イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ゆびさきと恋々:第4話『どんな声で』感想

 声には、色があるという。
 手話を紡ぐ掌には現れないそれを、遠くに憧れながら広がっていく、雪の世界。
 優しく触れ、手を差し伸べる権利は一体、誰にあるのか。
 逸臣さんのぶっちぎりイケメンダッシュに追いすがる、桜志くんの幼さが切なく痛いゆび恋アニメ第4話である。

 王道ロマンスを真っ直ぐ強く突っ走るこのアニメ、雪ちゃんの揺れる内面にクローズアップしていたカメラが、その周辺で複雑に絡み合う純情へと、少し動いた感じのある回だった。
 相変わらず逸臣さんの本心は知れないわけだが、彼のアプローチを心待ちにする雪ちゃんの態度、そこに追いすがろうとする桜志くんへの牽制を見ていると、手話を喋る”身近な異国”として、かわいそうな障害者を消費しようとするのとは、違った熱を感じずにはいられない。
 同情や興味とは違った、目の前の一個人をしっかり尊重して繋がる間柄には多分、そういう特別な切実さが必要で、それは雪ちゃんが逸臣さんを思う時、視線や唇やモノローグから、常に溢れ出している。
 思いの熱量と方向性が重なったのなら、それは余人が立ち入る隙もない特別な関係の始まりであり……桜志くんの身勝手で痛い愛着は、悲しいかなその扉を叩けていない。

 より広く新しい場所へ、輝きに満ちた新天地へと導いてくれる誰かを求め続ける、雛鳥のように弾む少女の心へ、良いタイミングと距離感で触れ、導くことが出来る特別な男。
 その唯一性を際立たせるべく、頃合いも見測れず、焦がれる相手が真実求めるものも見えず、それでもなお触れていたいと手を伸ばす青年の、不器用な間違えが極めて鋭い演出で、残酷に対置される回であった。
 桜志くんが選ばれない理由を丁寧に積み上げることで、逸臣さんを選ぶ理由を語らずとも分からせて行く語り口は丁寧かつ鮮烈で、華やかすぎないロマンティシズムと合わせて、凄く雰囲気がある。
 この精妙で優しく、だからこそ残酷な筆が主役カップルだけでなく、彼らに置いていかれる青年の未来を、照らしてくれると嬉しいなと、改めて思わされる回だった。
 桜志くん……その戦い方じゃあ雪ちゃんの望みは叶わないし、自分がしたいことより相手がしてほしいことを、自然とすくい上げれるところまで自分をもっていかないと、勝負にすらなりゃしねぇんだ……。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第4話より引用

 ちうわけで恋のバチバチぶっちぎりが始まる前段階、ワクワクと日常を過ごす雪ちゃん達の描写は、相変わらず細かい。
 化粧をしたりご飯を食べたり、生活の細やかな所を丁寧に折り重ねて、『こうだったら良いなぁ……』という憧れを上手く引っ張り出すように、綺麗で素敵な暮らしを描写しているのは、作品の全体的な雰囲気を醸し出すのに大きな仕事を果たしている。
 このお話は優しい檻から胸をときめかせて巣立ち、大学デビューを果たした乙女のライフログとしての顔もあるわけで、お化粧したり服を選んだり歯を磨いたり、雪ちゃんが日々頑張る装いそれ自体が、憧れに足りる素敵さに満ちている。
 ちょっとお高いボディスクラブを鼻息荒くバッグに入れたり、初めての待ち合わせにドキドキしながら最後の身支度を整えたり。
 誰もがやっていそうで、しかし誰もこんな眩しさではなし得ない恋の戦闘準備を、あくまで日常的な仕草の中に折り込みつつ描く筆致が、いい感じのリアリティとファンタジーを同居させている。

 素敵な生活感を隙なく折り重ねて、キャラクターの存在感を高めていく手法は雪ちゃんだけでなく、彼女を取り巻く人達の描写にも瞬いている。
 美味しそうな常備菜がしっかり鎮座する冷蔵庫、やけ酒というにはあまりに贅沢なステーキディナー。
 何を食べるかで人が見えるよう、誰と食べるかで関係性を炙り出せるよう、食事の描写もこのアニメらしい、繊細な気合が乗っていて良い。
 店長と逸臣さん、エマちゃんと心くんが積み上げてきた関係性が、それぞれ別の場所で口に運ばれる食事を反射板によく見えて、作中の人間関係が立体的に見えてくるのはとても良かった。
 つーかエマちゃん、むっちゃ甘えた体重の載せ方しとっけども、目の前のクールボーイがもし、あんたが逸臣さんに向ける想いと同じ切なさ宿してたら、即逮捕級の立ち回りしとるな……。
 そんだけ信頼してるって話なんだろうけども、想いの方向と総量が釣り合わないのが人の常ではあり、ここら辺のすれ違いも今後、雪ちゃんと逸臣さんの仲が深まる後ろで激しく燃えそうだ。
 そこがあんまジトついた、イヤーな重さになりそうもないのは、アニメがもってる”品”のおかげかなぁ。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第4話より引用

