イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

わんだふるぷりきゅあ!:第12話『私はキュアニャミー』感想

 世界の歪みを正すのは、守るための拳か、愛に満ちた癒やしか。
 プリキュア名物女子ステゴロを遠ざけてきた、わんぷり最初の1クールを総決算するべく、愛する者のために爪を研ぐ美影身が月下に映える、わんぷり第12話である。
 大変良かった。

 

 わんぷりは1クール、犬飼姉妹から直接的暴力を遠ざけてきた。
 暴れるガルガルの攻撃を避け、追いかけっこでストレスを抜きつつ、望まぬ呪いを感染させられた犠牲者でもある彼らを優しく抱きしめ、本来の姿に戻してきた。
 今回キュアニャミーが爪を振るうことで、そんな戦い方が絶対の真理ではなく、愛と平和を守るべく暴力を選ぶ存在もいるのだと示されたが、この対比は優しいワンダフル&フレンディ VS 厳しいニャミーという構図に収まらず、プリキュア全体を俯瞰した自作批評にもなっている気がする。

 まゆがユキに出会い惹かれ、ちょっと姿が見えなくなっただけで身も世もないほどに狼狽する姿を丁寧に書いてきたからこそ、物静かなニャミーが手のかかる”妹”をどれだけ大事に思っていて、彼女を守るために誰かを傷つける覚悟を固めていることも良く伝わる。
 まゆがフクロウガルガルに襲われるシーンが、現代伝奇ホラーとしてしっかり仕上がっていたことで、犬飼姉妹視点では時折ぼやける、日常を脅かす侵略者としてのガルガルの在り方も、より鮮明になっていた。
 同時にニャミーの『プリキュアらしい』スタイリッシュな暴力でボコられたガルガルは、傷つけられた生命としての哀れさをしっかり描かれてもいて、日常を壊す加害者でありながら望まぬ暴力に駆り立てられた被害者でもある、今回の敵役の複雑さをよく掘り下げている。
 この二面性はニャミーにも言えて、彼女が振るう爪が大事な誰かを守るために振るわれているとしても、確かに制御不能な危うさを秘めて暴発しているのだと、割って入ったフレンディを傷つけかねない描写から良く分かった。
 ガルガルとの遭遇以来、登場するキャラクターがほとんど瞬きをしない緊張感を画面に満たすことで暴かれていく、異形の存在が脅かす平穏と、それを打ち払う力両方の危うさ。

 

 この二面性は、犬飼姉妹がワーワー騒がしく日常を駆け抜け、ただただ真っ直ぐな愛情でお互いを求め合うこれまでの物語を、キャンバスにするからこそ成立する。
 みんななかよし、ケンカはやめて。
 現実では通用しないお題目だからこそ、”プリキュア”が胸を張って告げなければいけない大事なメッセージを、こむぎといろはちゃんは時に傷つきながらその身で守り、貫いてきた。
 1クールに渡って生ぬるい非暴力バトルを続けてきた長さと重さは、”戦わないプリキュア”という大胆な挑戦がただの看板ではなく、穏やかな日常を誰よりも愛し守りたい、少女たちの心から生まれたものだという実感を、しっかり作品に根付かせている。

 では今回爪を振るってガルガルを傷つけたニャミーは、愛を知らない凶暴な獣なのだろうか?
 まゆとユキがどう出会い、色々難しいところのある”妹”がどれだけ”姉”に依存しているのか、ぶっちゃけヤリ過ぎ感ある甘えっぷりをどう許容しているかをじっくり見てきた視聴者からすれば、ニャミーの戦いには一定以上の正当性が宿る。
 愛しているものが脅かされた時、拳を握って脅威に立ち向かうのは勇気ある行動であり、とても正しいことだろう。
 しきりにまゆに『近づくな』と告げるニャミーが、ひたすらに愛のために闘っていること……非暴力を選んだワンダフル達と同じ泉から、戦う力を汲み出していることは適切に描かれた表現から、しっかり読み取れる。

 しかしニャミーの爪は痛ましく危ういものでもあり、それは”正義の”という枕詞がつ光がつかなかろうが、暴力なるものに必ず付随する属性だ。
 愛するものを守る正義の戦いに、割って入ったフレンディを傷つける寸前、ニャミーが蹴り足を止められたことは幸運であり、また彼女が分別をもって暴力を行使している事実を、良く示している。
 自分とは違う戦い方を選んだ誰かを、否定せず距離を取る落ち着きを持ちつつも、それによって踏みにじられる理想、実際に傷つく犠牲者に後ろ髪を引かれない、苛烈な強さ。
 ワンダフル達の選んだ戦わない優しさが、生ぬるいものではないことは例えば第7話でライオンガルガルと闘った時、彼女たちに刻まれた傷が良く語っている。
 傷ついてもなお守りたいものがある強さと、傷つけてもなお守りたいものがある強さは、どちらが正しいのか。
 1クール溜めに溜めて、満を持してのニャミー登場はそういう、両立が難しそうな2つの正義、2つの正解を確かな手応えをもって、見ているものに問いかけてくる。

