イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

響け! ユーフォニアム3:第12話『さいごのソリスト』感想

 かくして、物語は至るべき場所へとたどり着く。
 間違いなくこの話数のために三期があったと断言できる、12話……あるいは九年の年月を賭けての、コンクールの外側にあるクライマックス。
 ユーフォ三期、第12話である。
 凄まじかった。
 ありがとう。
 京都アニメーションの”響け! ユーフォニアム”を、ずっと好きで良かったと思える回でした。

 

 過去描かれた輝きや危うさの、輪郭をなぞりつつ同じことはしない、三期独特の筆致。
 三年生になった久美子が部長として皆を導く、強豪への道を揺らぎつつも着実に進んでいく歩みに、差し込まれた銀色の異物。
 黒江真由という存在に、これまでのドラマで揺るがぬ答えと手に入れたはずのものを揺さぶられ、試され、乗り越えてたどり着いた最後のオーディションは、主人公を負けさせるというまさかの展開に猛烈な納得と感慨を飲み干す、異形の視聴体験となった。
 ここまでの物語があればこその決断であるし、ここまでの物語では描ききれなかった場所へと、キャラクターもドラマも全力で引っ張り上げるような、渾身のクライマックスだった。

 あれだけ『全国金賞』を看板に掲げ、だからこそ苦しく揺らいできた北宇治の物語が、超えるべき最後の高みとして選んだのが部内オーディションであること自体に、猛烈なメッセージ性があると感じた。
 世間が結果として見るだろう場所はあくまで到達点にして通過点でしかなく、もっと大事なものが勝ち負けの外にある。
 教育の一環であるはずなのに時に生徒を傷つけ、破綻の不安を常に抱えながらたった一度のコンクールを目指してひた走る、高校吹奏楽の矛盾。
 勝つことと負けること、腐った馴れ合いと過酷な実力主義の狭間で常に揺れ続けていた作品が、自分たちに嘘のない結論として選んだのは主人公の誇りある敗北であり、負けてなお最高の決着へと皆を導く気概であり、願いが敗れた悔しさに号泣する生身の魂だった。
 その全部が黄前久美子であるのだと、描くためにここまでの物語はあったし、一期からのアーカイヴを最大限活用して、今回の決着がこそが必然なのだと、作品が僕らに告げても来る。

 

 三期は巣立ちの時を迎えつつある久美子が、大人と子どもの間に立ちつつ、複数の顔がある己を心底認められるようになるまでの、揺らぎと歩みを丁寧に追ったアニメだと思う。
 それは久美子自身の青春の旅でありながら、様々な人と繋がり、照らされ、あるいはtらし返してお互いの輪郭線を確認していく、複雑なコミュニケーションの連続だ。
 前回様々な人との触れ合いの中で、多彩なペルソナを獲得している黄前久美子の”今”を描いた筆致は、今回その横幅を鏡合わせのユーフォ奏者二人へと、ぎゅっと凝縮して突き出す。
 非常に情緒豊かに、横幅広く吹奏楽部という小社会、そこに輝く群像を切り取りつつも、極めて主役の一人称的物語でもあった三期本来の、内向的で熱の高い描線が、第1話以来のコンテとなった小川副監督のセンスによって、最後の燃焼を開始する。

 久美子が自分の進むべき道を、音楽との向き合い方を、目指すべき正しさを見定めるためには、沢山迷って様々な人の顔を見て、そこに反射する己の未来を見つめる必要があった。
 そういう照応関係……あるいは合奏の中にしか、久美子だけが選び取る人生の真実はなく、たった一人孤独に思い悩んでいても、過去既に出した答えに縋っても、進むべき道は見えなかった。
 そんな迷妄を、真実部長であるとはどういうことなのか、身を持って痛みをこめて体現する足取りの中振ちぎる久美子が、恐れ遠ざけていた黒江真由。
 彼女が自分とよく似た傷と弱さを持った、金銀あわせ鏡の双子であることを、今回久美子はようやく直視し、その心のなかに踏み込む。
 たった一つ、そのシンプルな一歩を進ませるために……『誰が私を愛するの?』という弱々しい問いかけに『みんな』ではなく『わたし』と応えるために、ここまでの12話はあった。
 それだけのことが、自分の全てを脅かす影を抱きしめ直すためには必要であったし、その身震いと決意が極めて崇高な一大事であることを、ここまでの物語の分厚さと、このエピソードの圧倒的熱量が豊かに語る。

 

