イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

異修羅:第11話『落日の時』感想

 街と理想を薪として、亡滅が夜闇に燃える。
 数多修羅が散り、それに倍する咎無き人たちが木っ端のごとく散る、戦争の惨禍。
 弱者が呪い強者が嗤う世の常は、流れた先でも変わりなく、月下に一刀が冴えて……鬼が一人死ぬ。
 決着目前、異修羅第11話である。

 リチアがボーボー燃える中で、死ぬべきが死に生きるべきが生き延び、物語は続く。
 勇者決定トーナメントの序章でしか無い、世にありふれた大惨劇もそろそろフィナーレ、色んな死に方が無明の夜闇に眩しい。
 このお話の乾いて容赦がない所が好きなので、カーテの無惨な結末には得心がいっているし、ダカイとソウジロウの剣豪小説めいた永遠の一合には震えが来た。
 総じて大変ロクでもなく、このお話らしい決着へと雪崩込んでいる感じがあって、大変良い。
 あとは色んなモンボーボー燃やしてタレンが引き寄せたかった理想とやらが、一体どんなものかのかを死ぬ前に誰かが問いただし、ちゃんと語ってくれると満点……かなぁ。
 『結局本番開始ってないじゃんッ!』は、第4話あたりで飲み込んだツッコミなのでここまで見た自分としては、マイナスポイントじゃないかな。
 アニメの語り口好きだから続きが見たいけど、全力で初見を置いてけぼりにする作風をあえて選んだ後に何が続くのか、そこまで楽観視は出来ないとも思うので、とりあえずは新魔王戦争の行く末を見届けたい。

 

 つーわけで今回のメインステージはレグネジィとカーテの美しく悲しい決着と、盗賊ダカイの末路。
 初登場時から死相が浮かんでいたレグネジィくんが、約束された決着へと彼の天使といっしょにたどり着いたわけで、悲しくもあり奇妙な達成感もあり、こういうやつから死んでいく世の無常も感じられて、なかなか良い終わりだったと思う。
 二人が戦いと無縁に、幸せに生きていく余裕は魔王亡き後もこの世界にはなく、彼らを食い破ったこの戦争も、後の平和を買うための必要な代価……というと、無惨にグロ死した数多の弱者に申し訳が立たないけども。
 客人達の故郷である彼方もまた、殺し殺されが当たり前の超ロクデナシワールドのようなので、とにもかくにも残酷な世界律でこの世界は動いている。
 そこで意を通し望む未来を引き寄せるには、言葉一つで何もかも書き換えたり、誰にも殺されえないほどに強かったり、社会から逸脱するほどの力を有してなければならない。
 レグネジィくんが世界全部をバカにしながら手に入れた群れの力は、真の強者足りうるほど十分ではなく、それは剣士ではなく盗賊だから勝ち筋を見間違えたダカイもまた同じなのだろう。
 殺し、殺され、無限の修羅界の果てに一人、世に生きる資格を証明した孤独な怪物は、しかし人間と言えるのか?
 それを問い切るには、戦争一個はあまりにも短い。

 何もかも求めて街すら焼くアルスに比べ、レグネジィくんの願いは大変慎ましやかで、カーテとの幸せだけを片手に抱いて生きていく道は、しかし燃え盛る怨嗟が許さなかった。
 ユノが己の無力を呪い、しかしその身に引き受けて謙虚に弱者のまま生きていけるほど強くもないから、ソウジロウを己の代理闘士としてスカッとしない復讐に身を投げたように、群れという概念に呪われ魔王に尊厳をすり潰されたレグネジィくんは、強者を気取ることでしか生き延びられなかった。
 力を誇れば角が立ち、大事な物ごと全てを貫いていく。
 虫を使った外法で彼の”群れ”を作り、リチアを第二の宿り木に選んで命を賭けた時から、この決着は必然だったのだと思う。
 しかしまぁ、そうなるようにしか生きられなかったのだから、しょうがない。

 

 死んでいく薄汚れたワイバーンに対し、生き残るハルゲントのおっさんはずいぶん正しく、不自由な生き方をしているように思えた。
 ワイバーンは死ぬべき、人は死なないべき、世界は正されるべき。
 何もかも”べき”で語っている割に、そのルールを他人に押し付けるだけの実力には欠けていて、しかし誰かが押し付けてくるルールを黙って飲むほど、心が冷えているわけでもない。
 ずいぶん半端なところをフラフラして、薄汚い翼竜と美しい天使の間に確かに在った絆に、目を向ける眼力も受け止める優しさもない。
 しかしその半端さが、なんとも人間らしくてなかなか良いポジションである。

 今回の悲劇は、曲りなりとも二十九宮の一人であるハルゲントにとって見慣れたもののはずで、彼の半端な英雄志願を揺るがすほどの強烈さは持たないのだと思う。
 当たり前に可哀想に思って、当たり前に廃墟の中に置き去りにして、当たり前に記憶の中にとどめて、そういう半端で煮えきらない男がどこかしら行き着く物語は、この惨状の先にある。
 死んで物語を完遂するリチアサイドの人間に対し、黄都側、あるいは彼らに見初められる勇者候補はまだまだ余白を残してアニメの範囲を終えるので、なかなか感想が難しい部分がある。
 レグネジィとカーテの死は、それを見届け手を下したハルゲントとアルスの物語がどうなっていくかで真価が決まって来ると思うわけだが、それを描ききるのはまだまだ先の話なのだろう。
 ここら辺、舞台に上がる人数がとにかく多い群像劇故の難しさって感じはあるが、最高の宝を見つけて満足できたレグネジィと、見えずともその真の祈りを聞き届けていたカーテの終わり方は、強者になりえなかったが弱者としては終わらなかった稀有な例として、とても良かったと思う。
 そういう生き方も、この修羅の巷に確かにあるのだと認める度量が、欲深き三本腕と英雄志願の無能者に、あるのかないのか。
 その片鱗くらいを最後に見せて終わってくれると、収まりが良いかなと思う。

