちゃんなので他人の頼り方、ふれあい方がいまいち解らず、自分ひとりで頑張りすぎてしまう見え見えの危うさを、ライラプスは『正しくない』とは言わない。
それはヨハネがヨハネである限り、あるいはヨハネがヨハネであるために、必然的で必要な間違い方だからだ。
一回ぶっ倒れてみないと、見えないものだって世の中にはある。
そういう場所に歩調を合わせて進み出す権利は、ヨソモノ人見知り部隊にこそ与えられており、マリちゃんとリコちゃんの距離が縮まっていく描写が今回濃かった。
やっぱ未熟な部分はキャラとしての伸びしろで、それを作中尺使って描けばこそ生まれるダイナミズムってのはあるよな~、と既にある程度以上人生の答えを得てしまっている他キャラみていると感じる。
今回ヨハネがぶっ倒れたのは、周りが彼女の幼さを上手く想定できなかったというか、”社会人”やれてしまっている自分たちの水準で必死に背伸びしてるバブちゃん扱っちゃった結果というか。
そこら辺のギャップを橋渡しできるのは、ヨハネと似た未熟を抱えてるリコマリだったんだけども、彼女たちも人見知り抑え込んで前に出れるほど強くなくて、尻込みしている間に限界が来た、という感じね
先回りして助け舟出せるほど大人ではなく、ちいさく震える心に肩を並べれるほど子どもでもなく、女子会を楽しみにしていたからこそテンション上がりすぎて大事なサインを見落とす仲間たちと、ヨハネの間にある距離。
今回の物語はここをダイレクトに埋めるのではなく、ライラプスにとりなしてもらう形で対処していく。
ここでAqoursメンバーでもギルキス仲間でもなく、でけー犬にこそヨハネの心に上がり込む特権を与えているのが、”幻日のヨハネ”らしい作りだなと思ったりもするが、楽しみだったからこそ頑張りたかった、そして頑張りきれなかったヨハネの幼さに寄り添うのは、彼女だけに声が聞こえる特別な獣の仕事だ。
ライラプスは母とも姉ともペットともつかない、特別で曖昧な関係でもってヨハネと繋がっている。
獣でありながら人語を喋り、しかしその導きはヨハネにしか聞こえない境界線上の幻獣が、そういう曖昧で柔らかな距離感を魂の分身と維持しているのは、僕にとっては作中でも一頭大事な部分だ。
自分を何より思ってくれる身近な誰かを、大事にできる自分であること。
ライラプスと率直な優しさで繋がれるヨハネであることは、上手く行かない世の中に拗ねるのではなく、心弾む何かに真っ直ぐ進める在り方を守り、世界を変える魔法に手を届かせる条件だ。
夏休みの宿題を終えて、夢と理想に正面から向き合える自分に変わっていくためには、ヨハネは己の分身たるライラプスを鏡に、自分がどんな存在であるかを掴み取っていく必要がある。
彼女が頑張って背伸びし、自分を助けてくれた職持ちの仲間へと手を届かせようとした場所より、少し幼い情景がヨハネの現在地だ。
お砂遊びを必要とする、幼く未熟な自分を認めるためには、隣に優しく寄り添ってくれる誰かが必要になる。
この特別なポジションをアニメ美少女ではなく、デケー犬に明け渡しているのがこのアニメで、そういう所が僕は結構好きだ。
ライラプスと二人きり、柔らかな姿勢でリラックスして寝そべる時間が必要なヨハネは、友達が集まって笑い合う場所から少し遠く、自分がどんだけ頑張れないか……そして頑張りたいかを確認する。
”女子会”に弾む心を、『世間一般ではこうするもんだ』という常識に縛られるのではなく、相手を信じて素直に伝える。
微かな勇気を抱えて一歩を踏み出し、ライラプス以外にも心の弱さと柔らかさを預けて、一緒に進めるようになる。
そういう正しさに踏み出すために、ヨハネはまだ大きな獣のぬくもりに抱かれ、ハッキリしない心を砂に遊ばせる時間を必要としている。
……心の発育段階としては、ヨハネ相当幼い所で止まってたんだと解る回でもあるな。
かくしてファンども待たせたな!
