イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ミギとダリ:第11話『さかさまの女』感想

 明かされる真実、流れる黒い涙、全てを清算すべく燃え盛る炎。
 完璧たらんとする怜子の狂気が生み出した、数多の犠牲が行き着く先は、血みどろの幕引きだった。
 先週の丸太大暴れは一体何だったのが、ガチ目のサイコホラー力でお送りするミギダリアニメ第11話である。

 怜子の口から真実が語られ、しかし玲二を我が子と思い込んで完璧な自分を守る狂気の壁は、崩れぬまま全てを押し流していく。
 親子二人、何もかも捨て去ってやり直すはずの玲子の思惑は、記憶を取り戻した玲二によって刺し貫かれ、不完全な破滅として終わっていく。
 ”完璧”に呪われ数多の犠牲を出し、ほころびを取り繕ってきた女には似合いの結末……というには、翻弄された瑛二が哀れに過ぎる。
 双子が追い求めてきた精算を、黒髪の三人目が果たしてしまう結末となったが、このまま悲しすぎる終わりに兄弟を取り残して、ハイ母親の復讐なれり……でいいのか。
 こんな狂いきって血みどろの終わりで、笑ってチェリーパイ食えるのか。
 沢山の笑いを詰め込みつつも、始まりからシリアスだった物語がその根本に立ち返るクライマックスへの道を、ドス黒い狂気と真っ赤な血しぶきで飾る、最終話直前であった。

 

 ナイトキャップを被った怜子は育ちすぎた赤子のようにグロテスクで、自分が完璧ではない現実を受け入れられないまま、メトリーの人生を狂わせ他人の子を我が子と偽ってきた、歪な精神が良く現れている。
 完璧であろうとするあまり沢山の人を巻き込み、狂わせ殺していく怜子は存在の質量が巨大過ぎるブラックホールのようであり、それに巻き込まれて終わっていく人たちを止めるべく、瑛二は母を殺した。
 何もかもが歪で、間違っていて、取り返しがつかない惨劇はしかし、真顔でボケ倒してきた世界の裏側というよりは、隣にずっとあった物語だろう。
 何しろ双子は母の死のケリを望む復讐者であり、自転車貰ってチェリーパイ食べるような普通の幸せとは縁遠い、園山家より一条家に近い歪み方をしたキャラクターだ。
 そんな彼ら本来の歪みが、ガバっと口を開けて真実を告げてくる今回、ダリは兄弟に助けを求める玲二を、暗い場所へと跳ね除けてしまう。
 お前はずっと一緒にいた魂の半身ではないし、狂気の被害者ではなく罪深い殺人者だ、と。
 その選択が瑛二を出口のない絶望に放り投げて、母を殺させ家を燃やさせていく。
 実行犯はもう一度罪を重ね、狂気の母は愛した息子に殺されて、復讐完遂おめでとう。
 はたして、それでいいのか。

 このお話はメトリーと怜子、洋子(+みっちゃん)という、母たちの価値観的綱引きに息子たちが巻き込まれる物語とも読める。
 玲二も含め、狂いきった”完璧”の犠牲になった我が子全てを救いたかったメトリーと、”完璧”を維持するためなら子どもも盗むし人も殺す怜子と、そういうドロドロから縁遠い気楽で平和な場所でただ幼子を愛する洋子。
 実母と養母……そういう区分を全て用意しぶっ壊した狂える母に別れつつ、母達はそれぞれ我が子に理想を差し出し、子ども達はその影響と支配を受けながら揺れ動く。
 ダリが瑛二を兄弟と認めず跳ね除けた時、怜子の狂気を振りちぎって三人目の我が子を助けたかったレトリーの遺志も、我が子の自由な意志と成長を……完璧ではなさすら寿ぎながら共に生きようとした洋子の思いも、冷たく遠ざけられている。
 怪物めいた怜子に気圧され怯えつつ、ダリの冷徹な復讐心、情を解さないクールな心は、とても怜子的な存在へと自分を染めて行ってしまう。

 この決断が何を生み出すかは、彼らが事件の推移に関われない密室に閉じ込められた後、不可逆的に描かれていく。
 誰の助けも得られない深い闇の中で、瑛二はすべてを終わらせることを決意して母を殺し、自分もその狂気に殉じることを選ぶ。
 グロテスクな赤子の服装を着せられ、停滞した怜子の自意識に飲み込まれてなお、罪の贖いと救いを求めていた少年も、怜子的な血と狂気に身を投げて行ってしまう。
 殺し、殺されることで怜子は、”完璧”であろうとするあまり他人を道具のように扱ったり、殺してしまえる己の価値観を子ども達に押し付け、不自由に捉える。
 それは成長した身の丈には小さすぎるベットよりも、残酷で醜い不完全な檻だ。

