忘却バッテリー 第8話を見る。
トラウマ克服補正で藤堂くんが熱血パワー系野球部野郎に戻る中、球場ど真ん中に空いたでけー穴をどう埋めるか…という、土屋パイセン加入回である。
圭ちゃんにドシロート目線を担当させることで『ここがヘンだよ高校野球』をやってきたお話が、体育会系の悪しき空気に殺されたメカクレオタクくんを取り込んで、戦力補強を果たす…って感じか。
脳髄の奥まで”野球”に浸された、理屈蹴っ飛ばし根性路線の藤堂&清峰、理不尽なキツさはノーサンキューな土屋&要、今っぽい柔らかさで間に立つ千早&山田と、部内でのスタンスにグラデーションがあるのがなかなか面白い。
このアニメ幾つか上手い所あるけど、野球全然知らない世間の大多数をギャグ&熱血で引っ張り込みつつ、テーマにしている競技の文化やイヤポイントを上手く話に絡めて、読者の野球リテラシーを上げていくスポ根漫画の基本を、キッチリやってるのが強いと思う。
読者の疑問を代弁してもおかしくないドシロートを主役に据えるのは、このジャンルの基本中の基本だと思うけど、記憶飛ばしてドシロートに戻った圭ちゃんに素直な感想吐かせつつ、展開に必要なら昔思い出して”野球”出来るの、上手い構成だなーと思う。
世間一般の”野球”へのイメージと、実際の部分を噛み合わせて小手指独自の空気を生むのも、上手くいってる印象。
前回までの藤堂くんエピで解るように、余裕で人間すり潰す”野球”のどす黒い部分にも、ちゃんと目を向けてるこのお話。
『旧態依然としたスーパーパワハラ競技』という、世間一般の偏見…とも言い切れない要素に、今回は切り込んでいく。
土屋先輩が馴染めずぶっ壊された、グランドに漂うイヤルールは、顧問がいなくて先輩が超いい人orやる気ないクズな小手指には、幸運にして縁遠い。
”伝統”の美名で守られた、人間食い殺す最悪の犠牲になった連中なので、それを引き継ぐ意味も見いだせないしね。
ここら辺は合理主義者の現代っ子・千早くんが、実質上のトレーナーやってるのも大きい感じ。
本気で熱く競技に打ち込みつつ、他人を否定する強い言葉は持ち込まない。
あくまで燃え盛る自主性に規律を委ねて、のびのびやりたいように生徒だけでやっていく。
そういう小手指のムードは、クソ都立に流れ着くしかなかった野球敗残兵故に生まれたもんかなぁ、と思ったりする。
同時にガッチンガッチンに上下関係固めていく、野球界のスタンダードで鍛えられてきた藤堂くんは、イップス克服と同時にド根性スタイルも思い出しちゃって、圭ちゃん相手にやり過ぎたりするけど。
暴走はするけどもちゃんと謝って、みんなで選んだ小手指イズムに戻ってこれるのが、藤堂くんの良いところだ。
一回はやっとかないといけんネタだしね。
『野球は好きだけど、野球に付きまとう最悪は大嫌い』つう土屋先輩のメンタルは、”野球”の外側を今包んでいる空気といい具合の噛み合いしてると思う。
インサイダーになっちゃえば気にならない…というか、飲み込まなければそこで生きていけない不可視のルールを、どうしても受け入れられない人ってのはいて。
その不適正は競技全体への不適合とイコールではないことを、土屋先輩は体現する。
つーか”野球”内部でも、かなり問題視されて現在改善中…あるいはオルタナティブを用意してるネタでもあるしねここら辺。
変化しつつある時代と、”野球”がどう付き合うのか考える上で、結構大事なものが描かれてる回だと思う。
ここら辺の『古くて強い野球』にガッチリ染まりつつ、小手指とは別の価値観軸を背負う帝徳がもう一人の主役として立ち上がってくることで、このお話は極めて多角的に”野球”を描けるようにもなってくるわけだが…アニメの範囲だとそこまで描けねーわな。
