イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

黒死病

ノーマン・F・カンター、青土社。サブタイトルは「疫病の社会史」だが、むしろ中世史を語る切り口として、黒死病を取り上げている本。英語タイトルは「In the wake of the plague −the black death & the world it made」
横幅の広い本で、中世イングランド史を一つの軸に、黒死病をむしろ道具的に扱いながら中世について述べている。各章ごとにさまざまなテーマがあり、黒死病ユダヤ人へのポグロム黒死病で死亡したオックスフォードのフランシスコ派思想家など、さまざまなテーマを扱っている。黒死病の内実を、ペスト以外に炭素病の突然変異も含むとする研究などもあるが、基本的には黒死病を用いて中世イングランドを語っている。
特筆すべきは、史学としての視座である。中世は現代とは相当に異なった価値感が横行する時代であり、その異形ゆえの面白さが魅力といえる。が、筆者は中世を解釈することはなく、基本的には事実の列挙と、同時代のほかの資料との比較にとどめている。そこには価値判断がなく、ゆるぎない冷静な視点がある。
それでもなお、むしろそれゆえに、生き生きと伝わってくるものがある。黒死病の前後(重点的に扱っているのは百年戦争期)の政治や経済、宗教、文化といった、中世の全体である。幅広いテーマ選択と、丁寧な読み、そして余計な印象論が挟まる隙間のない、ストイックな記述。それらが書き出してくる黒死病の中世は、あまた興味深い事柄に満ちて、魅力的である。
中世史のテキストとして、各章が短径で読みやすく、興味深い。良著。