 思いの全てを音に託し、音だけで正しい決断を果たすこと。
 顔の見えない響きの中に、お互いの存在を確かに感じられるほど全力で、音楽に打ち込むこと。
 音楽の物語であり部活動の物語でもあったこのアニメが、一期の再演でありそこを超えた決断を描くことで、嘘偽りのない自分だけの答えを掴み取る回でもあった。
 目隠しオーディションに挑んだ部員全てが、自分の耳と音楽への姿勢、燃え上がる感情に向き合うことを余儀なくされたあの土壇場は、中世古先輩が自分の首を切り取るギロチンの紐を、滝先生から手渡された二年前と良く似ていて、全く違う。
 覚醒を果たしたみぞれのオーボエに、希美のフルートが追いつききれず生まれたアンバランスに足を取られ、全国出場を逃した一年前とも、また違う。
 お互いの性格を生かしたトロイカ制、部内を揺らす複数オーディションと、新たな試みに多数挑み、勝つために必要なすべてを厳しく揃えて、常勝の伝統校への一歩目を踏み出そうとする三年目の北宇治だからこそ、生まれる拮抗。

 そこに最後の一擲を投げ込み、進むべき未来を選ぶ時、かつて交わし自分たちを特別にした約束が……ここまでの全てが麗奈の中に蘇り、彼女は決断する。
 敗北を堂々と飲み干し、部長の責務をこれ以上ないほどに果たした久美子と同じく、ソリストであり演奏の範たるドラムメジャーの外面を、崩さなかった麗奈は本当に偉かった。
 その大人びた威容と、美しい夜景に心からの涙を溢れさせる少女の顔はどちらもが本物で、どこにも嘘はない。
 後悔も喜びも、人間の中に溢れる音の全てを歌にして奏でられる強さと豊かさが、この物語を生きる少女たちには確かにあって、そのための青春の器として、吹奏楽部の三年間が必要だった。
 出逢ってぶつかり迷って見つけた、音楽と青春の物語の全部に嘘はなかった。
 そう思える決断を主役たちが果たし、物語が編み上げられたことを、僕はとても嬉しく思う。
 ユーフォを好きでいて良かったなと思えるエピソードが、最終話をまだ残して届いてくれたことを、心の底からありがたく思う。

 

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 何を描くべきか、大胆ながら鮮明な筆先でしっかり見定めて続いてきた第三期のクライマックスは、一回目のオーディションを省略する形でスタートする。
 その空白に唯一描かれるのは、沢山の人と心を通じ合わせ、様々なペルソナで繋がれた今の久美子が前回、唯一ちゃんと向き合いきれなかった少女とのすれ違いだ。
 真由の心は三角ガラスの向こう側にあって、手抜かりのない音が暗号めいて真意を秘めてはいるものの、未だ踏み込みきれはしない。
 中途半端な場所に留め置かれてなお、ただユーフォニアムに三昧しきる集中力を意識して、久美子は最後のオーディションに誠実に挑み……結果は部員全員を審査員とした、公開再審査。
 窓枠の影が二人の奏者を断ち切る、バロックな構図がいかにもユーフォ的である。
 すれ違い、断ち切られ、しかしもはや心の底から混ざり合わなければ行き着くべき場所へはたどり着けない、鏡合わせの二人。
 前回校舎裏の影の中、踏み込みすれ違ったからこそ見えた違和感に向かって、青春探偵は部と己を向き合わせ、最後の謎を解く舞台を作り上げていく。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 不安を反射してか、最初に入った時滝のいる職員室は暗い。
 それは滝自身が背負う陰りというより、滝の決断を信じきれない久美子の不安を反射していて、部長として教え子として幾度かここで、語らったり飴もらったり大事なことを教えてもらったりした日々を足場に、久美子は自分と部をより光に近い方に向けていく。
 部長、転校生、それぞれの勘定と関係性。
 それらを全部隠して、音楽だけで審査する極めて北宇治的な……自分の首を落としかねないフェアで残酷な提案を、久美子は自発的に持ちかける。
 迷いと不安を確かに抱え、世界が暗く思えるような気持ちをそれでも乗り越えて、部長として演奏者として人間として、黄前久美子としてするべき事を為す。
 その決断が、久美子が見る世界に光を連れてくる。

 三期は久美子と僕らが、眼鏡の奥に未熟な人間味を残した、等身大の滝昇に向き合うクールでもあった気がする。
 悲願の三年目、どうすれば”勝てる”音楽を形に出来るのか……久美子たちの提言を真摯に聞き入れつつ、滝昇も強く思い悩み、道を探し続けてきた。
 顧問、あるいは大人という距離に阻まれて見えなかったモノを、覗き込まなければ果たせない重責を久美子は背負ってきたし、そうやって大人が着込む鎧と仮面の意味を、自分に引き付けて理解できる立場も得た。