 この細やかな描画力が最大限の火力を発揮するのが、車内から改札にかけての場面である。
 ろう者を主役に据え、手話によるコミュニケーションを大きな要素とするこのお話において、指作の表現はすごく重要かつ複雑な意味をもつが、二人の男の指をはねのけ、あるいは受け止める雪ちゃんの仕草でもって、大変コクのある表現になっていた。
 雪ちゃんの隣の席に座り、体重を預け、戯れるように髪の毛をくしけずる距離感に、桜志くんは確かに入れている。
 しかしその奥にある思いは雪ちゃんには届くことなく、響かない声はノイズとなって、桜志くんが望んでいる関係性を構築する邪魔になっている。
 それは雪ちゃんのまだまだ幼い感受性が、気づくことなくはねのけてしまっている残酷であるし、そういう少女が真実何を望んでいるのか、自分はどんな風に手を触れるべきなのか(あるいは手話に使って、どんな言葉を伝えるべきか)、解らない桜志くんの未熟もである。
 逸臣さんがおそらく狙わず体現し(だからこそモテる)、雪ちゃんが求め憧れる”大人っぽさ”とは、触れて欲しい気持ちと触れたい願いがちょうどよく釣り合う、エゴと思いやりのバランス感覚だ。
 好きな子にこそ意地悪してしまう、桜志くんの不格好な不器用は全くそこに届いていないが、しかしそこに宿る切実さにこのお話は、非常に丁寧に目を向けている。

 逸臣さんの掌が、改札の向こう側で雪ちゃんの体を受け止め、それを雪ちゃんも喜ばしく受け入れる。
 それは特に大きな感情の動きもなく、自分と大切にしたい(でも上手く出来ていない)女の子の距離を触れて確かめる指先を、跳ね除ける動きと対照する。
 髪の毛に絡みつく桜志くんの指先を雪ちゃんははねのけ、自分を抱きとめる逸臣さんの掌は胸をときめかせながら許容する。
 そこには、微細で決定的な違いが確かにあってしまう。
 誰かとより近く触れ合いたいと願う思いが、求められる側と釣り合うならばそれ以上の幸せもないのだろうけど、桜志くんの過剰で不器用な願いは雪ちゃんの望まないタイミングで、強さで、棘を孕んだノイズになってしまう。

 

 逸臣さんには、そういうノイズはない……というわけではない。
 興味深いと、もしかしたら大事にしたいと思えるような女の子に、無遠慮なほどに真っ直ぐ突っかかってくる青年を跳ね除ける、袖口のカーテン。
 ひょうひょうと清々しかったこれまでの逸臣さんとは、明らかに違った熱量と濁りで桜志くんの視線と言葉を遮る仕草は、彼らしくない大人気なさに満ちている。
 僕らが清々しく受け取り、雪ちゃんを魅了した『逸臣さんらしさ』から外れた、この意地悪な宣戦布告(あるいは牽制)には、むしろ人間らしい独占欲やエゴ……桜志くんと同種の歪みと熱量が逸臣さんにあって、同じ相手に向いていることを感じさせた。
 その特別さは、誰にでも優しくて誰にも縛られたくなくて、エマちゃん筆頭に彼の特別になりたい女の子たちをワンワン泣かせている、掴みどころのない青年のエゴイズムを、鈍く反射している。

 そこにはたしかに敵意と挑発があって、桜志くんが(ズルくも雪ちゃんには見えないようにしている)むき出しのエゴと向き合う時に、一瞬だけ意外そうに、傷ついたかのように目を見開く瞬間が描かれているのが、僕はすごく好きだ。
 世界中を飛び回り、ナチュラルに雪ちゃんがして欲しい行動を取り、願いに先回りして素敵な日々を手渡してくれる”大人の男性”とは、ぜんぜん違う不器用な青年。
 一人の女を巡って手練手管を振り回し、独占欲と愛着の刃が突きつけられる土壇場に、成れていない初心。
 そういうモノが、器用に誰かを愛することなんてまだ出来ないこの少年にもあって、刃で斬られれば赤い血が吹き出すような瑞々しい心をもって、彼なり雪ちゃんに向き合っているのだと、解るように描いてくれている。

