イマワノキワ

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ヨーロッパ史入門 十七世紀科学革命

ジョン・ヘンリー、岩波書店。タイトルどおり、岩波書店の静養史学入門選書の一冊。17世紀といいつつも、ルネサンス期から革命前夜まで、16世紀後半から18世紀中庸まで取り扱う化学史の本。人物で言えばコペルニクス、ブラーエ、ガリレオからパラケルスス、デラ・ミランデラを経てニュートンライプニッツデカルトホイヘンス、ハーヴィーなどである。
筆者は社会学の方法論を以って17世紀に起こった世界観の転向、誤解を恐れず言うならばパラダイムシフトについて述べる。世界を解析し、解体し、記述するやり方の変化を、さまざまな発見という内在因のみならず、社会的、宗教的、政治的な要因、より細かく言えば対立や圧力などからも説明する立場である。
筆者は教会と科学者、教会権力と新興中産階級カソリックプロテスタントなどの対立を的確な分析と資料読解により読み解き、さまざまな「科学」的発展と絡めて解析していく。短径ながらも的確かつ精密な文章であり、非常に分かりやすい。必要なことを必要な言葉で描いているので、複雑な議論もしっかりとした筋道を伴い理解できる。この筆の力は、なかなか出来るものではないだろう。
筆者の視点で重要だと感じたのは、政治権力の闘争を、学説同士の対立に並列して述べている点だ。ガレノス主義とパラケルスス・ハーヴィー主義、アリストテレス主義と新プラトン主義、神学と魔術、修辞学と自然哲学。それらは透明な言葉ではなく、政治的・社会学的な力の力学の中で合い争い、立場を競い合う。
そして何より秀逸なのは、その対立の中にもまた相互干渉的な影響が存在し、一元的な対立構造のみを掬い取らないことだ。ルネサンス期の魔術は神の意図を知るためになされていたわけだし、ニュートンが(ほぼ)完成させた自然の数理記述の中にもまた、神の偉大なる意志へのまなざしがあった。その一見相矛盾する事象を、筆者は豊かな見識と鋭い知見で分析し、読みほぐし、言葉にして書き記す。
それを経て、コペルニクスの「天体の回転について」がガリレオの追放まで処分保留の状態にあったこと、その背景にはルネサンス期の教皇権の低下が影響していたこと、その後に勃興してくる機械論哲学の中には、鋭く神への信仰が合ったことが、豊かな言葉とともに理解されていくのである。入門書として複雑怪奇な個別論にとらわれず、しかし章ごとのテーマを深く、そして分かりやすく追いかけ、書き記している。
いまや「西洋」以外の場所を捜し求めることのほうが難しいといえる現在、「西洋」の生きる力と死ぬ力、そして世界の切り分け方を支えている「科学」の言語やその発生を見つめることには、大きな意味があると思う。それを知るための足がかりとして、そして足をかけた後の飛翔のための本として、この本は非常に優秀であると思う。傑作。