イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

わんだふるぷりきゅあ!:第12話『私はキュアニャミー』感想

 世界の歪みを正すのは、守るための拳か、愛に満ちた癒やしか。
 プリキュア名物女子ステゴロを遠ざけてきた、わんぷり最初の1クールを総決算するべく、愛する者のために爪を研ぐ美影身が月下に映える、わんぷり第12話である。
 大変良かった。

 

 わんぷりは1クール、犬飼姉妹から直接的暴力を遠ざけてきた。
 暴れるガルガルの攻撃を避け、追いかけっこでストレスを抜きつつ、望まぬ呪いを感染させられた犠牲者でもある彼らを優しく抱きしめ、本来の姿に戻してきた。
 今回キュアニャミーが爪を振るうことで、そんな戦い方が絶対の真理ではなく、愛と平和を守るべく暴力を選ぶ存在もいるのだと示されたが、この対比は優しいワンダフル&フレンディ VS 厳しいニャミーという構図に収まらず、プリキュア全体を俯瞰した自作批評にもなっている気がする。

 まゆがユキに出会い惹かれ、ちょっと姿が見えなくなっただけで身も世もないほどに狼狽する姿を丁寧に書いてきたからこそ、物静かなニャミーが手のかかる”妹”をどれだけ大事に思っていて、彼女を守るために誰かを傷つける覚悟を固めていることも良く伝わる。
 まゆがフクロウガルガルに襲われるシーンが、現代伝奇ホラーとしてしっかり仕上がっていたことで、犬飼姉妹視点では時折ぼやける、日常を脅かす侵略者としてのガルガルの在り方も、より鮮明になっていた。
 同時にニャミーの『プリキュアらしい』スタイリッシュな暴力でボコられたガルガルは、傷つけられた生命としての哀れさをしっかり描かれてもいて、日常を壊す加害者でありながら望まぬ暴力に駆り立てられた被害者でもある、今回の敵役の複雑さをよく掘り下げている。
 この二面性はニャミーにも言えて、彼女が振るう爪が大事な誰かを守るために振るわれているとしても、確かに制御不能な危うさを秘めて暴発しているのだと、割って入ったフレンディを傷つけかねない描写から良く分かった。
 ガルガルとの遭遇以来、登場するキャラクターがほとんど瞬きをしない緊張感を画面に満たすことで暴かれていく、異形の存在が脅かす平穏と、それを打ち払う力両方の危うさ。

 

 この二面性は、犬飼姉妹がワーワー騒がしく日常を駆け抜け、ただただ真っ直ぐな愛情でお互いを求め合うこれまでの物語を、キャンバスにするからこそ成立する。
 みんななかよし、ケンカはやめて。
 現実では通用しないお題目だからこそ、”プリキュア”が胸を張って告げなければいけない大事なメッセージを、こむぎといろはちゃんは時に傷つきながらその身で守り、貫いてきた。
 1クールに渡って生ぬるい非暴力バトルを続けてきた長さと重さは、”戦わないプリキュア”という大胆な挑戦がただの看板ではなく、穏やかな日常を誰よりも愛し守りたい、少女たちの心から生まれたものだという実感を、しっかり作品に根付かせている。

 では今回爪を振るってガルガルを傷つけたニャミーは、愛を知らない凶暴な獣なのだろうか?
 まゆとユキがどう出会い、色々難しいところのある”妹”がどれだけ”姉”に依存しているのか、ぶっちゃけヤリ過ぎ感ある甘えっぷりをどう許容しているかをじっくり見てきた視聴者からすれば、ニャミーの戦いには一定以上の正当性が宿る。
 愛しているものが脅かされた時、拳を握って脅威に立ち向かうのは勇気ある行動であり、とても正しいことだろう。
 しきりにまゆに『近づくな』と告げるニャミーが、ひたすらに愛のために闘っていること……非暴力を選んだワンダフル達と同じ泉から、戦う力を汲み出していることは適切に描かれた表現から、しっかり読み取れる。

 しかしニャミーの爪は痛ましく危ういものでもあり、それは”正義の”という枕詞がつ光がつかなかろうが、暴力なるものに必ず付随する属性だ。
 愛するものを守る正義の戦いに、割って入ったフレンディを傷つける寸前、ニャミーが蹴り足を止められたことは幸運であり、また彼女が分別をもって暴力を行使している事実を、良く示している。
 自分とは違う戦い方を選んだ誰かを、否定せず距離を取る落ち着きを持ちつつも、それによって踏みにじられる理想、実際に傷つく犠牲者に後ろ髪を引かれない、苛烈な強さ。
 ワンダフル達の選んだ戦わない優しさが、生ぬるいものではないことは例えば第7話でライオンガルガルと闘った時、彼女たちに刻まれた傷が良く語っている。
 傷ついてもなお守りたいものがある強さと、傷つけてもなお守りたいものがある強さは、どちらが正しいのか。
 1クール溜めに溜めて、満を持してのニャミー登場はそういう、両立が難しそうな2つの正義、2つの正解を確かな手応えをもって、見ているものに問いかけてくる。

 

 これはわんぷり内部での批評的対峙に収まらず、20周年を過ぎてなお続く”プリキュア”を改めて問い直す、優れた描写だと思う。
  映画Fという大傑作がプリキュアの20年間を総括し、『プリキュアとはなにか』という問いかけに堂々真正面から答えた後だからこそ、描け問える『プリキュアと暴力』
 大事なものを守りたいと願う時、望まぬ呪いに付けられた傷を癒やす時、拳を振るう選択は果たして、適正なのか。
 戦うことには、どんな意味と危うさがあるのか。
 拳を握る行為それ自体が、ひどく脆く弱い愛と正義を握りつぶしはしないのか。
 前作最終決戦において、ヒーローたるキュアスカイが討ち果たすべき悪と同質化し、制御不能になった危うさを乗り越え打ち破る決め手となったのが、武器を手放しソラちゃんを信じ抜くキュアプリズムの”強さ”であった描写とも、どこか響く問いかけだと思う。

