イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

本能はどこまで本能か

マーク・S・ブランバーグ、早川書房。タイトルからは、生誕後ではなく生誕前の要因により能力(など)が決定されるとする生得論の本のように思える。が、内容はまったく反対で、生得論にさまざまな角度から異を唱える本。
生得説は利己的遺伝子などとあいまって、非常に人気がある説である。本もたくさん出ているし、「人間の行動は環境で決まる」とか「生来のものとの複雑な関連で決まる」などといったありきたりな説よりも話のタネになる。人をひきつけるその超越性に、この本は噛み付いている。寺密な動物実験や観察を大量に引っ張りだし、生得説の弱い足元を攻めているのだ。
この本は生得説が主張するビルトイン・モデルそれ自体は否定しない。生得説の研究にところどころ疑問が持て、生得説では説明しきれないさまざまな事例を取り出すだけである。結局は生得説に強烈な反論を打ち立てているわけで、自身の立場を曖昧にしたり、中立にしようというわけではない。ただ、(少々論の運びが強引な嫌いがあるものの)なにぶん山盛りでている生得説への、数少ない丁寧な反論ではある。
全てが「繰り込まれている」とする生得説の変わりに、筆者は複雑な相関を主張する。そこには環境や行動、複雑な生化学のカスケードだけではなく、生得説の根幹である遺伝子も、もちろん含まれている。タイトルになっている(そして英字タイトルにも含まれている)「本能」という言葉の無造作な使い方に一言呈するのと同じように、生得説の足元の弱さを突っ込んでいるだけなのだ。
すでに読んだ(そしてこの日記でそれなり以上の評価をした)本が実名で批判されたりして、個人的にも肝を冷やした。批判されたからと言って評価を取り下げるわけではないが、生得説に寄っていた自分の理解に、横合いから蹴りを入れられた気分である。読み物というか、専門性のない単純な知識としては生得説のほうが「盛り上がる」のだ。その個人的な実感を、クリティカルに付いて来る本であった。
個人的な経験は抜いても、色々と面白い本である。良著。