 そんな黄前部長最後の提案として、ただ音に向き合う目隠し審査を提案された時、滝先生は眼鏡を外して涙を拭い、負うた子に教えられる驚きを一瞬、冷静な表情から漏らす。
 赴任から三年、未熟で真っ直ぐな一年生が大人の仲間入りを果たし、自分が目指す高みに先んじて、気高い行いを為す。
 それは滝先生が大人だからこそ感じる『子どもって凄いな』であり、そういうモノを手渡せる場所まで、迷った末に久美子はたどり着いたのだ。
 それが運命のオーディションに向き合い、その先にある人生に踏み出していく、何よりも確かな足場になることに、多分久美子自身は気づいていない。
 そうするべきだから、そうした。
 その無邪気な一心不乱こそが、じりじり息苦しい空気の中必死にあがいて、久美子が好きな北宇治をどうにか掴み取ろうとあがいた日々の果て、見つけた彼女の畢竟なのだろう。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 滝に己の赤心を伝え、3年分の成長を手渡し返されて、久美子が進む未来。
 そこに麗奈が上手く並び立てない改札口の描写は、後にオーディションで展開されるドラマを思うと、精妙に予言的である。
 赤い✕が一回行く手を遮り、しかし二度触れて同じ場所に進みだした後、麗奈は待ち受ける未来への不安を押しつぶすように、自分から進み出して久美子の頬を撫でる。
 それは前回、演奏介護の横断歩道横で、終わっていく青春と変わっていく関係に苦しみ、幼子のように終わりを切り出した久美子の、行いを反射した一歩だ。
 あの時自分の不安を笑い飛ばしながら、手を伸ばし未来を約束してくれた親友に報いるように、今度は麗奈が踏み込んで久美子に触れる。
 誰かが歩み寄って、間近に示してくれる自分の輪郭をなぞることで、昨日までと少し違う自分へ近づける幸福な乱反射は、黄前久美子だけの特権ではない。
 生きることに夢中な者たち全てが、そんな風にお互いを照らしながら自分のあるべき形を探し求め、響かせながら前へ進んでいくのだ。

 妹のこと好き過ぎ帰って来すぎなお姉ちゃんのエールを受け取って、久美子は遂に己の行く末を決める。
 それは美知恵には見え見えすぎて”つまらない”決断で、ようやく道を見定めた不出来な教え子の未来に、嬉しく微笑める夢だ。
 ここで久美子が何を選んだのか、長く進路に悩む姿を描いてきた作品はミステリを残すが、どんな夢であっても良いものであろうなと思える歩みを、このアニメはしっかり積み上げてきてくれた。
 ”なんとなく”に長く悩まされ向き合った久美子の決断も、数多先輩の願いを引き継いで『頼れるな黄前部長』を頑張ってきた姿も、三年(あるいは九年)の物語の決着として、とても眩しい。
 『子どもって凄いな』という教師陣の思いに、自分の気持ちを重ねる年にすっかりなってしまったが、そういう可能性の苦しみや悩みに寄り添い、用意したレールに若い魂をはめ込むのではなく、自分の足で進めばこそかけがえのないものをつかめる道を、なんとか走りきれるよう手を貸してきた彼らの物語が、主役の尊い影として最後に際立っても来る。

 

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 似通っていながら同じではない、楽器ケースを横に並べあって、久美子と真由は公開オーディションが始まる、最後の幕間へと進んでいく。
 今までと同じく礼儀正しく微笑みながら、麗奈に言葉をかける真由に漂う張り詰めた硬さと、もはや言葉はいらない久美子との交錯。
 静かな決意を秘めて進みだそうとした非常口前で、奏が声をかけてくる。
 前回までは窓枠の奥に身を押し込めていた奏は、いよいよ状況が煮詰まっての土壇場を前にして戯けた余裕がなくなり、極めて率直に久美子への思いを剥き出しにしてきた。
 剽げた態度で久美子が余人に預けぬ重荷を、少しでも軽くしようと気を使っていた頃の奏も好きだが、普段のクレバーな振る舞いを引っ込めて生身でぶつかってくる彼女の熱量も、愛を感じて素晴らしい。