 ヒーローの物語において力と愛、正義とその危うさを問うのは普遍的王道であると同時に、非常に現代的な問いかけだとも思うので、これがわんぷりだけの手応えをもって力強く、新鮮に機能する土台を1クール作って練り上げ、キュアニャミーという魅力的なキャラクターで炸裂するよう積み上げてきたのは、とても素晴らしいことだ。
 背負っているテーマの重たさを考えれば、一話で即加入というのも焦りすぎた筆致になるだろうし、『敵か味方かキュアニャミー!』という謎で引っ張りつつ、じっくり煮込む姿勢を見せたのも良かった。
 犬飼姉妹とキュアニャミーは正面衝突しそうな戦闘哲学の相違を抱えつつ、相手を完全否定して殴りかかる短慮ではなく、自分の望みと相手の願いをちゃんと見ようとする、コミュニケーションに対して開かれた姿勢を既に見せている。
 譲れない対立点と、知性と優しさに満ちた対話可能性を両立させている現在地も大変良い感じで、こっからどう転がっていくのか、大変に愉しみだ。

 

 

 そんなニャミーの本来の姿、猫屋敷ユキの気ままな猫ぐらしもめっちゃ良い感じに描かれて、マジ最高だった。
 流体のように狭い隙間をくぐり抜けるユキ、ガツガツキャットフードかじるユキ、ニンゲンの手を逃れて高みから見物してるユキ、”妹”の甘えを済まし顔で受け入れるユキ……。
 色んなユキが見れるとすごい幸せな気分になれて、大変ありがたい。
 ガルガルの素体になるエキゾチックアニマルだけでなく、身近なようでいて全然知らないイヌ・ネコがどんな動物なのか、どう活きて素敵で面白いのか、描写から感じ取れるように頑張ってくれているのは、生命をメインテーマに据えたお話として凄く大事なことだと思う。

 勝手気ままに気高く、人間の目の届かないところで夜を守る、猫という種族。
 何かと影に閉じこもりがちなまゆを、グイグイ前に出て光の中へ引っ張り出すいろはちゃんの”陽”に反射する形で、静かで暗いユキのあり方が際立つのも、また面白かった。
 いろはちゃんが人間的視野の広い、観察力のある少女だということはコレまでも描写されてきたが、ユキの変化でをに翳らせているまゆの表情をしっかり見て、『友達だよ!』と堂々告げれる頼もしさが、大変良かった。
 このダイレクトで真っ直ぐな感情表現と、猫らしいツンデレ気まぐれに重たい守護精神を隠すユキは真逆なんだけども、根っこの部分は完全に重なってもいて。
 日常パートで陰陽分かれた愛の形を描くことで、正義と愛と暴力を巡る非日常の戦いが奥行きを増しているのは、凄く良い表現だなと感じた。
 ここら辺のキャラ同士、あるいは日常と非日常の共鳴は、やっぱプリキュアの醍醐味かなーと思うね。

 ニャミーがまゆを案じて爪を振るうように、自分を守るために秘密の戦いを繰り広げている”姉”の身を、まゆだって心配している。
 なにしろ猫が人間になって暴れるんだから、秘密にするしかない影の戦いにはなるのだが、しかしまゆの真摯な祈りを跳ね除けるように、一人戦い傷ついてるニャミーの姿は、暴力に宿るものとはまた違った危うさが、確かにある。
 言葉がなくとも深く通じ合う、猫屋敷姉妹の出会いと現在が印象的に描かれたからこそ、人型をとなり言葉を得たからこそ新たな絆を育める、コミュニケーションの素晴らしさもまた、新キュア誕生に重ねて描かれるんじゃないか。
 そういう期待も、モリモリある。
 わんぷりは焦りのない穏やかな筆致の中に、かなり適切かつ精妙に物語の種を埋め込んで、いいタイミングで発芽させる能力が高い感じするので、お互いを思う猫屋敷姉妹のズレもまた、より良い形で止揚されそうなんだよなぁ……。

 

 対象年齢を下げ、柔らかで落ち着いた表現を選ぶことが必ずしも、物語の諸要素を研ぎ澄ませ使いこなす巧さを否定しないこと。
 むしろそんな巧妙さがあってこそ、平易な表現の中に難しいテーマ性、一筋縄ではいかない対比構造を盛り込めもする。
 そういうわんぷりの強さ凄さを、第1クール終了の節目にしっかり感じ取ることが出来るエピソードでした。
 いやー……巧いわ。
 単話としての仕上がりも良いし、ジリジリ積み上げてきた猫屋敷姉妹物語の転換点としても、拳を握らないプリキュアを掘り下げる勝負どころとしても、めっちゃ良い。

 極めてクールに熱く、主役たちの非暴力に拳を突き出してきた月光の戦士。
 肩を並べて戦うところまでは、結構時間がかかりそうですが、その難しさがより鮮明に戦いの意味を、愛の強さを削り出してもくれるでしょう。
 そういう巧さと強さ、わんぷりはしっかり持っているともう、ここまでの12話が教え示してくれとるからね……。
 『やっぱ新しいプリキュアを”理解っていく”時間は、最高に嬉しい……』としみじみ思いつつ、ここから拡がる新たな物語を愉しみたいと思います。
 ”わんだふるぷりきゅあ!”、いいアニメ、素敵なプリキュア、凄い物語です。