 

 これはわんぷり内部での批評的対峙に収まらず、20周年を過ぎてなお続く”プリキュア”を改めて問い直す、優れた描写だと思う。
  映画Fという大傑作がプリキュアの20年間を総括し、『プリキュアとはなにか』という問いかけに堂々真正面から答えた後だからこそ、描け問える『プリキュアと暴力』
 大事なものを守りたいと願う時、望まぬ呪いに付けられた傷を癒やす時、拳を振るう選択は果たして、適正なのか。
 戦うことには、どんな意味と危うさがあるのか。
 拳を握る行為それ自体が、ひどく脆く弱い愛と正義を握りつぶしはしないのか。
 前作最終決戦において、ヒーローたるキュアスカイが討ち果たすべき悪と同質化し、制御不能になった危うさを乗り越え打ち破る決め手となったのが、武器を手放しソラちゃんを信じ抜くキュアプリズムの”強さ”であった描写とも、どこか響く問いかけだと思う。

 ヒーローの物語において力と愛、正義とその危うさを問うのは普遍的王道であると同時に、非常に現代的な問いかけだとも思うので、これがわんぷりだけの手応えをもって力強く、新鮮に機能する土台を1クール作って練り上げ、キュアニャミーという魅力的なキャラクターで炸裂するよう積み上げてきたのは、とても素晴らしいことだ。
 背負っているテーマの重たさを考えれば、一話で即加入というのも焦りすぎた筆致になるだろうし、『敵か味方かキュアニャミー!』という謎で引っ張りつつ、じっくり煮込む姿勢を見せたのも良かった。
 犬飼姉妹とキュアニャミーは正面衝突しそうな戦闘哲学の相違を抱えつつ、相手を完全否定して殴りかかる短慮ではなく、自分の望みと相手の願いをちゃんと見ようとする、コミュニケーションに対して開かれた姿勢を既に見せている。
 譲れない対立点と、知性と優しさに満ちた対話可能性を両立させている現在地も大変良い感じで、こっからどう転がっていくのか、大変に愉しみだ。

 

 

 そんなニャミーの本来の姿、猫屋敷ユキの気ままな猫ぐらしもめっちゃ良い感じに描かれて、マジ最高だった。
 流体のように狭い隙間をくぐり抜けるユキ、ガツガツキャットフードかじるユキ、ニンゲンの手を逃れて高みから見物してるユキ、”妹”の甘えを済まし顔で受け入れるユキ……。
 色んなユキが見れるとすごい幸せな気分になれて、大変ありがたい。
 ガルガルの素体になるエキゾチックアニマルだけでなく、身近なようでいて全然知らないイヌ・ネコがどんな動物なのか、どう活きて素敵で面白いのか、描写から感じ取れるように頑張ってくれているのは、生命をメインテーマに据えたお話として凄く大事なことだと思う。

 勝手気ままに気高く、人間の目の届かないところで夜を守る、猫という種族。
 何かと影に閉じこもりがちなまゆを、グイグイ前に出て光の中へ引っ張り出すいろはちゃんの”陽”に反射する形で、静かで暗いユキのあり方が際立つのも、また面白かった。
 いろはちゃんが人間的視野の広い、観察力のある少女だということはコレまでも描写されてきたが、ユキの変化でをに翳らせているまゆの表情をしっかり見て、『友達だよ!』と堂々告げれる頼もしさが、大変良かった。
 このダイレクトで真っ直ぐな感情表現と、猫らしいツンデレ気まぐれに重たい守護精神を隠すユキは真逆なんだけども、根っこの部分は完全に重なってもいて。
 日常パートで陰陽分かれた愛の形を描くことで、正義と愛と暴力を巡る非日常の戦いが奥行きを増しているのは、凄く良い表現だなと感じた。
 ここら辺のキャラ同士、あるいは日常と非日常の共鳴は、やっぱプリキュアの醍醐味かなーと思うね。

 ニャミーがまゆを案じて爪を振るうように、自分を守るために秘密の戦いを繰り広げている”姉”の身を、まゆだって心配している。
 なにしろ猫が人間になって暴れるんだから、秘密にするしかない影の戦いにはなるのだが、しかしまゆの真摯な祈りを跳ね除けるように、一人戦い傷ついてるニャミーの姿は、暴力に宿るものとはまた違った危うさが、確かにある。
 言葉がなくとも深く通じ合う、猫屋敷姉妹の出会いと現在が印象的に描かれたからこそ、人型をとなり言葉を得たからこそ新たな絆を育める、コミュニケーションの素晴らしさもまた、新キュア誕生に重ねて描かれるんじゃないか。
 そういう期待も、モリモリある。
 わんぷりは焦りのない穏やかな筆致の中に、かなり適切かつ精妙に物語の種を埋め込んで、いいタイミングで発芽させる能力が高い感じするので、お互いを思う猫屋敷姉妹のズレもまた、より良い形で止揚されそうなんだよなぁ……。

 

