イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ダンジョン飯:第22話『グリフィン/使い魔』感想

 永遠に呪われた黄金郷を後にして、ライオス一行に高空から脅威が迫る。
 グリフォン相手の光速空中戦が颯爽と映える、ダンジョン飯アニメ第22話である。
 僕の大好きなセンシの真ん中に、ズブっと深く入り込む前後編をしっかりやりきってくれる手応えに満ちていて、大変良かった。

 

 そろそろ一時の決着が見えてきたこの話数、ずーっと頼れるパーティーの要として頑張ってくれてきたセンシの深奥を照らすべく、”らしくない”姿が過去に照らされていた。
 味覚が衰えてしまったヤアドに生きる喜びを蘇らせるように、食感が楽しいふわふわパンケーキを作る姿は、ライオスも思わずドヤ顔の『俺らの凄いセンシ』なのだが、ドワーフ由来の貯水槽に降りたあたりから濃い影をまとい、グリフィンの影に怯え我を忘れ、全く無防備な弱さをさらけ出していた。

 センシの頼りなさはそれすら受け止めれるようになったパーティーの絆と、彼が手ずから育んだからこその頼もしさを描き直し、あれだけ魔物食を嫌がっていたマルシルは肉や野菜やチーズを素材に、使い魔を”料理”することでセンシを助け出す。
 頑ななプロフェッショナリズムで自分を縛ってきたチルチャックも、兜を脱ぎ素顔をさらしたセンシの憔悴を前に、率先して自己開示を果たし話を促す。
 ライオスも魔物マニアの興奮をいつものようにぶっ放しつつ、スカイフィッシュが造った好機を見逃さずグリフィンに刃を突き立て、大事な仲間を取り戻していた。
 散々サイコだ人非人だぁ色々言われるライオスが、センシが攫われた時に見せた動揺が僕は好きだ。
 アイツだって尊敬できる他人がちゃんといて、一瞬にしてそういう人と死に別れるかもしれない可能性に直面したら、ああいう顔をするのだ。
 そういう人間だからこそ、センシだってパーティーの一員としてファリン復活の悲願に肩入れして、同じ釜の飯を食ってきたのだ。
 そういう忘れちゃいけないことを、激しい戦いの合間にちゃんと書いてくれるエピソードだったのはとても良かった。

 

 魔物食文化は最初、イカれたライオスが持ち込み風変わりなセンシが教える異文化として、パーティーに輸入されてきた。
 食材を見繕うのもメニューを考えるのも、実際に包丁を振るってご飯を作るのも、センシの役割であり特能だった。
 しかし今回そんな彼が、心の奥に秘めてきた傷をグリフィンに抉られて”弱く”なる中で、パーティーは使い魔を戦闘前と戦闘後、二回”料理”し、センシの得意領域をもう自分たちも背負っていることを、行動で示す。
 口で言うより早く命がけの戦いに、”料理”が入り込んでくるのがまたこのお話らしくて面白いが、センシがその人柄と能力でパーティーに根付かせた種が、芽吹いて彼自身を救うことにもなっていく。

 その中心にいるのはマルシルで、マジック・リガーとして使い魔の意識に乗り込み、バタバタトンチキながら真剣な動きを繰り返して、自分にしか出来ない対空偵察&戦闘を頑張っていく。
 認識が多重に重なり、操作に特別な身体感覚と没入を必要とする使い魔の描写は、ファンタジーというよりはサイバーパンク的なジャック・インの味わいがあり、滑稽でありながら興味深い。
 そしてなにより、マルシルが仲間を思って必死に戦っている姿が尊い
 アイツはトンチキだけどいつでも必死で、そこが可愛くて好きだ。

 マルシルの使い魔づくりはライオスの専門領域である、魔物学とも触れ合っている。
 最初は良く分かんねぇゆるふわ謎生物だったものが、魔物に造詣深いライオスの手によってワイバーン的な”強い”形に作り直され、しかしそれではグリフィンには勝ちきれない。
 魔物にそんなに興味がないからこそ、常識や現実に縛られずイマジネーションを羽ばたかせられるマルシルの指は、”強い”わけではないがただただ”速い”スカイフィッシュへとたどり着き、常軌を逸したキモい動きでその速度を武器に、高空の王者を打ち負かしていく。
 ここら辺はマルシルの一途が奇跡を呼んだ描写であり、魔物が好きだからこそ魔物に縛られてしまう……味方を害する脅威に思わず『かっけー!』と言ってしまうライオスの不自由を、いい具合に描いてもいた。
 魔物が持つ”強さ”に惹かれるあまり、センシ救出に必要な能力に絞った造形から離れて余計な爪とか牙とか付け足すあたり、まーライオスっぽい描写だったな……。