 衝撃を追い出し、呼吸を整えて恋敵を睨む彼の背伸びを、スルッと受け流して逸臣さんは改札の向こう側へと行く。
 桜志くんは、そこに行けない。
 それを雪ちゃんは求めていないし、隣りにいてほしいと、抱きとめ手を伸ばしてほしいと思う相手は、桜志くんではないからだ。
 そうなるのも仕方ない未熟とすれ違い、恋愛技芸の格の差を描きつつも、桜志くんなりに必死だし、だからこそ傷ついたり頑張ったりするのだと、ちゃんと書いていてくれているのは嬉しい。
 そういうモンを置き去りに、物語に選ばれた特別な主役がキラキラな恋にときめくお話は、僕にはちょっと消化しがたいからだ。
 優れた演出力をフル動員して、『勝ち目なしッ!』な完全KOにショボクれ去っていく桜志くんの未来に、雪ちゃんの特別がないとしても。
 凄く不器用に、凄く必死に彼女を愛しているこの子が、何かしら彼だけの幸せを得てくれると良いなぁと、僕は想いながらこのアニメを見ている。

 

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第4話より引用

 まぁ青春の負け犬(Loser)はホームに置いてけぼりにして、恋の超特急は胸躍るコストコでの買い物デートに突き進んでいくんだがな……。
 店長が『親友が雪ちゃんを見る視線はどこか危うく、人間一人を受け止める誠実さが足りねぇんじゃねぇかな……』と思い悩む描写、それをりんちゃんがちゃんと聞いている描写は、個人的に結構大事な所を抑えていた。
 エキゾチックな外国、そこでコミュニケーションを可能にする言語に興味と適性が深い逸臣さんにとって、雪ちゃんは少女の形をした異国となりかねない存在なわけだが、指で触れ声でなぞるその手応えが、確かな熱がマイペースな美青年に宿っていることを、良く教えてくれる。
 これは同じ車に乗ってコストコに買い物行くくらい、親身な距離感でなければ確認できないもので、なんもかんも目新しくてワクワクな雪ちゃんが、心躍らせる特別な体験にレジャー以上の意味があることを、上手く描いている。

 雪ちゃんがろう学校という狭く暖かく、優しい檻を出てたどり着きたかった、眩しい場所。
 それを幾度も手渡してくれるから、彼女にとって逸臣さんが特別な存在であるという描写はこのアニメ、幾度も繰り返している。
 今回もトンネルを抜けて眩しい光の向こう側、ワクワクが待ってる大型倉庫店を見上げる瞳は、キラキラと期待に輝いている。
 それは無造作に無遠慮に(それこそ桜志くんがそうするように)手渡されるのではなく、とてもスマートにスムーズに、欲しいところにドンピシャで届く心地よい体験であり、逸臣さんは雪ちゃんが欲しい物を、いつでも与えてくれる存在なのだ。

 

 そんな彼が雪ちゃんを呼ぶ時、遠巻きに恋だか興味だか定かならぬ関係を見守っていた優しい二人が目をむくほど、声は優しい色を帯びる。
 聴覚障害者である雪ちゃんがけして見ることが出来ない、その個別で特別な色合いをだからこそ聞きたいと、切なく胸を高鳴らせる描写がとてもロマンティックで良かった。
 手話には個別の匂いがあり、逸臣さんの掌に漂う優しく落ち着いた香りに惹かれて、雪ちゃんが彼をもっと好きになった描写は、既に成されている。
 手話という視覚言語にも匂いは宿り、発話される音声言語にも色が付く。
 感覚を越境する豊かな表現が、ハンディキャップのある/なしという壁を超えて既に二人を繋いでいるのだと、優しく未来を約束するような表現になっていて、とても良かった。

 今回のエピソードは逸臣さんが雪ちゃんにどんだけ本気なのか、心の声が見えない、聞こえない彼の仕草や振る舞いから探るお話だったと思う。
 桜志くんに見せた少し意地悪な振る舞いにも、雪ちゃんの名を呼ぶ優しい声にも、特別な熱と微かな歪さがあり、それは誰かが特別に誰かを求める時、心から必ず溢れ出るものだ。
 それが確かにあると知って、店長とりんちゃんはとても安心し、桜志くんは気圧されて肩を落とし、雪ちゃんはまだその手触りを定かに知らないまま、自分の中からも溢れてくる暖かな想いに、頬を上気させている。
 冬を舞台に選んだこのお話が、その熱を間近に感じさせてくれるアニメになっているのは、とてもいいことだ。

 逸臣さんの家に足を運び、雪ちゃんの想いがどう釣り合うのか……あるいは、どう不釣り合いなのかもより鮮明に見えてくるだろう。
 好きという気持ちがお互いを向いていても、声に宿る色や、掌に薫る匂いを受け取りきれないのが人の定めだ。
 それでも、誰かが誰かを好きになって、それに微笑んで応えながら、世界が光を増していく。
 そんな幸せな可能性に対して、優れた表現力を刃先に使って大きく開かれたお話であるのは、とても素晴らしいことだ。
 次回も楽しみです。