 対象年齢を下げ、柔らかで落ち着いた表現を選ぶことが必ずしも、物語の諸要素を研ぎ澄ませ使いこなす巧さを否定しないこと。
 むしろそんな巧妙さがあってこそ、平易な表現の中に難しいテーマ性、一筋縄ではいかない対比構造を盛り込めもする。
 そういうわんぷりの強さ凄さを、第1クール終了の節目にしっかり感じ取ることが出来るエピソードでした。
 いやー……巧いわ。
 単話としての仕上がりも良いし、ジリジリ積み上げてきた猫屋敷姉妹物語の転換点としても、拳を握らないプリキュアを掘り下げる勝負どころとしても、めっちゃ良い。

 極めてクールに熱く、主役たちの非暴力に拳を突き出してきた月光の戦士。
 肩を並べて戦うところまでは、結構時間がかかりそうですが、その難しさがより鮮明に戦いの意味を、愛の強さを削り出してもくれるでしょう。
 そういう巧さと強さ、わんぷりはしっかり持っているともう、ここまでの12話が教え示してくれとるからね……。
 『やっぱ新しいプリキュアを”理解っていく”時間は、最高に嬉しい……』としみじみ思いつつ、ここから拡がる新たな物語を愉しみたいと思います。
 ”わんだふるぷりきゅあ!”、いいアニメ、素敵なプリキュア、凄い物語です。

終末トレインどこへいく?:第4話『なんでおしり隠すの?』感想ツイートまとめ

 武蔵横手から稲荷山に至る、幻想と狂気に満ちた長くて短い旅路。
 終末トレインどこへいく? 第4話を見る。

 第2話に引き続き運命共同体の過去と現在をゆるやかに見せる回であるが、ヤギ人間からミニチュア軍隊まで、多種多様な狂気が見ている側を飽きさせず、奇妙な詩情と落ち着きをもって旅を見守れた。
 一面の高麗人参、物言う地蔵の群れ、空を埋め尽くす臓物。
 多種多様なヴィジュアルでもって、終わってしまった世界の奇妙な面白さを伝えてくれるのは、作品で摂取したい味わいをちゃんと手渡してくれる感じで良い。
 やっぱこの奇妙奇天烈、しっかり飲み干したい旨味がちゃんとあるな…異界旅行で大事な所だ。

 

 絵面は大変に狂っているが、そこを征く少女と犬は全体的に穏やかというか、シリアスなヤバさを遠ざけるようにきらら気配を維持。
 世界は大変にヤバいのに、温まったい青春をバリアのように張り巡らして、ドタバタしみじみお互いを大事にしながら進んでいく様子が、独自のテンポを生み出してもいる。
 狂って終わってしまった自分の外側に、侵食されずペースを保ち、ギリギリ笑える範疇で物語を展開するためには、大人と子供の中間地点に立っている思春期の少女達と、彼女たちのとても小さな触れ合いが必要なのだろう。
 ジュブナイルのキャンバスに塗ることで、狂気と破滅の原液がギリギリ、チャーミングな色合いを引き出されている印象。

 東吾野でのキノコ・クライシスを経て、観光気分もいい塩梅に抜け、少女たちは少しタフになった。
 第2話で境界線がはっきり引かれていた、静留の運転席と撫子たちの客席は境が薄くなり、玲実もマスコンを握り静留もモールス信号をやる。
 誰かに押し付け任せるのではなく、旅に必要なよしなし事をそれぞれ引き受け、おパンツ洗濯したり食料取ったり、狂気の旅は異界観光からJKサバイバルへ、少し手触りを変えつつある。
 ここら辺の生活感の強化が、終末旅行を通じてちょっとずつ女の子たちが変わっていく手触りをしっかり補強し、独特の味わいも生み出してて善い。
 カオスな狂気を表に立てつつ、青春と旅情を大事にしてくれてる印象だ。

 

 前回孤軍奮闘で仲間を菌糸から守った晶は、ビビリとプライドが入り混じった素直になれなさでお尻のキノコを見せられず、大分やばい感じに追い詰められていく。
 すっかりダメになってしまった彼女を救うべく、仲間たちが色々駆けずり回るのは、頑張ってくれた晶への恩返し…トンチキながら確かな絆を感じさせて、なんか良かった。

 ビビりだったり無遠慮だったり、それぞれ個性や適正は違えども、終末トレインに乗ってしまっている以上皆は仲間で、生きるも死ぬも一緒だ。
 どんだけコミカルでクレイジーでも、人間と人間が繋がる根っこは、(一応)正気(に見える)な僕らの世界と変わりがないわけで、そこ大事にしてくれると見やすい。

 ここまで静留重点で転がしてきたお話が、奮戦の代償として晶が凹むことで、彼女に一番縁が深い玲実をクローズアップする形になっていくのも、また面白い。
 世間が狭い片田舎で、泣くも笑うもずっと一緒だった幼馴染は、ギャーギャーいがみ合いながらもお互いをよく分かっていて、消えてしまえばとても淋しい。
 トンチキながら本物な、二人の耐えない絆が描かれることで、転校生と地元っ子、仲違いしたまま運命に引き裂かれた静留と葉香の関係性も、別の角度から照らされていく。
 後々問題山積とはいえ、おしりのキノコをダイレクトに引っこ抜ける玲実に対し、静留は葉香に会えすらしない。
 だからこそ、終末トレインは池袋を目指す。