 それは久美子にとっても意外なのか、二人は言葉をかわす中でキョトンと、ちょっと意外そうな表情を見せる。
 そういう顔をするのはお互いをよく知って、解っていると思いこんでいたものを裏切られることが不快ではないからだ。
 意外な一面もまた、大事な誰かの顔なのだと思えるからこそ、久美子は奏の真っ直ぐな言葉に誠実を求め、奏も最後まで北宇治が誇る演奏者であり、部長であろうと範を示す久美子に、ちゃんと向き合う。
 何かが外側に飛び出し、新しい場所へとたどり着いていく緑色の誘導灯はあくまで、真由と久美子の前に灯っていて、二人の運命が決着する場所に奏はついていくことが出来ない。
 しかしここで奏が最後の戦場へと向かう久美子を前に、どうしても一番近い距離で思いを伝えなければいけなかった気持ちにも、それを生み出す二年間の触れ合いにも、嘘はなかった。
 だからこそ、奏に最後の言付けを残しつつ柔らかに微笑んで、久美子は非常口の向こう側に進めれるのだと思う。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 まばゆい光が少女たちの輪郭をふちどり、細やかなほつれ髪が美しい繊細な作画が、青春探偵最後の事件を見事に彩る。
 椅子ひとつ分開けて、隣り合ってるのに踏み込みきれない距離感が二人の現在地であり、前回真由と奏が校舎裏にある自分の聖域へと踏み込んできた時見えた影を、追いかけることに決めた久美子は、何も隠すもののない光の中にいる。
 未だ過去の傷を隠し、心の全部を見せてはいない真由は対極の影の中にいるわけだが、黒江真由が微笑みの奥に隠し続けていた謎へ、黄前久美子らしい衝動と無遠慮で踏み込まれた時に、ようやく真由は怒れる素顔を白日の元へと晒していく。

 物分かりよく、波風立てず、みんなが幸せになるよう大人な顔を作れる、頼れる黄前部長。
 その仮面は嘘などではなく、尊く気高く三年目の北宇治を背負い導いてきたが、それだけでは暴けない淀みがあり、それだけでは晴らせない思いがあった。
 前々回真由以外の部員の、あるいは彼女を見守る立場にある滝昇の心にも強く響いた、心からの思いを響かせる演説を経ても、最高のユーフォ奏者としてその響きに己を任せられなかった真由の、秘めたる本音。
 久美子はかつて本気になれなかった自分を、あるいは今複雑な感情を真由に抱く自分を照魔鏡とすることでそこに分け入り、知ったような口で真実を言葉にしていく。
 それが真由の怒りを、羞恥を、共鳴を妨げる青春の患部を切開する決定打になるのだと、人間の暗い部分へと向き合い直す。
 かつて田中あすかを、鎧塚みぞれを、高坂麗奈を、『みんな』ではなく『わたし』こそが好きになれた、特別な人たちに対してそうしてきたように。

 

 真由と久美子が鏡像関係にあることは、第1話ラストの鮮明な対比からして既に語られていた。
 高坂麗奈という、周囲に迎合しない激しさも、それを貫く特別さも、高く見上げて己の導きに出来る他者と出会えなかった、かつての自分。
 あるいは中学時代、複雑に絡み合った人間関係の中で『正しい音楽』を蹴り飛ばされ、弾くことと生きることに臆病になったまま、北宇治に流れ着いてしまったままの自分。
 ありえないほどに間逆な私たちが、鏡合わせの双子であったという事実を久美子に気付かせたのは、他でもない真由が熱のこもった暗さも含めて、久美子の隣まで踏み込んだからこそであり、窓辺からその在り方を睨みつけて、久美子の死角を愛と怒りで補った奏のおかげでもある。
 我らの青春探偵が何の陰りもなく、自分に響いた真由の真実に真っ直ぐ向き合える心持ちで、この非常口を抜けたロビーで微笑めるのは、煮えきらない関係に囚われたまま最後のステージへと進み出している自分たちに、微笑みの仮面を投げ捨てたユーフォ奏者たちがいてくれたからこそだ。

 そういう、誰かがいてくれればこそ見えてくる世界の形、自分の顔、あるいは眼の前の誰かの心を、久美子は全部言祝ぐことにしたのだと思う。
 後悔も喜びも、悔しさも正しさも、全部音にし歌にすることでしか”勝て”ないものに、改めて向き合う腹を固めたからこそ、久美子はここで真由の過去へと、秘めたる心へと踏み込んでいく。
 それをずっと明かさず、思いの外ズルくて真剣に『どうでもいい』はずの音楽に向き合い続けた真由の在り方は、部長として仲間として常に見届けてきた、汗塗れの練習風景に顕だった。
 目の前にさらされた、演奏家として何より真摯に向き合わなければいけなかったシンプルな答えを、真実信じ直せる自分へと立ち戻ったことが、久美子の踏み込みを支えてもいる。

