イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

スプートニク

ジョアン・フォンクベルタ&スプートニク協会、筑摩書房。ソ連崩壊で(何と)サザビーズオークションに流出したソ連宇宙事業(主にソユーズ二号、三号)の書物を元に、初の人類と犬の共同EVAに挑みつつ、宇宙空間で突如連絡を絶ち行方不明になったイストチニコフの活動を、さまざまな側面から取り上げた本。
フォト・エッセイともルポタージュとも、はたまたロシア宇宙開発史の書物とも取れる本で、同時にそのどれとしても通用する豊かさがある。特にヴィジュアル面の充実は非常に魅力で色彩豊かなデザイン、センスよく挟まれる写真など、贅沢に紙面を使った絵の造り方が、まず目を楽しませてくれる。同時に、章ごとに細かくテーマを絞って書かれるこの書物がどうしても抱えてしまう『本としての線の弱さ』を補い、説得力を満たしてくれる。
取り上げられるテーマはソ連において一般的だった「公共書物における人物消失」が宇宙開発に及んでいることから始まり、当時の米ソ宇宙開発競争の実体、ソ連宇宙飛行士の訓練風景、ソユーズ計画の顛末など、非常に多岐にわたる。横幅の広さから腰が弱くなりがちな作り方だが、先に述べた絵の魅力と、軽さを失わずに的確かつ重厚な文章を使い、生き生きとした本に仕上がっている。
他にも意外な側面の切り口が実に鮮やかで、宇宙空間での不安を紛らわせるために指したポケットチェスの棋譜や、宇宙空間で飛行士が描いたスケッチを基にした精神分析など、どうにも目を引かれざるをえない。なんと言うか、あまりにも劇的、かつ語り口、見せ方が見事過ぎて「これは実は全てフィクションなのではないか」という気になるのだ。ただ実際にロケットは飛び、ソユーズ計画は失敗し、イストニチコフは帰ってこなかった。
その事実に特に湿った感情を持ち込むのではなく、丁寧かつ的確に本として仕上げている。そこらへんもまた、奇妙な味を感じさせる。しかし、その奇妙な浮遊感はとても楽しく、上質である。名著。