 時折挟まる回想シーンが、電車内に詰め込まれた過去の記憶、感情の苗床をこちらに見せてくれて、今彼女たちが立っている場所と、これから征く未来への納得を深めてもくれる。
 玲実と晶が想像(あるいは期待)通りに、ケンカするほど仲が良い最高幼馴染だと教えてくれたことで、勢いよく滑り出した終末トレインに何が積まれていて、どんだけ世界が狂っていても守りたいのか、こっち側に届いた感じだ。
 やっぱこういう手触りがないと、お話にもキャラにも体重を預けられないし、狂った世界の魅力も上滑りしてしまって、ゲラゲラ笑いつつ心底楽しむとは行かなくなるだろう。
 湿った人情とシニカルな笑い、両者のバランスが良いお話。

 狂った危険が山盛りの世界で、撫子ちゃんはひとり静かに弦を張り、”いつか”に備える。
 彼女が極めて冷静に周囲を睥睨し、何かと危なっかしい友達がイカれた世界で生き延びられるよう、穏やかに靭やかに立ち回っている彼女が、ユルい雰囲気に似合わぬ”暴”を構えている様子は、お話全体をピリッと引き締めていた。
 彼女の人徳でノリ任せの旅もなんとか回ってる感じが強いが、静留-葉香/玲実-晶でラインが繋がって、撫子一人浮きな状況で宙ぶらりんなのは、なかなか気になる。
 この浮遊感がそのうち、感情の出口を求めて誰かに襲いかかってくると、良い感じの温度上がりそうだがさて、どうなるか…アツいの頼むマジ!

 

 期間限定の賢者の助言を受けて、稲荷山に救済を求めたら、1/6サイズの軍隊に襲われ次回に続く。
 令和時代のリリパットヒッチャーが何を暴き出すか、なかなか良い感じで引いたけども、東吾野の体たらくを見るだに、なかなかロクでもないんだろうなぁ…(ワクワク)

 今回7駅駆け抜けたことで良い感じにスピード感も出たし、終末紀行に対応してちょっとタフになった一行も見れたし、新たな危機をどう切り抜け、マタンゴ退治頑張ってくれた晶に報いるのか、楽しみに来週を待ちます。
 奇想が暴れる消化難易度高い話ながら、ペーソスに満ちた雰囲気と確かな青春絵巻っぷりで、結構食べやすいのは流石の味付けだ…。

ブルーアーカイブ The Animation:第3話『便利屋68にお任せください!』感想ツイートまとめ

 ブルーアーカイブ The Animation 第3話を見る。

 常識外れの借金に追いこまれてるアビドスの面々が、それはさておきラーメン食って他の女の子と交流を深め、即座にガッツリそいつらと銃撃戦になるお話であった。
 終始ゆるふわな温度感で萌え萌え日常が展開され、その3センチ先に犯罪行為と銃撃戦がサラッとお出しされる、ブルアカ時空の特異性(と、アニメからの自分が感じるもの)を原液で飲み干すような回だった。
 いやー…TLで終始話題になる大覇権コンテンツだから、もっとアクが少ないもんだと思ってたが、相当ヘンテコだなこの話!
 そういうの、俺好きだよ。”サタスペ”とか”ガンドッグ”とかバリバリやってたし。

 

 かっこよくキメようとしてキメきれない、アルちゃん社長が率いる便利屋68が、荒廃したアドビスで銃抜いて”仕事”してくるのはまぁ解るのだが。
 曲りなりとも主役サイドの対策委員会が、問題解決のためにノータイムでバスジャック&銀行強盗を提案する治安の悪さは、シロコとホシノの〔犯罪〕が高すぎる結果なのだろうか…。
 困ったときの名作シナリオ”Bank Rush”!
(萌えと最悪治安が隣り合う作品世界を飲み干すべく、自分の中のサタスペ辞書で作品を翻訳しだしたマン。
 なお”サタスペ”は、冒険企画局が出してる犯罪都市オーサカの木端犯罪者を遊ぶTRPGシステム。ロクでもないルールが山盛りで最高だッ!)