真夏の御用邸で思う存分キャッキャウフフ、美少女アニメっぽい絵面でサービスサービス!! である。
しかしこの触れ合いの当事者ではなく、遠くから見守ってるデケー犬こそがこの変化の起因になってるのは、やっぱこのアニメの特殊なところだろう。
ぶっ倒れるまで合宿上に顔を出さなかったのは、ライラプスがヨハネの超自我として”正しさ”を体現して、現場にいてしまえば間違えて学ぶ段取りを崩してしまうから、襖の奥に封じられてた感じすらある。
ライラプスと二人で進んでいく指摘で内面的な足取りは、まだまだたどたどしいヨハネの足取りに必ず必要なんだけども、同時にヨハネが望むヨハネであるためには、ライラプスが語りかけられる閉じた結界の中から、ヨハネを徐々に出していかなければいけない。
だからライラプスは頑なさや愚かさも引っくるめて、ヨハネの全部を見守りつつ、必要なタイミングで致命傷にならない程度転ばさせて、実感のある学びを誘導している気配がある。
この間違えなさ、惑わなさは超自然的存在としての存在感にも繋がっていて、ファンタジーとしてのコクを生み出してて好きな部分でもあるな。
俺は導きの獣には、圧倒的に正しい存在であってほしいから……。
しおりに分厚く刻むほど、心待ちにしていた楽しい時間を取り戻して、ヨハネは仲間たちに率直な気持ちを打ち明ける。
浜辺で自分にだけ囁いていた気持ちを、より開けた場所で多くの他人に告げれるようになった妹/娘/もうひとりの自分を見届けるライラプスが、しっかり切り取られているのが印象的だ。
ヨハネが作中作り上げた成長を、堂々吠えるポジティブな見せ場にしては、ライラプスを覆う影は不穏かつ不鮮明で、霊獣がどんな気持ちでヨハネを見ているかは、これまでと同じように読みきれない。
後ろを向き、鏡に反射する自分だけを見つめていた視線がチカの一言でひっくり返って、自分が怯えているよりも遥かに強くヨハネを愛してくれている友達に向き合い、鏡像は少女の成長に置いていかれる。
窓ガラスの鏡を印象的に使ったここの演出は、”SUNSHINE in the MIRROR”らしくて好きだ。
ヨハネが卒倒するほど追い込まれた『世の中、こういう事をしなければいけない』という規範意識の鎖や、肥大化した自意識、自分が望むものを真っ直ぐ見れない歪みと弱さ。
暗い鏡には尊大なくせに臆病なヨハネの内心が映り込み、都会に出て負け帰ってきた惨めさしか見えていない。
しかしチカの一言が、それでも挑戦して何かを見つけたのだと過去を塗り替えて、新しい価値観へとヨハネを進ませていく。
そういう未来志向の変化はライラプスには手渡し難いもので、臆病なヨハネをそういう新しい場所に進ませるための支度は、ライラプスにしか整えられない。
見知らぬ未来に勇気を持って踏み出すことでしか、鏡には映らないあるがままの現実は見れないけども、鏡を使って今の自分を見つめ返すことでしか、変化に対峙する自分は作れないのだ。
合わせ鏡の迷宮から抜け出しつつある愛娘を、優しい霊獣はどういう顔で見ているのか。
それは、まだ描かれない肖像画だ。
そして鏡から目を外した(外せた)ヨハネは九人で歌うことを望み、Aqours結成の因果はここに集約していく。
『そらまー”サンシャイン”なんだから結成はするよな……』と思いつつ、高海千歌ではなくヨハネが中心となって浦の星が集っていくのが、外伝っぽいif感満載で面白い。
楽しすぎて叶わなかった天体観測を一人で果たし、満天の星を瞳に写し取りながら願う、私の本当の夢。
それを誰も聞いていないのが、ロマンティックで良かった。
自分の心に寄り添ってくれる獣すら、深く眠って聞いていないからこそ言葉にし、流れ星に託す願いってのも、まぁ世の中にはあるのだ。
みんなと仲良く楽しく過ごし、優しく素敵な自分でありたい。
ありふれて当たり前で、とても大事な祈りをさり気なく、星が聞き届けているのがファンタジックで良い。
こういうメルヘンな場面の作り方上手いの、このアニメの好きな所だな。
というわけで、山あり谷あり合同合宿を経て、主人公が宿題の答えを見つけるエピソードでした。
ここでAqoursメンバーよりライラプスに物語的要点が任されているの、人によって評価が分かれる要素かも知んないけど、俺は好きだな。
俺はライラプスくんが好きだから……。
あのデケー犬が弱いくせに強ぶる、極めてめんどくせぇバブちゃんに根気強く寄り添ってくれたからこそ、この星空までの道もひらけたし、迷いつつたどり着けたわけで。
そのありがたみを、時折反発しつつもヨハネがちゃんと分かってて、暖かな毛皮に身を預けてるのが好きなんだ、俺は。
そして来週待ち構える、作中のキャラクターから見ても、その外側のメタ事情からしてもビッグイベント……ヌマズ夏祭りの大舞台。
果たしてヨハネは夢のステージへと自分を送り出し、追い求めて掴めなかった新しい世界へとたどり着けるのか。
次回も楽しみですね!