イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

失われた発見

ディック・テレシ、大月書店。「西洋智」の結晶とされている科学知識について、否西洋の多文化技術科学史の視点から論じた本。サブタイトルは「バビロンからマヤ文明に至る近代科学の源泉」である。
分厚く、重たく、そして強烈な刺激に満ちた一冊だ。筆者はサイエンスライターとして、「西洋智は西洋智としてギリシアを出発点にルネサンスから一直線に現在の繁栄まで走り抜けた」ことを証明すべく、多文化技術科学史の探求を始めたことを最初に告白する。しかし出てきたのは、いわゆる「前近代」的な諸文化−マヤ、メソポタミア、エジプト、中国、オセアニアその他もろもろ−においていかに科学的な思考が発展し、それに裏打ちされた技術が優れたものだったか、という事実である。
各章は学問分野ごとに区切られ、数学、天文学宇宙論、物理学、地質学、科学、技術の各領域について述べている。そこで開示されるのは、考古学、歴史学的な資料への徹底的な当たりこみと筆者の冷静かつ的確な分析眼、そして現代科学への圧倒的な知識である。筆者は過去を美化するわけでもなく、ただ徹底的な資料の当たりこみから抽出された事実を現在と比較し、いかに西洋科学にまつわる言説が権力に色づけられたものであるか、まで浮き彫りにする。
科学という「無色透明で理性的なもの」がいかに政治的色彩を帯び、その論考において西洋白人中心主義が取られてきたのか。いかにして「透明で中立」な立場が、無意識、そして意識的な権力志向により不可能といえるほど困難になるのか。そのような重大かつ切実な問題を浮き彫りに出来るのは、何より筆者の強烈な知識と分析能力、そして、皮肉なことに「科学的」で冷静な文章能力である。
ただ過去の技術は凄かった、というオリエンタリズムに彩られることなく、自己の科学知識を背骨として真っ向から膨大な資料に挑んだこの書物は、科学技術とそれを/に利用する/される経済が最大の力を振るう現在において、非常に有益な書物であると断言できる。傑作。