 寝言はさておき、話の進展としては最初の会議シーン…それもアヤネの発言だけでだいたい終わってて、アビドスに襲い来るろくでなしの裏には金持ちのロクデナシが隠れてるらしい、という話。
 アルちゃん達がその裏を教えてくれるわけではなく、笑いと萌えと銃声に満ちたアビドスの日常がまったり流れていく話であるが、ポンコツ犯罪集団なりに一線を引いて”仕事”している感じはあって、なかなか良かった。
 バトル描写が増えるほどに、アビドス人の常識外れな頑丈さ、銃撃戦がじゃれ合いにしかならないタガの外れ方が目立つが、今後話がシリアス度を増した時、どういう味付けで洒落になんなさを醸し出してくるかは、結構愉しみ。

 C4だのクレイモアだの至近距離で爆発しても、ミンチどころか出血すらしないタフっぷりは、交錯する暴力がある種のじゃれ合いで収まる安全装置を、描写にかけている。
 『銃撃戦が書きたい』と『女の子を洒落にならない気まずい状態には追い込みたくない』を共存させるべく、『銃で撃たれたら人は死ぬ』というルールが書き換わっている状況な感じだが、では廃校の危機もまたタチの悪い冗談なのか?
 サイフへのダメージと肉体点の減少は、処理するレイヤーが違うってことなのだろうか?(再びのサタスペ語)

 

 鮮やかな青が印象的な、清潔感のある世界にどんだけ重たくドス黒いものが、存在を許されているのか。
 そこら辺を今後、お話の中描かれる作中現実を飲み干しつつ、探っていく感じかなぁと思う回だった。
 いやまぁ、『死ぬときゃ死ぬ』と血を流させて描けば、あるいは全く洒落にならない底抜けのクズが顔を出せば、作中のルールも一気に切り替わるとは思うんだが…。
 皆が皆、便利屋みたいな楽しく可愛い暴力装置ってわけじゃないだろうしね。

 一緒に楽しくラーメン食って、すぐさま鉄砲パンパン撃ち合えるような、ちょっと壊れて幸せな距離感の裏側に、どんだけ洒落にならない地獄が待っているのか。
 個人的な嗜好としては、人殺しの道具(と、僕らの現実においては機能するもの)を握ってるなら、結構な重たさも欲しい感じだが…
 まーそこら辺の濁りは、いきなりブッかけると初見バイバイになっちゃうかもしれないし、むしろゆるふわバイオレンスに慣れさせた上で思い切りブチまけたほうが”効く”毒気だとも思うので、空気が切り替わる瞬間を楽しく待つ。
 次回も楽しみですね。

 

 それにしたって、第1話でメインヒロインっ面して朝から晩まで”生活”細やかに見せてたシロコが、ノータイムで手っ取り早い解決狙ってくるのは面白かった。
 自分の中で作品と彼女を受け止めるチューニングを、ややザラついた方向へ整え直す必要がありそうだ。
 感情表現がぶっきらぼうな美少女が、感情高まったサイン抜きで調エクストリームな行動に出るの、かなり好みの要素だからな…戯れの出来ぬ女ッ!

ヴァンパイア男子寮:第1話~第3話までの感想ツイートまとめ

 ヴァンパイア男子寮 第1話から第3話を見る。

 『なかよし創刊70周年記念作品』と堂々揮毫された、男装女子と純情吸血鬼のドキドキラブコメ
 『周年記念アニメは怪作揃い!』という、個人的な鉄則にビッチリハマって、メチャクチャヘンテコで楽しい味のする伝奇ラブコメである。
 ときめきのために全てを押し流していく圧倒的なかよし力に感動しつつ、ピュアで可愛い子多くてマジ良い。

 

 超ロクでもない環境で血が冷たくなってた主人公・山本 美人(美人と書いて”みと”と読む。このネーミングの時点で、現代伝奇として最高。)が、自分を愛して血を温め、美味しいいちご味にしてくれる運命の存在と出会う…つう大筋。
 吸血鬼要素をフリルで飾りスローモーションで彩り、スキあらば心のときめきが外側に出た謎のキラキラで埋め尽くしながら、純情少年少女には許されざるエロティックを屈折させて描写可能な所まで持っていく手段として、最大限活用しているのがまず面白い。
 ブラム・ダイクストラが”倒錯の偶像”で書いたような、ミソジニーと結びついた吸血鬼物語アイコンを逆立ちさせ、なかよしテイストに染め直して蹂躙するような、もやっとファンタジックな、禁忌に満ちた憧れたるセックスの、代償行為としての吸血。
 『血を吸うって名目なら、エロティックなフィジカルコンタクトは通る!』という、タクティカルな見切りが素晴らしい。

 快楽を伴う吸血行為を、血の味が美味いか不味いかによって愛されチェッカーとして機能させる描写も良いし、激ヤバ人外ダーリンに最高に愛された結果『血がいちご味になって美味しくなる』のは、夢いっぱいで可愛くてマジ最高。
 これは”ちゃめっこ”から世界で一番遠い存在であるキモオタ中年男性がスガメで当てこすっているわけではなく、愛されたいと願いつつ愛されなかった少女が追い求める願いを、凄く暖かく優しい形で結晶化させてくれてる、めちゃくちゃ良い表現だと感じた。
 『誰にも愛されず、世界全部から見放された女の子の冷え切った血が、素敵ないちご味になるまでの物語…ええやないかッ!』と、最初見た時マジ思ったの。

 