 

 さて、弱者と強者のワルツは剣を交えつつも語られ、ダカイが死にソウジロウが生きる。
 前回ニヒロから勝利を盗んだ大怪盗であるが、剣技……というより魂に刻まれた殺傷の本質から縁遠く、観察力と獲物の強さで勝ってきたダカイは、ソウジロウが手にした武器を魔剣と誤解し、無様に死んでいく。
 巨大ゴーレム相手に物語の開幕を告げた異形の無刀取りは、極めて正当な形で柄頭を抑え足先を制し、盗まれた鈍らの一撃を意にも介さず、修羅たり得なかった客人を切り捨てていく。
 超加速した思考と幾重ものハメ手が交錯するたった一合の決着は、何かと大火力ぶっ放して街を焼き人を殺してきた後半戦に、静かなメリハリを生んでくれたと思う。
 目を武器に勝ってきた男が負けるなら、そらー眼違いが死因になるよなぁ……良いオチだ。

 そんな死地に、ソウジロウを引き寄せたユノの狡猾も、爪無き獣なりの噛みつき方が鮮烈で大変良かった。
 弱者である自分の無力を自分に引き受け、修行して強者に変わるなり、絶望に飲まれて怪物になるなり、色んなルートがユノには開けていたと思うのだが、狡さも弱さも開き直って強者にすがるという、メチャクチャ生臭い道を選んだのは、このロクでもない世界のロクでもないお話らしくて素晴らしい。
 ”強い”とは相対的かつ多彩なもので、自分自身が個として圧倒的に強いのもその一つだろうし、強いやつを自在に操れる強さもあるし、強さが成立する土台を切り崩してしまう強さもあるだろう。
 ユノは自分を翻弄した運命の流れの中、確かに掴んだソウジロウとの縁、旅の中で見てきた強者を求める気質を武器に、決死の時間稼ぎでダカイを足止めして、勝てる状況を作った。
 十分以上に、それは”強い”。

 

 しかしそれでスカッとするかっつーと別の話で、本当にするべきなのは弱い自分を受け入れ先に進むことだし、こんな勝ち方で自分が納得も出来ないと、ユノは理解っている。
 弱者が真実強くなるためには、一体どうしたらいいのか。
 絶対負けるとは思えないクソチート野郎どもが、それ以上のチートでバッタバッタぶっ倒される弱肉強食の世界で、ユノは今後彼女なりの答えを探らなければいけない。
 そしてそれは、個人としてのユノのあり方を問うだけでなく、人間が寄り集まって作られる社会の形を、血のインクで描く旅になるだろう。

 理不尽に翻弄され、苦しみに塗れ、生来己の意を通せない弱者として世に生み出されてきた人間は、群れることで生存権を世界に打ち立ててきた。
 たった一人で何もかも選び、押し通せる孤独な怪物たちは、それ故社会から浮き上がり、魔王呼ばわりされて討伐対象にもなっていくだろう。
 強者を強者のままでいさせないルサンチマンと、たった一人の存在で世界のあり方が左右される理不尽を認めぬ、社会のあり方。
 魔王一人に世界のルールを決められていた時代がようやく終わり、群れる人間たちの弱くて強い社会が到来しつつある今、孤独な修羅達は世界に君臨する暴君ではなく、駆り立てられる獣のように思える。
 ここら辺、”私の街、私の人たち”が肉ミンチになってトラウマ背負った、現地民だからこその帰属意識が強いラナと、元々の故地にも愛着を持てず、流浪の傭兵としてリチアを置き去りに逃げ去ろうとしてるダカイとの対話に、低住民と流浪民の対比/対立が匂って面白い所でもある。
 この戦争の後に始まるだろうトーナメント本番では、そういう不定形な社会の怖さ、突出した個人を食い殺す負の平等主義が掘り下げられるかなー……って感じなんだが、アニメで確かめてる余裕はもちろんねぇッ!
 ダカイとソウジロウの、個と個の鮮烈な激突が印象的だからこそ、そういう孤独な強さを包み込み窒息させるもう一つのチートを、どういうキャラとどういうドラマで描くつもりなのか、見たい気持ちは強い。
 ここら辺、”将”であるタレンが担当するかなとも思ってた部分なんだが、チート野郎の引き立て役として、国ごとボーボー燃やされちゃったからな……。

 

 かくして、”遠い鉤爪”が引き寄せた牙が鵲を捉え、廃墟にまた一つ命が消える回でした。
 ナガン壊滅のトラウマを解決するには、真実強い人間として己の弱さを認めなきゃいけないと頭で解っていても、インスタントに誰かにぶっ殺してもらって復讐完了! となるの、最高にロクでもなくてよかった。
 そういう倫理の教科書に乗ってそうな立派な人格達成は、まだまだ沢山ロクでもない地獄見た後で成し遂げるもんだよねッ!

 レグネジィくん達も死んじゃったけど、途中で言葉にしてハラ固めておいたし、『こういう死に方して!』って推し団扇振りながら見守ってきたところに落ち着きもしたので、まぁ納得で満足です。
 天使たちが生きていくには、このクソ異世界クソすぎっからね……死ぬしか無いよ。
 そんな命の薪を最後に燃やして、崩れ行くリチアに何が描かれるのか。
 この地獄を現臨させた張本人、警めのタレンが何考えて魔王になろうとしたのかがやっぱ、最後に知りたいところです。
 次回も楽しみッ!

 

・追記 盗人が盗まれて死ぬのならば、剣士は剣に依って斃れるのだろう。