イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

日本の古典芸能

竹川登志夫、かまくら春秋社。本朝演劇研究の第一人者が、古典芸能のトップ・オブ・トップに鋭いインタビューをした本。インタビューをしたのは狂言野村万作、能・観世滎夫、文楽吉田文雀、歌舞伎・片岡仁左衛門、歌舞伎・中村芝翫日舞・花柳寿南海、雅楽・東儀俊美長唄・杵屋巳太郎、胡弓・川瀬白秋、文楽・武本住太夫というそうそうたるメンバー。
インタビューの出来というのは、インタビュアーと対象の距離感、インタビュアーの知識の深さ、頭の回転の速さ、構成の巧拙あたりで決まるものである。専門知識があっても、膝を突き合わせた距離に入り込み、心を打つ人間味に満ちた言葉を引き出す人間力がなければインタビュー集として巧く行くわけではない、というのは、他のジャンルにはない難しさだろう。
そういう意味で、日本古典演劇研究の長老といえる筆者はインタビュー対象との個人的なつながりも強く、またさまざまな公演活動においても評論家・研究家として多大な貢献をしている。インタビューされる側にすれば公私共に「勝手知ったる」凄腕なわけで、そういう部分で心を許しているがゆえの気安い空気が、インタビュー集に必要な柔らかい感じを巧く出している。
かといって内輪なネタだけで茶を濁すのかといえばけしてそういうことはなく、インタビュアーの深い古典演芸知識に基づいた、各演芸の根本的・本質的な部分に切り込んでくる質疑のクオリティの高さは特筆に価する。インタビューとは「語り」で構築される書物なわけで、どうしても書き文字に比べ柔らかくなる。それに引きずられて研究や議論としての質が落ちるインタビューが多々ある中、各種演芸の成り立ちや発展をふまえて進む当意即妙のインタビューは非常に切れ味鋭く、引き込まれる。
その上で、ぽんぽんと具体的な演目・役者・舞台の名前が飛び出し、演劇の「生」を感じさせる構成の見事さを見落としてはいけないだろう。例えば歌舞伎の荒事・和事の差を語るときに、概念的な部分から具体的な演目へと、丁寧に論を構築していく筆者のスムーズなインタビューは見事の一言である。抽象から、圧倒的な知識と経験を背景にした具象への内容のスライドは、滑らかであるだけではなく論理的かつ魅力的だ。
知性と魅力が文字の隅々から溢れるような、インタビュアーも語り手も、内容も構築も非常にクオリティの高い一冊である。古典演劇の最前線で名人として長老株として「貼って」いる人々の、瞳の奥の生き生きとした光が目の前に写るような、そんな書物であった。傑作。