 不味い不味い文句言いつつ、ルカは美人の血だけを求め飲み干し、他の有象無象は飲む気がしない。
 運命の女を追い求め、野放図に色々飲み散らかすドンファンというイメージから程遠い、一本気純情少年が彼の本質…なのだが、彼自身がそんな自分をまだまだ分かっていない。
 つーか眼の前の存在が女の子であることすら、メチャクチャ無理くり長い髪(≒女であることの証)をウィッグに収め、晒しで胸を潰した彼だけの血袋を抱いても、全く理解していない。
 おまけに吸血鬼業界はヘテロセクシュアルへの圧力マジ高くて、”運命の女”以外に恋したら血に飢えた獣に落ちるの確定だからな…何もかもがねじれている。

 ねじれは二人の間で起こっている行為と、その持ち主の心根の間でも同じで、フツーの高校生がやっちゃいけないアツアツ吸血行為の熱量と、純情極まるピュアピュアっぷりの落差が、微笑ましくもエロティックでいい。
 『血を吸う/吸われる』という、世間一般では認められないけど、二人にとっては唯一絶対のコミュニケーション。
 世間の視線(を代表する、いい人吸血鬼ハンターな蓮くん)に何を言われても、愛し合いされている自分を強く実感できる、特別な行為。
 それが秘めている性的な匂いを、感じ取るにはあまりにも未熟で純粋な、汚れのない二人の幼さが、作品全体に広がっていい空気を生んでもいる。

 

 女を堕し血を啜る、パブリックイメージに則った吸血鬼のあり方と、誰の地を吸う気にもなれず美人だけを求める(くせに、その特別さを自覚してない)ルカくんの在り方は、強いねじれを秘めている。
 これを可視化するべく、『アイツらマジ獣だから近づいちゃダメだって!』と、めっちゃ親切に忠告してくれる蓮くんもまた、魔狩人やるには純粋すぎる。
 ヴァンパイアとハンター、バチバチのつぶしあいが発生しそうな座組なのに、起こっているのは優しく純情な少年たちによるお姫様争奪戦であり、しかも当人たちは恋の自覚が全く無いという、小学生レベルの情緒が生み出すチャーミングな現代伝奇ラブコメ

 これを成り立たせるファンタジックな物語装置として、”ヴァンパイア”が使われている事自体が、欲望に負けた人間の似姿、打倒されるべき堕落の獣として始まった怪物が、その魅力故にポップにこすり倒されて、可愛いマスコットになった変遷とねじれを感じさせて、なかなかに面白い。
 『怖いけど/怖いから惹かれてしまう怪物』だったヴァンパイアは、快楽と死を与える牙を丸くされ、ついには愛されなかった女の子の血を温めいちご味にしてくれる、特別な王子様になったのだ。
 セックスではないから堂々描けて、セックスよりも獣性の強い吸血行為も、微かなエロティシズムを残したまま極めて安全に、癒やされ傷が残らない。

 このお話が”吸血鬼”を変奏する手つきは、ゴスの本道にずっぷり浸かった本格派には色々文句もあるだろうが、しかし文化的変遷の中で彼らがどう愛され、受け入れられてきたかを照らす、非常に面白い鏡だと思う。
 ルカの根源的な善良さ、幼く健全な純粋さ、それ故恋を知り己を知り成長していく余地は、時を止めた動く死人である吸血鬼の属性とは真逆の、とても生き生きとしたものだ。
 そういう存在として、間近に”吸血鬼”を起きたくなる誰か達の欲望がこのお話を削り出したのだろうし、怪物を王子様に変えてしまうその祈りと呪いが、僕にはとても素敵なものに思える。

 

 同時に吸血鬼が人を引き寄せる蠱惑的な闇も、変質し活用される。
 ママをクソ吸血鬼に寝取られた、蓮くんのトラウマが描かれることで、ルカの善良さがヴァンパイアの基本装備ではなく、彼だけが持つ特別な美質であることも理解ってくる。
 世のバケモノは蓮くんが危惧する通り超ろくでもないのだが、ルカだけが他人を傷つける獣性から自由に、スキな女の子を大事に出来る。
 血が不味かろうが、男だろうが、美人が美人であるがゆえに強く求め、熱く抱きしめてくれる。
 そういうヒューマニズムが、怪物にこそあるねじれを活かして、この物語は面白くなっている。
 ルカくんが自分の善良さに全く無頓着で、『俺様は人類の天敵、夜の貴族だぜー!』みてーなツラしてるの、マジ面白いんだよな…。

 更にいうとヴァンパイアの貴族イメージも、ラブコメ温度を上げる燃料として、良い使われ方してる印象。
 男が男を好きになる自由も、定められた相手以外に恋をする自由もない、吸血王子の宿命。
 現代的に変奏された『イエの定め』がルカを縛っていることが第3話で示されたわけだが、その鎖は美人とのロマンスをより熱く燃えさせるための、破壊されること前提の束縛でしかないだろう。
 しっかり悩めばこそ、自分の目の前にあるものが真実であるかを確かめることも出来るわけで、そういう束縛は大変大事なわけだが、まー二人の純情ラブラブっぷり、スキあらばキラキラが溢れ出す画面の作り方見てると、”フリ”だよなぁ…。