小手指のライトで自由で自主的な現代性を絶対視するのではなく、強豪として”野球”のド真ん中に腰を落とし、そこから生まれる残酷に誠実に向き合いながら戦うライバルも肯定的に描くことで、『んなヌルいやり口で強くなれっかよ!』とツッコミたくもなる主役側のバランスを、上手く取っていくお話ではある。
なので今回の土屋先輩野球復帰は、思いの外伸びる球だと思うのだ。
さておき単独のエピソードとしても、”野球”の外側に追い出された連中ともド素人だからこそ通じ会える圭ちゃんの強みとか、間に立つ山田くんの人柄とか、適切なトラウマ克服方法をすぐさま提示できる千早くんの優秀さとか、キャラの強みがよく見える回だった。
プレーの凄みと同じくらい、キャラの個性が”部”という社会でどう噛み合って機能しているのかを、そいつの良さとして押し出してくるのは、目立たないけど咲くひん独自の味だなー、と思う。
”野球”からはじき出され傷ついた子供たちが、自分を曲げないまま新しい社会を、自分たちなりの”野球”を造っていく再生の話。
そういう所に、僕は面白みを感じている。
土屋先輩も自分を否定されない新しい居場所で、”野球”への愛と俊足を武器に戦っていくことになる。
新しい戦力を加えたことでチームがどう変わっていくかも、ずっと望んで叶わなかった『自分を否定されない野球』を通じて彼がどうなっていくかも、見ていて楽しい物語になるだろう。
いい感じに波を掴んでいる小手指に、あまりにも美しい朝焼けを描くCパートはどんな嵐を呼び込むのか。
マージで船隠雄貴さんとMAPPA美術部、凄まじすぎる…仕事調べたら”ワンダーエッグ・プライオリティ”の美監だったので、色々納得したりした。
智将時代の圭ちゃんが葉流火とどういう関係で、残酷な”野球”をどう捉えていたかってのは、今の小手指とかなり深い関わりを持つネタだ。
ここに切り込んでいく次回、アニメがどういう角度から描いて行くのかはとても楽しみです。
土屋先輩が殺されかけた空気、今の小手指が拒んでる雰囲気を、むしろ武器に代えるほど適合して闘っていた(そして負けて記憶を失った)圭ちゃんの過去が、このタイミングで来るの…連載追ってる時は気づかんけども、かなりエグい構成なのね。
ハシャいだ明るさでキャッチーさを作りつつ、”野球”が持ってる致死性の毒に向き合い続ける姿勢、俺はやっぱり好きだな。
・追記 『こんなに美しい場所に立っていたなら、そらー尋常じゃいられなかっただろうよ』という納得が、ちゃんと湧き上がってドラマを下支えしてるの、アニメの美術だなー、って感じで最高。
忘却バッテリー追記
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2024年6月4日
一話冒頭の爆弾みたいな雲といい、圧倒的な美術で殴りつける場面は軒並み過去だ。
主役の重たい過去を言葉で語らぬまま、背景に喋らせる良い演出だと思う。
アホバカ主役の生み出すハシャいだ空気の奥に”何か”があるという予感を、視聴者の脳味噌に押し込んでおく手助けにもなるし
同時に美術の強さが前に出る、人間が小さくなる構図のとり方は、綺麗だけど寂しい、既に終わってしまった場所の空気を見事にえぐり出す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2024年6月4日
世界に二人きり、誰の名前も覚えず白球で殺し続ける道を進んで進んで、記憶ごとクラッシュした主役たちがいた、美しい地獄の風景。
その壮絶な美しさは、アニメになったからこそ新たに描ける情景で、こういうのがあると自分は『良いアニメ化だなぁ…』と思ったりする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2024年6月4日
こういう強い美術を濫用せず、普段のおバカノリとメリハリつけながら良いところで使う選球眼が、こういう感想を支えているのだろう。