冬の出会いから時は流れ、誰もが前へと進んでいく。
大きな一歩を踏み出す前の途中経過だって、素敵に愛しいことを丁寧に描く、ゆび恋アニメ第11話である。
残りニ話、どういうまとめ方をこのアニメが選ぶのか気になっていたが、大変”らしく”落ち着いた話が展開され、とても良かった。
バイトを始め逸臣さんとの仲を更に深める雪ちゃんも、恋敵との衝突を経て少し視界がひらけた桜志くんの危うさも、意を決してエマちゃんと向き合う心くんも、皆それぞれの季節を、それぞれの足で進んでいる。
その一歩一歩の先にとても喜ばしいものがあって、そこにたどり着くためにも誰かの隣に立ち、その目を見ながら一緒に進んでいくことが大事なのだ、と。
お話がその始めっから言い続けていたことを、終わりがけもう一度告げてもらえるような話数となった。
海外旅行というデカいイベントを打ち上げて終わる道もあったと思うけど、恋人になってから初めてのデートという小さな……でも大事な楽しみをあえて選んで、それが大事なのだと思い返す過程まで丁寧に追いかける形で、雪ちゃんと逸臣さんのお話が終わっていくのは、何か良いなと思った。
告白や決別や、なにか大きな運命の転換点だけで人生は出来ているわけではないし、その途中にある小さな歩みをどれだけ丁寧に、目の前の人を尊重して進んでいけるかが、世界を輝かせる決め手であると、コミュニケーションとコンセンサスを主題に据えたこのお話はずっと描いてきた。
逸臣さんが雪ちゃんの言葉を聞き、彼女の世界に優しく入って広げてくれる人だからこそ恋が始まり、実をつけ豊かに育まれているわけで、お互いの喜びや願いを良く語り合い、ちゃんと共有して恋人やってる彼らの”今”が見れるのは、本当に嬉しい。
この他人をちゃんと見る視線、届く言葉を選ぶ大事さが、前回壮絶な青春体当たりを逸臣アニキにぶちかました、桜志くんに雪ちゃんが向ける目線から感じられるのも良い。
不定形の感情に否応なく”恋”と名前をつけ、憎い相手の目を見てしまった彼は、もうガキっぽい不機嫌で何かを覆い隠したまま幼馴染に接することは出来ないし、そんな変化を雪ちゃんも敏感に感じ取り、尊重している。
恋人になれないからと言って、雪ちゃんと桜志くんが積み重ねてきた(逸臣さん抜きの)日々が無意味に消えるわけでもないし、その尊さに気付き直して新たな息吹を加えていく歩みも、超らぶらぶダーリンとイチャイチャする日々に併走して、雪ちゃんの人生であり続ける。
こんだけ恋心に丁寧に分け入りつつ、恋だけを絶対視せずもっと広い場所へ、自由にお話を羽ばたかせていける手付きが、あの夜を経て桜志くんがどう変わり、その変化を雪ちゃんがどう受け取ったか、しっかり描いてくれるアフターフォローに感じ取れた。
恋すればこそ”一歩”があまりに重たかった心くんも、湖面に揺れる叢雲に複雑な心境を照らしつつ、勇気を出して踏み込んだわけで、そこからまた何かが動いていくのか……アニメが一旦幕を閉じた後の人生に、ワクワク期待が持てる感じで幕引きが近づいているのは、俺は凄く良いと思う。
物語が彼らを追わなくなっても、作品世界の中で彼らが確かに生き続けて、大事なものがやり取りされ変化が積み重なっていくのだと、信じられる形で終わるお話というのは、大変素晴らしいものだ。
というわけで、メロンパンもぐもぐする雪ちゃんもかわいいね……かわいいね……という気持ちを新たにする所から、お話スタートである。
雪ちゃんは自分の心と世界のあり方を、鋭敏に聞き分ける聴覚を魂に持っている人なので、恋人関係になっても……むしろなってからのほうが、逸臣さんに恥じらいときめく場面は多い。
それは心が瑞々しく波立っているからこその反応で、生きることにガッツがある人だからこそ生まれる感情だと思う。
そんな彼女の内面に、音響面での細やかな演出を交えて丁寧に踏み込み、何を感じて体温を上げているのか、とにかく丁寧に積み上げていく筆致が、この作品のロマンティックを形作っている。