  性別、種族、吸血種の定め、血の味という価値。
 色んなハードルが二人の恋路を阻むのだと描かれているが、んなもん余裕でぶっ飛ばすくらいのトキメキが二人の間では既にボーボー燃えていて、愛だけが絶対の真実であるラブコメ時空において、答えは既に一つしかない。
 重要なのは、どんだけチャーミングな寄り道を積み上げて、ハッピーエンドまで突っ走れるかだ。
 行き着く先はバレバレだが、それが全く見えていない主役たちの純情っぷりがマジ可愛くて、すれ違いや回り道も楽しく見れてしまう。
 そういう状況に視聴者を持って行けているのは、乙女向けラブコメとして大変強いところだと思う。

 

 ルカくんが吸血鬼かくあるべしという社会の常識を、幼く無批判に受け入れて『お前は本命までの繋ぎ!』とか言っちゃう残酷と、そのクセ無価値な血袋なはずの美人ちゃんにぞっこんLOVEなところとか、本当に面白い。
 誰かに押し付けられた当たり前が、自分を突き動かす願いと全然噛み合ってない事実に、少年は現状全く気づいていない。
 その無垢なる盲目が、恋の中で自分を見つけていくオーソドックスな成長物語のキャンバスとなり、運命の相手を自分で選び取る決断の熱量を、強く発火もさせていく。
 『いや理解れよッ!』と思わず叫ぶもどかしさも、チャーミングなキャラクターと世界設定の妙味に助けられて、むしろ心地よい。

 愛し愛された経験がない…ないからこそ愛を強く求めてる美人ちゃんが、自分の胸に湧き上がっているものがなんなのかまーったく理解しておらず、しかしそれは圧倒的に”本物”なので、行動自体はバリバリLOVE色なのも最高。
 なんとはなしにそういうものと、非常にあやふやな理解で自分や世界を突き動かすものを把握してるぼんやりちゃん達が、自分とその外側にあるもの、心の一番深い場所に繋がる存在がどんなものなのか、ワイワイ賑やかに可愛く探していく話なんだと思います。
 やっぱそういう、ジュブナイルな手つきがしっかりあってくれると、お話を楽しく飲み干す姿勢も整ってくるというか。

 高校生という設定年齢ながら、キャラの世界把握、情緒の複雑さは非常に幼く、過剰なロマンティックが世界全てを支配する演出で彩られながら、優しくピュアな作品世界が成立している。
 ともすればシンプルすぎるトゲのなさが、しかし数多のねじれを含む吸血鬼伝奇としての味わいと入り混じって、非常に興味深い味を生んでもいる。
 これ、フツーの高校生でやってたらなかなか飲み込めなかった話だと思うんだけども、フツーじゃないヴァンパイアの話にしたことで思わぬ新鮮味で食べれてるの、組み合わせの妙味を感じ取れてマジ面白いね。

 

 シンプルでオーソドックスな恋物語を、二重三重の捻ったファンタジーで包むことで、生まれる律動。
 それはこの物語にしかない面白さとして、しっかり僕に届いてくれました。
 ズレた位置からシニカルに笑い飛ばす姿勢が僕の中に無いわけじゃないけど、そういうスタンスだけに安住させてくれない真っ直ぐな可愛げ、ヤリ過ぎ感溢れるロマンティック一本勝負が、お話から近い場所にオッサン視聴者を引っ張ってくれてる感じ。
 大変好みの味なので、今後も楽しんでみていきたいと思います。

 女性向けラブコメが対象年齢ごと何を描くかの違いとか、最新鋭の吸血伝奇の扱われ方とか、端っこの面白さもかなり強いんだけど。
 なんだかんだ、美人ちゃんとルカの純情恋物語を見守りたくなる、真っ直ぐな面白さがとにかく太いんだよな。
 次回も楽しみッ!

となりの妖怪さん:第3話感想ツイートまとめ

 降れよ雷光叫べよ嵐!
 哀しき怨霊を人と妖怪の絆が打ち破る、スーパーバトル巨編”となりの妖怪さん”第3話である。

 ここまで超絶ほっこり田舎暮らし with 妖怪をお届けしてきたお話が、ヒグマ感覚でひょっこり顔出す鵺とか、ガチ消滅の危機ぶち当ててくる大怨霊とか、一気に舵を切り替える回…ってわけでもないか。
 妖怪さん達が人と隣り合うため、抱えた異能を自覚的に制御している優しい獣だってのは既に描かれていたし、となれば枷が外れた連中が牙を剥いた時どうなるか描いた今回は、ほっこり日常と背中合わせ、全然あり得る作品の一つの顔なのだろう。
 というか、これを描かないと多分片手落ち。