 真由は真由にとっての麗奈とも思えただろう相手を、その演奏で殺した。
 己が卓越した上手さを持つ特別を、誰かを殺す凶器と思い知らされた彼女は、そういう特別さを堂々誇り、反発も嫉妬も山盛り背負ってきた麗奈と、切磋琢磨しながら青春を走れた久美子の、やはり真逆だ。
 久美子がここで真由の過去と本心に踏み込み、複雑に捻れたまま同居する矛盾に寄り添うことは、あの時落ちた金色のユーフォニアムを、拾い直して隣に並ぶことと同義だ。
 完全実力主義と調和主義、正反対の生き方に引き裂かれたように思えて、受けた傷も震える思いも同じ場所から出ていた、真逆の双子。
 そんな自分たちを見つめ直す時、真由が怒っているのが良いなと、僕は思う。
 それは優しい彼女がずっと見せていなかった表情で、前回ようやっと間近にさらしてくれた炎で、久美子が正しく見抜いたように、黒江真由を構成する核心に燃え盛る、強い熱の源泉なのだから。

 

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 烈火を宿した瞳で久美子を睨みつけながら、真由は白日にさらされた己の傷跡をゆっくりと思い返し、痛みと苦みを反芻する。
 そういうモノを二度と感じたくなかったから、自分をファインダーの中に入れない、なにか特別なものにしがみつかない生き方を選んでいたはずなのに、既に捨てられない特別はそこにあった。
 真剣な汗を流す練習風景に、それだけが磨き上げる音の響きに、そんな真由の譲れぬ真実を見つけていた久美子は、過去を乗り越え最高の演奏を、今までそうであったようにやりきってくれることを真由に望む。
 かつて部からリタイアしかけたサリーちゃんに、言葉を編み上げ刺し貫いた時と同じく、久美子は己の胸に手を当てて……しかし突き出さない。
 そうして誰かに言葉を刺すよりも、思うままかき鳴らし、届いて響かせるのが自分らしいやり方なのだと、あすかとの対話で見つけ直したからこそ、久美子は己の胸の中に響く真由の音楽を信じ、それが真実であるべきだと、己のわがままを通す。

 その身勝手な色とよく似た炎が、自分の演奏に燃えていることを窓越し、ずっと隣りにいてくれたつばめが自分よりも早く聞き届けていたことを、真由は久美子の言葉に思い出す。
 久美子が三度目の衝突と崩壊を恐れて先回りし、部と自分に漂う陰りを見て見ぬふりをしていたように、真由もまた北宇治の完全実力主義に通じ合う、己の中の獣を封じてきた。
 久美子がそういう影にも堂々向き合うことを決め、真由の中に残響する暗い痛みに踏み込んだことで、真由の中に音楽が蘇ってくる。
 それはずっと遠く感じていた北宇治の空気と、真逆だとぶつかってきた久美子の魂と、確かに響き合うものを己の中に見つけ直す、甘い痛みに満ちたハーモニーだ。
 『真由ちゃんの演奏が、本当の真由ちゃんって感じがする』という、相手の音を相手よりよく聞く感想が、アンコン前は他人の音を聞けないからこそ迷っていたつばめから出てくるのも、立ち止まったままでいない子どもたちの凄さであろうか。

 自分たちを覆っていた何かが崩れ、何かが動き出し飛び立とうとするその直前に、久美子は誇らしく自分の楽器を抱きしめて立ち上がる。
 負けるつもりは、毛頭ない。
 それでも勝ち負けが決まってしまうのがオーディションでありコンクールで、それだけが世界の全てではないのだと思えるから、久美子は光の中で笑うのだろう。
 その靭やかな眩しさを、全てが決まってしまう直前に手渡されて、真由はどのように己を未来へと進めていくのか。
 答えは全てが決まった後、残酷な審判の先にこそあるのだ。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 ここまでこの作品を見ていた僕らも、北宇治100人の共犯者となるような、顔の見えない音だけの審査。
 滝昇就任以来、生徒が選び彼が鍛え上げた”北宇治らしさ”の極限が、残酷ですらある正しさで二度鳴り響く中、皆がそれぞれの思いを抱えて鳴り響く音を聞く。
 顔を隠されたとしても、誰が弾いているのか解るほどに、緊密にお互いの音に向き合ってきた時間の果てに、それぞれが何を選ぶのか。
 ネームドキャラが一番と二番、それぞれに手を挙げる中何を考えていたのか、語られない部分を延々と想像出来る豊かな広さが、北宇治吹奏楽部の部活動を追いかけてきた物語には、確かにある。
 そういう極めて京都アニメーションらしい横幅を、最後の最後にもう一度描く話運びになったのは、凄く良いなと思う。
 そこに否応なく、視聴者を安全圏から引っ張り出して飲み込んでいく、作劇の仕掛けがしっかり機能しているのも。