やっぱ雪ちゃんがどんな気持ちでいるか、丁寧に語り描くことでこっちのシンクロ率も上がるし、そういう素敵なトキメキを手渡してくれる逸臣さんへの愛しさとか、触れ合う実感とかも強く伝わってくる。
この手応えの確かさは少女漫画の本道であろうし、ここがガッチリ強いからこそ、恋以外もしっかり描く横幅が成立しているのだと思う。
優しく手を取り励ましてくれる逸臣さんの、野放図な自由さに振り回されながらも、雪ちゃんは彼に恋すればこそ世界を広げ、新しいことに挑む。
バイト先のお姉さんが、メッチャ明るく雪ちゃんを受け入れてくれる好い人で、本当に良かった……。
こんないい子が辛い目に遭うの、俺あんま受け入れられねぇからよぉ……縁をたぐり果敢に挑んで、世界を変えていく活力が主役にあって報われるの、とってもありがたいよ。
聴覚にハンディを負いながらも、バリバリ働いてバリバリ稼ぐ”当たり前”が雪ちゃんの前に広がっていること……そこには真剣な表情だけでなく、コミカルで明るい笑いもあると描くのは、自分たちが主役に据えた存在が持つ属性を、信じて敬した結果かなとも思う。
どんな立場の人だって人が生きてりゃ笑いがあって、それがあればこそ生きていけるもんなワケで、このお話のコメディ要素が爽やかで力強く、ちゃんと笑えるのは良いことだなぁと、仕事に燃えるお姉さんを見ながら思った。
そんな風通しの良い世界にいる……逸臣さんに引っ張り上げて貰っている雪ちゃんに、桜志くんは置き去りにされたのか、追いすがっているのか。
マスク着用が一般化した社会で、なかなか気づかれにくい難しさをこういう形で教えてくれる面白さを感じながら、極めてジェントルにスマートに、幼馴染に助け舟を出す桜志くんが、纏う空気は先週までとは変わっている。
自分が酒も巧く飲めないガキであることを思い知らされ、強がりと気恥ずかしさの奥にある思いを引っ剥がされてしまった彼は、後戻りできない一歩を踏み出して雪ちゃんとの距離を縮める。
それは粘ついた感情に執着して足を止めているときより、爽やかな青さを宿した色合いで描かれ、開放的で自由だ。
ここら辺のカラーリング・コントロールが極めて私的で、かつ適切なのはこのアニメのとても良いところだ。
桜志くんが今どういう場所に立っているか、彼を取り巻く色と光が良く教えてくれる。
逸臣さんにぶつかることで自分と向き合ったことは、勘定の赴くまま突っ走ってしまう危うさとも繋がっていて、桜志くんは逸臣さんを愛しく語る雪ちゃんの指先を初めて遮る。
バランスの良い、正しい方向へ進み出せそうだった青信号が、彼の感情が揺れて前に踏み出す時に赤信号に変わり、なかなか始末をつけきれない思いを静物が語っているのも、このアニメの優れた語り口だろう。
桜志くんが抱く雪ちゃんへの恋は、身勝手でありながら純情で、真っ直ぐでありながらねじくれていて、なかなか目鼻がつかないからこそ力強い。
自分の気持ちを上手く制御して、雪ちゃんの望みや願いを優先的に引っ張り上げてくれる”大人”な逸臣さんとは、違う形で自分のエゴと祈りに向き合っている青年だ。
安全に進める正しさと、危うくても手放せない思いが入り混じった彼の世界は、少しずつ形を変えながらもまだ不安定で、青信号と赤信号が明滅し続けている。
そのどちらに進めばいいのか、わからないなりにちゃんと見据えて選ぼうとしている姿勢が、僕にはとても愛しく見えるのだ。
雪ちゃんは彼女の恋人と幼馴染が、どういう夜を過ごし何をぶつけ合ったか、知らないし分からない。
自分の見えないところで、時に”男”であることを鎹に繋がる感情の形は、まだ幼く(だからこそ透明に美しい)雪ちゃんには計り知れないところがある。
しかし裏側が見えないからといって、表側に立ってきた変化が感じ取れないわけではないし、それを思いやれないわけでもない。
