イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

衛星ビジネス・ウォーズ

ゲーリー・ドルシー、日経BP社。低軌道・小型衛星ベンチャー企業「オービタル・サイエンス社」が行った、初の自社衛星打ち上げを企画から実現まで密着したビジネスリポート。サブタイトルは「大を制した宇宙ベンチャー」であり英語タイトルは「Silicon Sky」。例によって例のごとく、こういう翻訳もののタイトル詐欺はひどいものだ。
それはさておき、この本にはたくさんの対立が出てくる。ベンチャーと世界的大企業、小回りの効く企画と大事業。そんな外側の対立だけではなく、異やむしろメインなのは、オーブコム社内部での対立である。ハーバードビジネススクールの同級生三人で始め、企画立ち上げ当初は30人程度だった会社は、ビジネスが巧く行けば行くほど巨大に、複雑になっていく。経営陣と技術陣の乖離、ベンチャーキャピタルとしての空気の消失、それによる現場の士気低下。
その対立を背景に、これでもかこれでもか、とばかりに襲ってくるのは困難である。通信の、ロケットエンジンの、OSの、機械部品の、センサーの。低軌道・小型衛星プロジェクト『オーブコム』に関わる全てのマテリアルがエラーを吐き出し、ベンチャーの気風にあこがれて入り込んだ新卒組は技術力不足に押しつぶされそうになる。それでも気力を振り絞り困難を解決していく過程で、否、その結果として成長してしまう会社組織が、気力の源であるベンチャー精神を食いつぶし、技術者と管理者の格差を生んでいく。
サブタイトルには「大を制した」とあるが、オーブコムプロジェクトはひどい負け戦である。工期は延長に延長を重ね、製品の質は低下し続け、スタッフの士気はすさんでいく。熱力学第二法則を体現するように、物事はどんどん悪くなり、しかしオーブコムは実現に向けてどうにか前に進んでいく。技術スタッフの平均週勤時間60時間というデスマーチに密着し、技術と経済両方に精通した切り口で、小説よりも気なる事実を切り取った本。それがこの本である。
スタッフの肉声や心情が非常に瑞々しい文体でつづられ、丁寧な取材により細かく描写されるプロジェクトの進捗が想像力をかき立てる。とても小説的な書き方をしているが、資料や事実、取材を一切におろそかにしないジャーナリズムの骨太な軸は揺るがない。悪意やねたみ、披露や失望といった『よろしくない」部分もあけすけに書ききり、圧倒的なライブとリアルを飲み込むことに成功している。
ベンチャーの現場、航空宇宙産業の現場、第一線技術者と、mそれ使う経営者の現場。ダイナミックに変化していくプロジェクトの中で、興味深くもなかなか描かれなかった領域を、見事に描ききっている。名著。