 二者同票。
 滝先生がこの方式を選ぶのも納得の結果が訪れ、ギロチンの紐を引く仕事はかつて、中世古香織の首を同じ場所で落とした高坂麗奈に任される。
 交錯する思いの中で、麗奈は重責を飲み干すように瞳を閉じ、真っ直ぐ視線を前に向けて、一つしか選べない答えを震えぬままに告げる。
 全霊を捧げた音楽が生み出すべき正しさを、ここに至るまでに刻まれた物語を、幾度も抱きしめた特別な愛しさに、顔向けできる自分を選ぶ。
 その声は、気づけばあの時の香織と同じ年になった麗奈が、二年前のオーディションでは背負わなくて済んだ痛みと気高さを、自分の胸に突き刺してなお震えない。
 つくづく、立派だと思う。

 麗奈が下した審判を受けて、久美子の瞳が一瞬だけ震えるのが好きだ。
 それを生み出す痛みも苦しみも燃え盛る思いも、全部嘘なく『頼れる黄前部長』の中にある。
 特別になりたいと、誰よりも上手くなりたいと泣けながら駆け抜け、必死に走ってきた道の先で突きつけられた、選ばれない悔しさは死ぬほどの激しさで、黄前久美子が鍛えた外面の内側、黒く燃えている。
 それを真横で感じながら、ソリに選ばれた真由がオーディション直前、久美子が彼女に見せたような陰りのない眩しさの中にいるのも、僕は好きだ。
 事ここに至ってようやく、真由は追いついた。
 どうやっても好きになれないライバルが内側に秘めた痛みが、自分とよく似たかが見合わせなのだと受け止め、ならば音楽に向き合うしかない燃える高鳴りもまた、同じだから何も怖くはないのだと、微笑んで死地に進みだした少女に、ようやく並んだのだ。
 その誇り高き強がりたちが、僕にはとても愛しい。

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 選ばれなかった衝撃に、見えている世界が暗く縮むような衝撃を受けつつ、久美子は滝先生に問いかけ答えてもらった時見えた、なりたい自分を思い出す。
 公平な正しさに向かって、不器用にひたむきに突き進める自分が明日の夢ならば、それを掴むのは今なのだ。
 それは部長という立場が彼女に押し付けたものではなく、その責務を必死こいて誠実に努め、時に頑なに取りこぼして危うく壊れかけて、なんとかやりきった大人への一歩を、己の気高さで完結させる踏み込みだ。
 真由はオーディションに”勝ち”、ソリを吹くのに相応しい特別な存在だと選ばれたから、一歩を踏み出す。
 その勝者の特権に並び立つ権利がない久美子が、思い出に背中を押されて一歩を踏み出す瞬間、勝つことと負けることの境目は融解していく。
 黄前部長がその一言を言うために、奏号泣の気高い強がりで堂々踏み込んだことが、ここで振り下ろされたギロチンの刃を、なかったことにするわけではない。
 ではなく、だからこそ、久美子は己が眩しく見上げた夢へと己を近づけるために……勝者と横並びに敗者が進み出せる場所に、彼女が愛した北宇治吹奏楽部をするために、久美子はここで踏み出すのだ。

 自分を斬り殺した審判の刃こそが、北宇治が最強であるために必要な正しさだったのだと、誰よりも頼もしい黄前部長が告げるのであれば、それに異を唱える権利は誰にもない。
 そういう強圧的な正当性よりも、もっと柔らかく心の扉を叩き響くものが、久美子の竜声には確かにある。
 それは彼女の部長っぷりを、その頼もしさも危うさも全部ひっくるめて丁寧に追いかけてきた、アンコン以来の筆が描くべき、成長の肖像画だ。
 そらー美知恵先生も泣くし、滝先生も誇らしく三年間共に進んできた教え子を見つめるわ。