既に決着が継いてしまっている恋をどこに持っていくか、わからないながら本気で向き合い自分を前に進めようとしている桜志くんの”今”を、雪ちゃんがちゃんと感じ取って手を伸ばしているのが、俺には嬉しかった。
そういう風に、陰ながら彼女をしたい守っていた少年が自分に向ける気持ちを、その危うさも引っくるめて受け入れてくれる人が、このお話の主役で良かったなと思った。
桜志くんが恋愛レースに参加する前に、逸臣さんがロケットで突き抜けたスピード感が、この物語の特色だと僕は思う。
すでに結果がでてしまっているものに心を追いつかせる、結構キツい負け犬の歩みをこの後も桜志くんは進んでいくことになるわけだが、しかしそこには確かに爽やかな風が吹いていて、見て欲しい人はちゃんと自分を見てくれて、答えのでない語らいの後広がる空は、美しくて広い。
恋敵を嫌いになれない惨めさも、複雑に揺れながら差し出す思いも、桜志くんだけの宝物として愛しく磨き上げられ、丁寧に描かれているのが好きだ。
彼が最後に見上げるのが、逸臣さんの象徴として幾度も描かれ、雪ちゃんが抱きしめている”空”なのが、やっぱ良いなと思う。
彼自身はワーワー大声で否定するだろうけど、やっぱ空を背負った男と出会いちゃんと話したこと、恋敵の顔をちゃんと見てそこに自分の心を照らしたことは、彼をもっと自由に、もっと大きくしていく。
恋に破れることにだって、人が幸せになる切っ掛けはある。
主役の恋路を濁りなく、幸せに結実させたこのお話が、桜志くんを画材にそういう場所に切り込んでいってくれるのは、豊かで良いことだ。
恋にはならずとも、心が見えないから見ようと思える人として桜志くんがいてくれて、その身勝手も不自由もチャーミングに、一人の人間として魅力的な濁り方を書いてくれていることが、お話に彩りを与えているのは間違いないだろう。
桜志くんが危うい赤信号を背負いつつ、夕焼けの空を見上げる真っ直ぐさを手に入れつつあるのに対し、心くんとエマちゃんは直接月を見上げる気持ちをまだ持ちえず、水鏡に反射させながら向き合うことになる。
気持ちがどこに向いていて、何が見えているのか。
視覚言語である手話、それを用いるろう者を主役に据えたお話が大事にしているものが、また別の形で表現され、演出されていく場面と言える。
エマちゃんが別格の美しさを備えていること、それが心くんを縛り呪っていることが大事な場面で、めっちゃ繊細に綺麗にエマちゃん書いてくれているのは凄く嬉しいし、大事なことだと思う。
このキレイな女の子が、自分の隣で自分の親友を見上げ続けている横顔を、ずっと見てきた心くんの気持ちを思うと、そらー”一歩”は難しかろう。
しかし、彼は踏み出した。
マジ偉い。
月明かりは湖面に不安定に揺れながら、時に雲に覆われ、時に葉に隠される。
エマちゃんがどれだけ強く逸臣さんを追いかけてきたのか、良く知ればこそ切り出しにくい、彼女を置き去りに進んでしまった時間の残酷さと、ままならない心。
風、水、あるいは月。
透明度を重要なモチーフとして、雪やガラスに反射して描かれた主人公の恋路とはまた違った複雑な屈折を、しかし同じだけの真剣さと温かさで持ってこの若者たちも抱えていて、それが美しい画面構成にしっかり反映されている。
心くんが訥々と、起こってしまった事実と隠していた気持ちを告げる調子も、静かに過ぎていく水面の風にしっかりマッチしていて、彼ら特有のナイティな空気を教えてくれる。
『畠中祐最ッ高ォ……』という個人的な感慨はさておき、泥酔して自分を紛らわせ向き合ってきたエマちゃんに、彼らしい真摯な素面で対応出来るようになった変化を感じられて、大変良かった。
……桜志くんが酒の力を借りて自分を前に進めたのに対し、心くんは避け抜くことで言うべきことを言えたんだな……。
揺れ、隠され、震えた月は最後には冴えた光を放ち、起こってしまったことと伝えるべきことは、ちゃんと”一歩”を踏み出す。
これをどう受け止め、どう進み出していくかはエマちゃんが選ぶ未来であり、心くんが寄り添う道になるのだろう。
