イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

春季限定いちごタルト事件

米澤穂信創元推理文庫。友人田中君から借りて読んだ。元「狐」の小鳩くんと元「狼」の小佐内さんが、恋愛関係でも依存関係でもない、互助関係を結んで「小市民」を目指す、けど草食動物の群れに孤狼と狐狸がなじめるはずもなく、どうしようもなく子鳩くんは謎の解決をして、小佐内さんは徹底的な正義の復讐に走る。そんな話。
まず、巧い。単純な骨組みの時点で、『これは面白いだろう』と思わせる要素に満ち溢れている。冷静な分析能力と思考能力にあふれた小鳩君。キュートな外見としぐさ、そしてすさまじい執念と悪賢さを兼ね備えた小山内さん。フィクションならば思う存分その刃を振るえるだろう二人が、高校入学を機に必死に目指すのは「小市民」 このギャップ。
そして、そこに至るまでの地面に脚のついた小説の説得力。心理描写は少なく、かなりさっぱりと綺麗な文体でありながら、じわじわと伝わってくる心の機微がとにかく巧い。高校一年生の自分の人間の、こう、熱病のような焦る感じが的確に捉えられ、文字に変化させられている。風景描写の綺麗さ、短剄な文字の選び方共に流石の一言。
そして、この小説がこの小説たるゆえんは、距離の書き方だ。小鳩君はかっこいいし、小山内さんはかわいい。でも二人は恋人じゃない。友達でもない。利用しあう間柄でも、もちろん肉欲でつながっているわけでもない。どうにも形容しがたいその絶妙な「間合い」を設定し、描写している筆の力。そして起こる事件と、主人公たちの距離。この、ミステリレーベルから出されている本において人は死なない。巨大な組織は出てこない。ちまちまとした謎の中で、二人は「小市民」を目指し、そして失敗する。その、「事件」との距離の書き方もまた、この小説が絶妙といえる理由の一つだろう。
とにもかくにも、小説家として一つ二つ、頭が抜けたところに米澤穂信はいる。それは、徹底的に文字の扱いの巧さという、小説の根源にかかわるところから生まれ、キャラクターや事件のつくりと、それらの配置の巧妙さによって成長させられた、圧倒的な本物だ。やはり、この作家はすごい。