イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

富士山の祭神論

竹谷靭負、岩田書院。理学博士が書いた、飛鳥期から明治初期までを幅広く覆う富士山の祭祀論。扱う題材も神道、仏教、密教、修験、神仙から文学、和歌、史学まで広い。専門分野外であることと時間・題材ともに広い幅が微妙に不安を煽るが、中身は非常によく出来たものであった。
スタンスとしては郷土史、にあたるのだろうか。寺社縁起、古文書、文学書、文学書注釈、和歌指南書など膨大な文献を徹底的に精査し、富士山にまつわれたさまざまな神(不動明王から大日如来、その垂迹である天照大神、はたまたかぐや姫=赫夜姫まで)とそれを取り巻く信仰形態とその変化、各種宗教集団の動向、さまざまなモチーフの変遷まで、幅広く精査している。
文章は徹底して論理的で、圧倒的な情報量のわりに読みやすい。さまざまに隆盛する各種宗教の動きだけではなく、その思想的・政治的・モチーフ的な相互の影響と変化という動的な題材を、なかなか勢いのある筆で書いている。リアリティとはまた違う強さ、生き生きとした論理的な筆だけが持つ、活写の力。そういうものがある文章だといえる。
少々論が大胆なのかもしれないが、正直この分野に関しては門外漢である自分には判別しかねる。だが、総数を50超える文献を徹底的に並列調査し、「祭られる神仙としての」赫夜姫のみならず、「語られる物語としての」かぐや姫までを丁寧に囲い込んだ富士山の神仙信仰についての文章は非常に強烈なダイナミズムがあり、面白かった。
各論で語られる信仰の形態や対象が、本字垂迹密教・修験の勃興、林羅山の復古、廃仏毀釈など、歴史的に大きな現象の影響を受け、変化していく攻勢もまた面白い。富士山の祭神を祭る現象は、日本の信仰に特徴的な「取り入れ祭る」発想の体現とも言え、そのダイナミックな動きは非常に興味深い。富士山というまさに「日本一の山」を巡る宗教文化のうねり、というテーマ選択の妙が、そのような味を生み出しているのだろう。
全体的に丁寧で、何よりテーマが非常に面白い。名著である。