急に心が正しくなってくれるわけではなく、揺れ動くからこそ愛しいものもあることは、桜志くんを描く筆の中に色濃く宿っているけども、エマちゃん達もまた、そんな複雑で彼ら独自の色合いで、自分たちの人生と恋を塗っていくのだろう。
それがどんな風に進んでいっても、見守り応援したいと思える素敵なものと受け止められるのは、このお話のとても良いところだ。
色んな色、色んな光、色んな空がそれぞれにあって、関わり響き合いながら変化していく豊かさが、群像劇だからこその面白さが、話の最後にググっと力こぶを見せてくれた感じがあった。
良いなぁ……終わるってのにワクワクするのは、凄く良い。
湖面の月のモチーフを引き継ぎ変奏する形で、雪ちゃんと逸臣さんの夜も優しく転がっていく。
なかなか会えない寂しさを反射して、最初雪ちゃんが見上げる月は叢雲なのだが、愛しさに突き動かされてパジャマのまま駆け出し、街頭に照らされながら抱き合った後には、一切の陰りなく明鏡が輝いている。
ここの街頭モチーフは、冬……まだ二人が恋人ではなかった季節に描かれたモノをリフレインしている感じもあって、恋人になればこそ高鳴るときめき、恋人になった彼らが掴み取ったものを、改めて感じることが出来た。
つーか雪ちゃんはホント無防備なトコロあるから、めちゃくちゃ心配だよッ!
そんな薄着で夜に駆け出しちゃダメだよ!!
逸臣さん頼んますよホント!!(ダーリンはちゃんと、顔だけ見て帰ろうとしてました)
しかし胸の高鳴りをせき止めず、優しく語り合う夜というのも恋人の特権であり、そこで優しく頼もしく、雪ちゃんが知らず狭めていた世界を広げてくれる逸臣さんのありがたさも、月下に染み入る。
なにか大きなイベントじゃなくても、楽しくて素敵なことを一個ずつ一緒に作っていって、もっと幸せに、もっと好きになって良い。
そういうことを真っ直ぐ、伝わるように伝えてくれる逸臣さんはそっらーモテるわ……って感じだし、この衒いとためらいのなさと野放図な無遠慮は、裏腹なんだろうなぁと思ったりもする。
長所短所を決めるのは場面と使い方によるわけで、雪ちゃんに必要なものを、欲しいタイミングでちゃんと差し出せている逸臣さんの生き方は、人間が取るべきバランスをしっかり掴んでいると思う。
そのバランス感覚に導かれる形で、雪ちゃんは自分ひとりだと見えないものを見つけれて、知らなかったことに踏み出していける。
そういう人生の拡張装置として、好きになった人がいてくれるって幸せなことだなと、素直に思える話で大変良かった。
『恋したら、一体何が手に入るのか』つう現世利益主義的なツッコミから、僕はロマンス見る時どうしても逃れられないのだが、作品が持つ透明感を損なうことなく、凄く納得行く手応えの答えをしっかり描写してくれているのは、とてもありがたいです。
人生が善くなるから、二人の恋は良いもんなんだな。
というわけで、様々な人々が迷い戸惑いながら、よりよい光の方へ進み出していくエピソードでした。
手話を用いてコミュニケーションする場面が、いつも以上にしっかりと作画されており、逸臣さんが自分をそこに置きたいと思えた雪の世界に、入るための鍵をどれだけ身に着けたのか、感じ取れて良かった。
ろう者が有する様々なコミュニケーション手段を、スムーズに見ているものに解ってもらって、豊かでいいもんだと思えるようクオリティを高く保ってきたの、ホント志あって良いなと思います。
そういう、沢山ある作品の強さと善さを改めて感じられる、最終話一個前なのはありがたい。
心弾む、恋人となってからの初デート。
それは最初であって最後ではなく、ここからもっともっと豊かな世界が花開いていく。
あなたと一緒にいるからこそ眩しい、明るく美しい世界でどんなものが見えて、何が聞こえるのか。
僕がすごく好きになったこのアニメは、最終話、何を描いてくれるのか。
とても楽しみです。