 そして真由はようやく泣き、ようやくそれが溢れるのを拭わず微笑みを造り、久美子に向き合う。
 金色のユーフォニアムが自分の音で堕ちて砕けた時以来、曖昧な微笑み仮面で押し留めていたものを、真由が取り戻すためには、負けてなお気高く立ち続けるセンシの横顔を、間近に見つめる必要があった。
 首を切り落とされてなお立つ久美子の勇姿は、音楽に正しく向き合うものの不屈を、敗北すらも正しい答えにしてしまえる音楽の強さを、もう一度真由に見せる。
 それでようやく、ずっと泣かずずっと怒らず、つまりはずっと本当には微笑まなかった女の子が、泣きながら微笑めるようになるのだ。
 僕は真由がどこか困ったような顔で所在なく、必死に自分の魂が落ち着ける場所を探して迷っている姿を可愛そうだと思ってきたので、こういう顔を彼女が出来たことと、久美子がさせたことが、とにかく誇らしく、嬉しかった。
 『みんな』じゃない『わたし』が、黒江真由の存在を愛し、求めている。
 黄前部長がようやくそう言えたことが、眩しい光に照らされて揺らがぬその顔が、何より美しく思えたのだ。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 そしてその気高さは、それに歪みかけた魂を救ってもらった恩義を、燃えるような愛しさを戯けた態度に奏にとっては、耐え難い痛恨として胸に突き刺さる。
 二年前の香織の立場に麗奈が押し出され、二年前の優子の立場に奏が立ってこらえ難く号泣する構図は、かつて紡がれた物語の再演のようでいて、場面を構成する音符たちも生まれる音も、やはり個別の響きを持っている。
 どこか過去のリフレインを感じさせつつ、別の方向に転がっていった三期の物語が、反復の中に生まれる差異をこそ大切に描いてきたのは、同じ音楽が二度と生まれ得ない生成の切なさを、大事にしてきた現れのように感じる。
 三年間というスケールは同じでも、それぞれに別の魂を宿し関係を紡ぎ、自分なり本気で音楽に向き合って、涙ながら行き着くべき場所へと進んでいった。
 香織があのオーディションから誇り高く己の未来へ徒歩を進めた後、どんな笑顔で微笑むのかもこの三期は書いたし、関西大会敗北の涙を部員に見せることなく、堂々と戦友に未来を見せた吉川部長の勇姿と、その先にある朗らかな颯爽もちゃんと見れた。

 同じ楽譜を奏じているように見えて、同じ曲など二度とこない。
 だから久美子の胸にすがりようやく泣きじゃくる奏の、それとこれとは話が別の溢れる感情も、あの時響いた涙とは別のもので、根源において同じなのだ。
 『強いね』でまとめられない、無念と切望と崇敬と愛慕の入り混じった強い熱が、ずっと奏から自分に向けられていることを久美子も解っていた。
 今ここで溢れているものを一年前、敗残のバスの車内で間近に受け止めて以来、二人を繋げてきた絆が何を生み出すのか、久美子は最初はおずおずと、矛盾する感情全部を溢れさせながら受け止めようとする奏を見届けた後はしっかりと、抱きとめ優しく撫でていく。
 その時久美子は、あの時の香織と同じように、後輩の前で泣かない。
 微笑みの鎧を形作るのが、やりきった自分への自負なのか、先輩としての強がりなのか……その境目は、もうないのかもしれない。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 制服と一緒に部長の肩書を脱ぎ捨て、やはりあまりにも特別なのだとぶつかって離れたからこそ確認できた麗奈に呼ばれ、久美子は思い出の夜景へと進み直す。
 久美子が部長として背筋を伸ばし、奏の前ですら泣かぬまま為すべきことをやりきった裏で、自分が引き絞ったギロチンの紐に心をズタズタにされて、久美子の到来前から麗奈は泣いている。
 正確には、最後の投票権を手渡された時から泣きたいほどに辛くて、伏せた目を閉じて開けた時にどこへ進み出るべきかを決めて、自分が敗者にした久美子がそれでも誇り高く、彼女たちが愛した北宇治がどこへ進んでいくべきか、告げて耐え難く駆け出したのだろう。
 それを運命と思い定めて、ここまで走ってきた大人のだから、聞いてしまえば判ってしまう。
 判ってなお、音楽を生き様と選んだ自分の決断と、かつて他でもない久美子と交わした約束を裏切らないためには、自分が正しいと思えた音楽に向かって真っ直ぐ進むしかなかった。
 それは正しい。
 正しいから厳しくて、相矛盾する感情すら飲み込むほどに、嘘がない。
 ここまで久美子と二人編み上げてきた音楽を、特別を、物語を嘘にしないために、麗奈は己が選び取った苛烈さで、約束を打ち砕くことで約束を守る。

 その愛しい矛盾に指を添える仕草は、いつかこの美しい夜景の中で、麗奈がしてくれた約束の再演だ。
 こうありたいと心から思えた正しさに、強くあり続けたいと願って身につけた優しさに、久美子は微笑みながら愛しさの輪郭をなぞり、美しい夜を背負ってまっすぐに立つ。
 その指先が彼女の言葉を追いかけて、震えながら強く握りしめられる時、黄前久美子が正しくあり続けるだけの空疎な人形ではないことを……そうではない自分を思い知らされ吐き出したことで、北宇治の危機を救った決断を、僕は思い出せられることになる。
 駆け抜けて駆け抜けて、泣きながら駆け抜けてなお届かなかった虚しさに手のひらは広げられ。
 それでも世界で一番うまくなりたいのだと、負けても負けても消えてくれない強い残響に突き動かされて、拳が握りしめられる。
 その指先も、手のひらも、握りこぶしも、全てが黄前久美子の揺るがぬ身体であり、嘘偽りのない本当だ。
 最も熱く美しい心の結晶は、からだが確かにそこにあるという実在性から遂に溢れ、必死に取り繕った体面を壊していく。