 それにしたって稲妻落ちるわ火は出るわ、蛇霊決戦のアクションは作画に気合も入っていて、意外な角度から殴られる喜びが大きかった。
 いやー…正直こういう味も出してくるアニメだとは全然思っていなかったので、嬉しい不意打ちだったな。
 穏やかに流れる田舎の情景と同じくらい、必死に戦う皆の様子もちゃんと描いてくれて、実は色んな事が起こり得る作風を受け入れるのに、しっかり腰の入った作り込みがいい仕事してくれてる。
 平和も闘争も、最初っから当たり前にあるわけではなく、何もかもが起こり得るからそれに備え受け入れる、タフな柔軟性が良く分かる回だった。
 この思考停止してない空気は、かなり好みだ。

 

 やっぱむーちゃんとぶちおくんのW主人公の感があり、前半は化学修行の成果が出てきたぶちおくんメイン。
 ヌッと鵺が通学路に顔出す世界観、相変わらず面白すぎるけども、大事な人を守るために勉強してたことが役立つ展開は、めっちゃ素直に良かった。
 その後のぶちおくんがブルブル震えてビビってるのも、当たり前の猫又が必死に勇気振り絞って闘った感じが濃く、しみじみいい味。
 当たり前に危険が襲ってくる世界だからこそ、有事に備えて力を磨くのは無駄じゃなかったわけだなぁ…。
 今後ぶちおくんは、力あるものとしてどう振る舞っていくかも、悩みながら学び取っていくわけだ。
 …猫又若武者修行旅の味出てきたな。好きだ

 とはいえまだまだ未熟な化けっぷりを、ママさんに見抜かれ感謝を伝えられる下りも良い。
 幼い日の記憶、新しい家族に守られた思い出が今もぶちおくんを包んでいる描写が、後々蛇霊がなぜ呪いを背負ったのか明かされる時共鳴してくるのが、良い構成だった。

 愛ゆえに強くなれる人も、愛ゆえの呪いに化ける存在もいる中で、ぶちおくんはどういう猫又になっていくのか。
 ただただのんびり過ごせるわけではないと、ハードな戦いに奮闘する様子が描かれたことで、お話が伸びていく先がグンと広がった感じもある。
 バトル要素をこういう使い方してくるの、なかなか意外で面白く、不思議な納得もあるね。

 

 後半はむーちゃんとジロウが、ここまで撒いてきた不穏要素を回収する形で、過去の因縁と決着をつけるまでのお話。
 山と人界の守護者として、荒ぶる大蛇を子ごと殺すしかなかった過去のジロウに、穏やかな日々の中戦い以外の生き方を学んだ今のジロウが、己を犠牲にケリ付けようとしたところで、消えたオヤジ代わり親身に向き合ってきたむーちゃんが現世に引き戻す…という形。
 天狗がどういう役割背負って山間の村にいるのか、しっかり教える展開となり、収まりが良かった。
 こんだけ怪異が身近な世界だと、オカルト要素はガッチリ国家が管理してそうだなぁ…のんきな田舎なので、そういう要素は表には出ないけども。

 むーちゃんの寂しさに付け込まれる形で、蛇霊が恨みを晴らそうとする展開が、結果として彼女が自分の気持と向き合い、今自分がどこにいるかを確かめる助けになっていたのは、試練を通じて成長していく正統派ジュブナイルで、大変良かった。
 自分の中の寂しさに向き合い、巫女としての勤めを果たすことで、ジロウに助けてもらってたむーちゃんが消えようとするジロウを引き戻す形になってて、お互いがお互いを支え合ってるフェアな関係が、お話にグッと両足踏ん張ってきた。
なんてことない平和な日々が、戦い生きるための力になる。
 ここまで二話、妖怪田舎暮らしとしての良さをちゃんと書いたからこそ、むーちゃんの強さも映える。

 

 守られ導かれるべき、弱く幼い存在だと描かれてきたむーちゃんやぶちおくんが、彼らなりのヒロイズムを発揮する今回は、彼らに大事な人を守るために戦える強さを育んだ、ジロウやママさんのつよさを描く話数でもある。
 戦うしか知らなかったジロウが受け入れる道を選んだように、水神が嫉妬の毒により蛇霊に落ちたように、人はどんな風にも変わりうる。

 そんな変遷をより善い方向へ導くためには、導き抱きとめてくれる誰かの存在が必要で、愛し愛されながら日々を積み重ねて、もっと強い自分になっていく揺りかごとして、結構ヤバめな危機もフツーにある美しい田舎は、とても良い。

 

 作品が持つ新たな…しかし確かにここまで描いたものと繋がった魅力を顕にし、更に好きにさせてくれるエピソードでした。
 まったりテイストで進んでいくとばかり思い込んでいた”ナメ”を、いいタイミングでぶん殴ってくれたのは、今後お話と向き合っていく上で大変ありがたい。
 やっぱこういう『俺達こういうことだってやるぜ!』つう一撃が気持ちよく入ると、怠けた視聴態度がビッと背筋伸ばして、アニオタの健康にも良いな…。

 かくして守られた平和な日常が、幼き人間と妖怪をどう育んでいくのか。
 次回も描かれるだろう静かな幸せを、改めて楽しく見れそうで、大変楽しみです。
 いいアニメだ…”となりの妖怪さん”…。