 

 怜子的価値観の根源として、何もかも支配し踏みにじる立場だったはずの怜子は、血の繋がらぬ息子にもう一度罪を犯させる形で、加害者から犠牲者へと転じた。
 しかしその死と狂気は最後の鎖となって、救われたいと願っていた瑛二をどこから来てどこへ行くか定かではない、深い深い闇へと捉える。
 この鎖のもう一方を握って、加害者と被害者を、復讐するものと犠牲になるものを冷徹に切り分ける存在に、ダリはなろうとしている。
 そんな決着を生母も望んでいて、これが俺たちに似合いの終わりなのだと、何かを諦めようとしている。

 それは違うのだと、第8話でミギは既に告げている。
 不完全な自分たちをそのままに受け入れあって、全てを受け入れていく優しさで包まれる安らぎを、園山家で思い出してしまったミギは、自分をかばってくれた玲二が助けを求めていることに気づいている。
 暴かれたドス黒い真実に飲み込まれ押し流されるのではなく、自分の意志で前に進んで、望んだ未来を掴みたいのだと、初めての兄弟げんかの中叫んで、兄貴に納得させている。
 だから狂気と惨劇を前に戰いて立ち止まっている暇は、もうない。
 こうありたいと養父母との、感情デカすぎる秋山くんとの暮らしが教えてくれた理想像に近づくために、もう一回チェリーパイを美味しく食べるために、殺し殺され以外の結末をどうにか掴み取らなければいけない。

 それは狂いきった状況の中で、それでも我が子を愛し健全に育もうとしたレトリーの遺志を、正しく継ぐことにもなるだろう。
 狂いきった状況で生まれ、母を殺されなおお互いを支えに出来た自分たちの、あり得たかもしれない壊れた鏡として、同じく怜子に運命を狂わされた瑛二を兄弟と認めて、手を差し伸べること。
 ナイフを握って家を焼くより、もっと実りある何かが自分たちに出来るのだと、思い出し証明することが、二人で一人の兄弟最後の戦いになるだろう。
 主にトンチキ脾臓娘とそのオフィシャルボーイフレンドが、この血みどろサイコサスペンスの真っ只中でも微かな笑いを生んでくるこのお話が、ずっと作品の真ん中に見据えてきたもの。
 ヒューマニズムを巡る物語としての決着は、燃え盛る家の中で何を選び、どこへ進んでいくかで決まる。

 

 ダリはミギの熱い拳を受け取りつつ、冷たい復讐者であり続けること、兄弟ふたりだけで閉じる事を選んだ。
 その結果の大惨事であるけども、ミギはまだ優秀な兄貴に生き方を変えさせ、歪んで狂いきった生き方から人間として、正しく優しい決断をさせる強さを、しっかり発揮できていない。
 復讐を望んで不気味な機械のように……怜子のように”完璧”な怪物になりかけていた自分たちの物語は、正されるべきだ。
 そうミギちゃんが叫ばないと、怜子が生み出した悲劇はより大きな悲劇に飲み込まれて、終わってはくれないのだ。

 そうして過去を乗り越えていくことは、無惨に殺された母が真実何を望み、誰を助けたかったかに向き合うことでもある。
 怜子が語った歪な真実の奥に、語られずまだ残っているものを双子が見つけ、それをもう一人の兄弟に届ける道。
 そこへ進み出すことが、狂気と破滅だけが渦巻いていた”完璧”の呪いを超えて、不完全な自分たちのまま生きていく決意と希望を、示すことになる。
 そういう局面であろう。
 つーか本来笑い者なはずの、赤ちゃんスタイルの玲二が悲壮に過ぎて、どう考えても突き放すんじゃなく抱きしめなきゃアカンッ! って感じだからな……。
 賢くて冷たい復讐者の顔じゃなく、おバカで優しい今を生きる少年の顔で、双子ちゃんには自分たちの物語を終えてほしいの俺はッ!!

 ここで園山スタイルの幸福に兄弟を引っ張っていくことで、兄の優秀さに引っ張られ身を隠していたミギが兄貴超えを果たすという、分厚いカタルシスも生まれるわけでね……。
 俺は園山家で育まれた、トンチキで当たり前の人間味に嘘はないと感じているわけで、ミギちゃんが力強くそれを掲げて、燃え上がる闇に立ち向かう姿を……それで悲しい兄弟たちが救われていく未来をみてーのよ。
 というわけで、最終回もマジ楽しみッ!!
 頑張れミギダリちゃん!!