 

 

 

画像は”響け! ユーフォニアム3”第12話より引用

 胸の奥激しく渦を巻く、麗奈以外の誰にも明かせなかった思いを心臓ごと引っこ抜くかのように、久美子はようやく敗北の悔しさを、涙と一緒に吐き出す。
 そう出来る誰かが彼女にいてくれて、正しさへの憧れに導かれて一歩を踏み出した久美子が、奏の危惧するような優しさと正しさの奴隷にならずに済んだことを、僕はありがたく思う。
 これは因果が複雑に拗れていて、麗奈という特別がいてくれたからこそ、久美子はあまりにも正しい態度で己の敗北と真由の勝利に、北宇治の来たるべき未来に堂々歩を進めれる自分であったし、そんな誇り高い苦行を久美子に手渡したのも、彼女の特別である麗奈だ。
 お互いを特別にしうる、音楽への嘘偽りのない誠実を貫いたことが、止まらぬ涙を二人の心臓から溢れさせ、先生も親友も後輩もライバルも踏み込めない、特別な時間を夜に瞬かせていく。

 胸に手を当て、自分の思いを相手に届ける身体言語は、部長として北宇治を保護し、操作してきた久美子の得意とする所だ。
 それは計算ずくの冷たい言葉ではなく、確かな真心と本意のある誠実な働きかけだったが、そこに黄前久美子の全部が乗っかっているわけでは、もちろんない。
 そこで心臓から絞り出すべきものを、ちゃんと見定めて的確に突き刺すことが出来る賢さを、自分なりのやり方として身につけることが出来たから、久美子は三年越しの悲願成就に向けて突き進む北宇治の部長として、荒波に揺れる部を背負い切れた。
 ただ穏やかに、空気を読んで心を一つに綺麗にまとまりきるだけでなく、不安も不満も飲み干せるほどの思いを真っ直ぐに示して、進むべき道を開くことが出来た。
 その正しい強がりの先に、今日ステージ上で見せた一歩があり、決意の言葉がある。

 

 その上で。
 部長でも先輩でも妹でも生徒でもなく、麗奈の特別であり続け、そうありたかったただの黄前久美子をようやくさらけ出した時、久美子の手は引き裂かれるほどに痛む心臓から離れることが出来ず、苦しく虚空を彷徨う。
 あの正しさも気高さも強さも、何もかも嘘ではない。
 でも同じように、麗奈と最後にソリを吹きたかった気持ちも、誰にも負けたくなかった思いも、死ぬほどに悔しい痛みも、全部本当なのだ。
 特別な約束を裏切らず麗奈が自分の首を落としたことも、だからこそお互いを特別と思えるようになった、あの時の夜景をこの先もずっと胸においておけることも。
 それでもなお、麗奈に並び立ち追いつけるほどの演奏家になったのだと、特別になれたのだと、誰にも恥じ入らず示せるような未来を、この手で掴み取りたかった。

 そんな千々に乱れる心の在り方を、たった一つ全部全部本当なのだと、その全てが人生という歌になっていくのだと、抱きとめ繋いでくれるのは、高坂麗奈しかいないのだ。
 細やかな指先のフェティシズムは、美に耽溺するだけの儚さを大きく踏み越えて、ここでは身体性を伴って極めて繊細な、心の震えを可視化していく。
 あなたが確かにそこにいるのだと、嵐のように胸の中吹き荒れる思いの全てを抱きしめて良いのだと、教えてもらうには言葉では足らない。
 触れ合う確かな実感が、繋がる偽りのない手触りが、あって初めて確かに抱きしめられる、痛みと切なさが確かにある。
 その瑞々しい心臓の切断面を、確かに指先でなぞり抱擁できる世界でたった一つの特別を、二人の少女は裏切らなかった。
 その事実を、青い夜景の奥シルエットと切り出して、今回のエピソードは終わる。
 嘘は、何一つとしてない物語だった。

 

 ここまで行き着いてしまえば、もはや勝利は必然といえる正しさと気高さと、優しさと強さと、痛みと約束のすべてを描ききる、見事な最終話前でした。
 青春探偵最後の謎解きとして、真由の本性を暴いて歩み寄ったことも、極めて残酷に勝敗を選ばせたことでそれを越えていくオーディションの決着も、それを乗り越えて誇り高く、自分の夢見た正しさへと踏み出す『頼れる黄前部長』の姿も。
 それら全てを押し流して溢れる、唯一人の黄前久美子の叫びと涙も、全てが素晴らしかった。

 次回、アニメ”響け! ユーフォニアム”グランドフィナーレ。
 とても楽しみです。