 

 今回はチルチャックを子どもと思い込み接してきたセンシに、同じ年長者としての苦労と重さを手渡す形で、とっつぁん坊やが歩み寄る回でもある。
 黄金郷からの転移にゲロゲロしてるセンシの隣で、身を寄せている時点でかなりシブいのだが、疲労困憊で巣から降りてきて、『料理を作る』という彼らしさすら掴めない疲弊を、じっと見つめる視線が良い。
 かつてリドに指摘された仲間を思う素直な気持ちを、改めて率先して差し出し、隠していたかった妻子持ちの素性などもさらけ出して、兜を外したセンシが胸の奥抱え込んでいたものを、吐き出せるよう道を作ってやる気遣いが優しかった。

 ライオスたちの旅はお互いのことを良く知らず、それを打ち明けることもなく、つまりは開示と対話を通じて己を新たに知っていくことからも遠い一行が、激戦と食事を通じて段々と、距離を縮めていく冒険と重なっている。
 ここでセンシが語りだした過去……というか、グリフィンを前に我を忘れ無様に弱さをさらけ出した姿自体が、食事を作り命を守ってきた頼もしい彼の裏側を、仲間へと曝け出す一歩目になっている。
 パーティーとは数値化出来る戦闘の強さ、専門分野だけで成り立っているわけではなく、命がけの危機を共に乗り越えていくのに相応しい絆を、それを生み出す自己洞察と自己開示を、否応なく必要とする社会集団であるという事実に、人間の機微に疎い変人集団がそろそろ自覚的になってくる頃合い……とも言えるか。

 これは人間社会のあらゆる場所で行われている……それこそカブルー一行とかは結成時から肝胆相照らして器用に結び合っている部分だ。
 ぜーんぜんお互いのこと知らない、興味もないところから始まって、いろんな危機を乗越える中、お互いの内側を見つめ晒していく意味と勇気を一個づつ手に入れていく関係構築のドラマは、グリフィンとの空中戦に劣らぬ大事な”戦い”として、作中幾度か積み上げられてきた。
 だからこそキャラに親しみを感じられる重要な歩み寄りには、常に”食事”が寄り添っていて、今まで飯担当だったセンシがとても動けない心の傷を受けた時は、仲間が造って一緒に食べるようになっても来ている。

 

 ここら辺のしんみりした歩み寄りに、黄金郷での痴態を恥じるイヅツミはあんま近寄ってこない感じであるが、最悪の衝突から始まった関係性は幾度化の危機を共に乗り越え、ネコチャンゴロニャンなヘンテコ空間での甘えん坊も助けになって、ちょっとずつ近づいてきている。
 みんながみんな同じじゃないからこそ、面白い世界が”料理”されていくと、トンチキ冒険譚の中で凄く自然と多様性を祝いでいるこの、種族・性別混交冒険譚において、パーティの絆に染まりきらない自由なネコチャンが付き添っているのは、風通しが良くて好きだ。
 寄せ集めパーティが冒険の中で絆を深め、一つの方向を向きつつあるタイミングだからこそ、そこに冷静なツッコミと疑念をねじ込み、内省を促す他者としてのイヅツミがいることは、パーティーという小社会の健全さを保ってくれている。
 実際変人ばっかの一行の中で、イヅツミが一番クレバーな判断力保ってたりするしな……。

 そして囚われのヒロインとして早贄にされていたセンシは、仲間たちの手を借りて胸にわだかまっていた秘密を暴き、語っていく。
 ドワーフたちを狂わせる黄金郷の魔力は、ファンタジー古典中の古典たる”ニーベルンゲンの歌”を思わせる危うさと魅力に満ちて、本格派の手応えで迷宮の起源を語る。
 色々隠し事も多いが、しかしチャーミングで頼もしい活躍でパーティーを支え、美味しいご飯をいっぱい造ってくれたセンシの過去が解るのは、単純にファンとしても嬉しい。

 彼が心のなかに抱え込んだ迷宮にある、傷だらけの秘宝にはどんな罠がかかっていて、ライオス達はそれをどう解除し、『俺達の凄いセンシ』を取り戻すのか。
 あるいは明かされた真実を輝かせて、新たな関係を造っていくのか。
 次週明かされる真実と生まれる食卓は、ずっと見たかったものを描いてくれるだろう。
 次回も楽しみだ。